第5話 お試しの世界へ

 話に乗るかどうか聞かれてから、私の答えは既にひとつに定まっていた。ただ、死神の鋭い眼光と圧に押され、口が上手く開かなかった。


 私はどうなっても良いから、恵美に会いたい。また一緒に、何でもないような話をしたい。なのに、言葉がつっかえて出てこなかった。思いが渋滞を起こし、今にも窒息しそうなくらい苦しかった。


 その時、視線が意に反して勝手に机の方へと動き、一枚の写真立てを捉えた。そこには、高校卒業の時に撮った、恵美とのツーショットが飾られていた。卒業証書の入った筒を持ち、身体を寄せ合って仲睦まじく笑っている写真だった。そして、写真立ての右下には、今度恵美と行くつもりだったレストランの割引チケットが二つ折りになって挟まっていた。


(……そうだ。恵美とはまだまだ話し足りないこともある。まだ叶えられていない夢もある。ここで怖じ気づいたら、絶対に後悔する……!)


 私は残りの涙を拭うと、一度深く呼吸をし、死神の方へとむき直した。そして、毅然とした表情で

「体験させてください。恵美が、元気に生きている世界を」

と答えた。死神は少し口角を上げると席を立ち、懐から水晶玉のようなものを取り出した。私が怪訝な目を向けていると、死神は私の前に膝をついて座り、水晶玉を目の前に差し出しだ。


「話が早くて助かります。それでは、明日香様の願いを頭に強く浮かべながら、これを見続けてください」


 私は言われた通り、恵美に会いたいと強く想いながら水晶玉をじっと見つめた。すると不思議なことに、だんだんと手足の感覚がなくなっていき、視界が暗くなり始めた。まもなくして、私の意識は途切れてしまった。



 目覚ましのアラームが耳に突き刺さり、まぶた越しに光が差し込んでくる。私は目をほんの少しだけ開き、手探りで目覚まし時計をおとなしくさせる。どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。ベッドの上で身体を起こし、窓の外を見ると、雨はすっかり止み、小鳥のさえずりが朝を知らせていた。


 ふと右手の甲を見ると、少し大きなかさぶたが真ん中を覆っていた。


「かさぶた……。はっ、恵美!?」

 私はスマホを急いで取り、LINEで恵美に連絡を取ろうとした。が、


「無い……」


 恵美のLINEが見当たらなかった。電話やメールボックスの方も開いたが、どこにも恵美はいなかった。

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