第3話 魂の交渉

 自己紹介を済ませると、死神は紳士のごとく深々と一礼し、再び椅子に腰掛けた。まだ身体がこわばってろくに動けない私を愉快そうに見下しながら、死神は口を開いた。


「まあそう緊張しないで、もっと肩の力を抜いてください。私は今日、あなたと交渉するためにやってきたのですから」


「交、渉……?」


 死神という存在、そして聞き馴染みがありながらも親近感のないその言葉に、私の頭は戸惑うばかりだった。死神はそんなことを気にする素振りも見せずに言葉を続けた。


「そう、交渉です。明日香様の魂をいただく代わりに、願いをひとつ叶えて差し上げるのです。いわゆる『魂の取引』というやつですよ」


「!?」


 私の名前を知っていることも驚きだったが、今はそこに思考を割く余裕なんてなかった。


 

 魂と引き換えに願いをひとつ叶える

 


 そんなSFのような話が本当にあり得るだろうか。いや、きっと夢か何かに違いない。早く目覚めてと言わんばかりに私はぎゅっと目を閉じた。


「まだ現実味が感じられないようですね。まあ無理もない話ですが」


 死神はそう呟くと席を立ち、私の方にゆっくりと近づいてきた。恐怖で私が動けずにいると、死神は大鎌の先端を私の右手の甲に軽くあて、そのまま皮膚の奥にじわじわと食い込ませてきた。


「痛っ!?」


 たまらず目を見開き、声を上げた。大鎌と皮膚の間から赤い液体が、手の輪郭に沿って流れ落ちてきた。私は未だ身動きが取れず、涙目になりながらその様をみていることしかできなかった。


 これでようやく、私は目の前の存在が現実のものであることを飲み込んだ。というより、飲み込むしかなかった。死神はそれを察知したのか、大鎌を私の手から離し、椅子へと戻っていった。大鎌が離れてもなお、手の甲がじんじん痛んだ。


「さて、交渉の続きをしましょうか。といっても、明日香様の要望は既に検討がついていますがね」

 死神はふたたび不気味な笑みを浮かべる。


「……『恵美様を生き返らせたい』で合っていますね?」


 死神の口から発せられた一番の親友の名を耳にし、私は脊髄反射的に飛び起きた。心臓がばくばくしているのは少なくとも恐怖のせいではなかった。


「恵美を、知ってるの……!? それに、恵美が生き返るって本当なの!?」


 私はよろけながらも思わず死神に詰めよった。鬼気迫る表情の私を死神は冷静な目で見返す。


「まあ落ち着いてください。恵美さんを生き返らせられるのは本当です。ですが、私は得策だとは思いませんがね」

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