第三話 決別
昨夜は楽しめた。
エミリエの部屋の前を警備している衛兵と酒屋でばったり出くわした。城内では何を質問しても無愛想にしか返答しない人形だった彼らも、酒が入れば気のいい連中だった。
城内では規律に従い、王の為、国の為と職務を全うする甲冑達も、身に纏う鋼鉄さえ下ろせば、中身は人間なのだと感じさせられた。
あの蒼き絡繰も同じ様な所だろう。
「――アベル殿失礼する」
ノックと共に戸を開けたのは、昨夜の赤髪の男だった。
「早朝からすまないね」
「いえ、居候の身ですので」
ベットの端に座ったままその男を迎えた。
無礼だとは分かっているが、何故かこの男に対しては礼儀正しく接したく無かった。
男は後ろ手で戸を閉め、戸に寄りかかると、そのまま続けた。
「早速本題なんだが、君、ウチの小隊に来る気は無いかい?」
「.......はい?」
小隊。英国兵になれと。
「普通に嫌ですけ――」
「――だよね。知ってる。僕だって君に用がある訳じゃない」
なるほど。
エミリエか。
「数週間前。エミリエは突然、旅に出ると言い始めた。僕は止めたんだ。英国の最高戦力を遊ばせる訳にはいかなかったからね。けど彼女は僕を振り切って、旧ドイツ国の絡繰街へと旅立っていってしまった。」
紅緋色の瞳がこちらを向いた。
「そして戻ってきたかと思えば、彼女は君を連れていた。そして彼女は我々を嘲笑うかの様にこう言った――」
怒りを感じる。理不尽に対する怒り。
熱を感じさせられる怒り。
「――寿退職だ、と」
「.....は?」
「そう。その時の僕も、今の君と同じ反応を返した。けど、驚きはやがて憤りと化した。この女は我が国の事など微塵も気にしていないのだろう、とね。最も君も同じだろうが――」
すると次の瞬間、戸と赤髪の男が吹っ飛んだ。
「私の婚約者に八つ当たりするでない」
机やら棚やらを巻き込んで床に不時着。
「貴ッ様ッ...」
次の瞬間、エミリエが視界から消えた。
そして現れたかと思えば、エミリエは赤髪の男の首根っこを鷲掴みにしていた。
「何が貴様じゃ痴れ者が。ワシを敵に回したくなくば、軽率な行動は控えよと通告しておいたはずじゃ」
「ここで殺り合うか? 英国最強ッ....」
「望むところじゃ」
言い合う二人の横を抜け、後ろに回り込んでいたアベルは、何を思ったのか後ろからエミリエの頬を両手で挟んだ。
「......なんじゃぁ」
「なんじゃじゃねぇよ。女の子が美男子の首根っこ掴んで持ち上げんな」
「はっ。ワシを女の子扱いか」
エミリアは気が抜けたように笑うと、赤髪の男を掴んでいた手をパッと開いた。
「次は無い」
「戻る気はァ?」
「無い」
尻餅を突いた赤髪の男と、そうさせた蒼髪の少女。静寂の中、両者は睨み合う。そうして決着は訪れた。
「ふん。貴様など必要ない。僕一人で十分だ」
赤髪はそう言って、立ち上がった。
「退け民間人、貴様はもう何者でもない」
そう言い捨て、エミリエを押し退けると、男はその場を後にした。
「ティムール。ワシは貴様と行けん。最強は貴様に譲ろう。存分に.......」
エミリエは小声でそう呟いた。
思う存分言い合った後だと言うのに、その目は優しく、彼を見送っていた。
何も無い戸枠をただ見つめていた。
銀の絡繰 T.KARIN @tkarin
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