3.見知らぬ女性
「それと私のことは湊って呼び捨てでいいよ。下の名前はまだ早いと思うけど邦継が呼びたいっていうなら……」
「上の名前だけで結構だ、湊」
「うわー、うれしー」
満面の笑みでうれしそうな感情をアピールしてくるが上っ面だけであると見え透くものがあり、邦継は「そうかい」と軽くいなした。
湊と邦継の出会いはサークル勧誘でのことだった。
新入生歓迎のサークル勧誘の際に学科の学術サークルなるものを発見した邦継は何の気なしにサークルブースへと足を向けた。
恐る恐るブースをのぞき込むと人当たりの良い上級生らしき人が邦継に声掛けをしてきた。
「新入生の方ですか?」
「……そうです。ここってサークルの勧誘ブースですよね?」
「そうだよ。ここは学術サークルでどちらかというとちょっとお堅いサークルなんだ。君の学科はどこ?」
邦継が自身の学科を告げる。
「じゃあ、ここがベストだね。もちろん他学科の学術サークルに入れるけど自分の所属する学科に入れば自ずと先輩や同級生と交流を持てるからスムーズに学校になじみやすくなると思うよ」
「へー……ん?根本的に何をやるサークルなんですか?」
邦継は素直に疑問をぶつけた。
「ここは学科の勉強だったりそれに付随した学問を学ぶっていうのが主軸としてあるんだ」
『入学して早々に勉強についてのサークルに入るのはいささか面白みにかける』と邦継は思った。
「なるほど……」と相槌めいたものを返し、悩んでいる邦継。
「面白そうですね!」
突然後ろから明朗で陽気な女性の声がした。
「同じ学科の先輩たちとお話しできるなんて有意義ですね」
邦継は彼女のほうをじっと見つめた。
「あなたも同じ学科なんでしょ?一緒に入らない?」
「いや、俺は……」
唐突な提案に対して言いよどんでいると対面にいる男子学生がしれっと二枚分の入会届のようなものを出してきた。
「ありがとうございます!はいあなたの分」
「いやだから俺はまだ入会とか決めてな」
「吉奥邦継君だよね?」
「え?」
邦継は自身の名前を初めて大学内で呼ばれた驚きが素直に口に出てしまった。
「なんで知ってるんだ?」
「入会したら教えてあげる」
意地の悪い笑い方ではあったが年相応のあどけなさが尾を引いた。
「新興団体や宗教の勧誘だったらお断りだぞ。もう間にあってる」
「そう勘ぐらなくても大丈夫。私は楽しく大学生活を過ごしたいだけだから」
蠱惑的な眼差しが鈍色の眼鏡の奥で光っていた。
「あの時、湊から軽く自己紹介があってここに来いって言ったきりだろうよ」
「あれ?ほかの講義で顔を合せなかった?」
「合わせたけどいつもすぐそそくさどっかにいってしまうだろうが!」
「そうカリカリするなって少年……あ、もう成年か」
湊が同い年の大学生をなだめる。
「で?結局俺をこの場に呼んだ理由は?」
「何って
「……それってスマホとかでいいだろ」
「それと紹介しておきたい人物がいたんだけど……」
そういい湊は四方を見渡す。
「今日は来ていないみたい」
『俺は何しに来ているのか……』と心の中でつぶやき天を仰ぐ邦継。
邦継はこの後のスケジュールを思い出す。
「湊」
「なに?」
「今日はこの後、バイトあるからこれで今日は……」
「え?帰っちゃうの?」
「ゴールデンウィーク中にも会えるだろうさ」
「……あっそ。つれない男」
「それじゃーな」
邦継はそう言って、ふてくされた湊を置いて人が集った講義室から脱出し帰路についた。
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