6.一日の終わり
午後10時前。
閉店時間に近づき、客も引き始めたころ合い。
「絵麻さん、俺そろそろ上がります」
「はいよ。軽く片付けてあがりな。あ、あと大学にも入れたし勤務時間を長くできるか考えといて」
「りょーかい」
ゴールデンウィーク前ということもあり、平日ながらも店内の人混みが目立った。
高校生の頃から働いている邦継は未成年から成年になり働ける時間に幅ができた。ある程度、生活に自由が出てくる大学生になった身の上であり、絵麻からも勤務時間の延長を伸ばすよう催促されている。
そんな絵麻を後にして邦継は早々に更衣室で着替え退店した。
自宅へと着くとリビングには夕食が準備されていた。邦継の母がいつものようにセルフで温めるようにと食卓に並べられた品物が目に入った。
そそくさと電子レンジとガスコンロに火をつけて、食材を温める。
やや手持ち無沙汰になった邦継はテレビリモコンに手を伸ばし、遅くなった晩御飯の準備の合間にテレビの音声に耳を傾ける。
「次のニュースです」
どうやらニュース番組にチャンネルしていたらしく、単調なキャスターの声がリビングに響き渡る。
「昨日、第22地区で不可思議な騒ぎが起きたようです」
邦継は自身の住む地区のニュースになったことに気が付き、テレビ画面を一瞥し、再び調理に戻る。キャスターは引き続きニュースを読み上げる。
「第22地区、新小岩公園にて昨夜午後11時ごろ、女性同士が言い合う姿が付近の住民から通報があり、警察が駆け付けたところ付近には血痕のようなものが確認されました。警察は引き続き捜査を続けるとのことです」
また邦継はテレビ画面に目をやると新小岩公園の映像が流れた。付近の住民らしき人物にマスコミがインタビューしている様子も映し出された。
「言い争い……みたいな声が聞こえて、『止まれ!』みたいな、怒号のような声が響き渡っていたので。この付近ではあまり聞かない感じの声というか声色が怖かったです」
住民の女性がインタビューに応じていた。
「次のニュースです」
そこでそのニュースは別の話題に切り替わった。
大したことでもないだろうと感じた邦継は温めなおした食材を食卓に並べ遅い夕食を済ました。
『気をつけろよ』
食事をとりながらふと浅田との会話が思い出された。
暖かくなってくると不審者がわきやすくなると絵麻から話半分のことを聞いたが存外間違ってもいないらしい。暖かくなってくるとそういったある種、行動的な人種も出てくるのだと考えた邦継だった。
邦継はカンファバーでアルバイトを始めてから、帰宅後に夕食を済ますスタイルが日常となり一人で夕餉を済ますことが多くなった。
邦継の母はやや放任主義的な部分があるが食事を用意して、邦継自身のために用意してくれていることに関してありがたみを感じていた。
今日一日だけでも色々あった気がすると感じそそくさと風呂に入り、自室へとこもる。
万年床の煎餅布団にごろりと転がる。
存外、忙しかった一日が程よい疲労感をもたらし眠気へと誘う。
「明日は……父さんが忙しいから……神事すまして、バイトして……」
邦継はあっさりと深い眠りへと落ちていった。
同日、深夜2時過ぎ。第22地区。新小岩、上平井公園。
「追手がどれだけいるのかしら……もうそろそろ……神性が尽きそうね……。情けないわ。私という存在でありながら…」
彼女は自身の胸に手を当てる。
「どうにかあなただけでも保護してくれる人を見つけなきゃ……どこに行けばいいのかしらね……」
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