第三章 夕焼小焼 - FAルート

第二十七話 機械人形

 死臭が鼻を突く。

 良い加減慣れるべきか。

 不快な目覚め、程良い吐き気。このまま寝れば楽になれる。そんな確信。確かに存在していた記憶が、立ち上がるための力をくれた。

 静寂が知らす現状を、俺は見ずとも知っている。

 そう思っていた。

「....」

 粉塵を裂くは黒髪女。

 俺は此奴を知っている。

 脳裏にしっかりと焼き付いている。あの表情と共に。

「んんん・んんーんっん.......」

 相変わらず口が開かない。

「アベル........」

 アンナ・スカーレット。

 黒髪の病んだ顔した女の子。俺を騙した女の子。そいつが今、目の前にいる。

 次はアンナとヴァーゲンザイルだと、ティムはそう言った。

 何の話なのか。ようやく分かった様な気がする。

「アベル・ルフェーブ.... ようやく見つけた」

 露草色の瞳と、同色の頭髪。黒いレザーコートに、革手袋。男はアベルを挟み込んでいた瓦礫の上に、しゃがみ込んだ姿で現れた。それも不自然なまでに突然に。

 フランク・ヴァーゲンザイル。

「あっまい呪いだね.... まるで術師が手加減したみたいだ.....」

「貴様何者だ」

 アンナはフランクに敵意を向けた。

 そんなアンナをフランクは意にも介さない。そうしてフランクは、革手袋の端を引っ張り、しっかりとはめ込むと、手の動きを確かめ始めた。

「解呪...」

 そうフランクが気怠そうに呟くと同時に、口元が緩んだ様な気がした。

 お察しの通り、呪いが解けたようだ。

「フランク・ヴァーゲンザイルに..... アンナ・スカーレットってか......」

「随分とそっけない呼び方。相変わらずね」

「僕は初対面な筈なんだけど。君、結構怖いね」

 俺からすりゃお前らのほうがよっぽど怖ぇよ。

 そう思っている内にふと瞬くと、フランクが突然目の前に現れた。フランクはアベルの顎を持つと怪訝な目をして呟いた。

「君、口呪なんかよりずっと複雑な呪いかけられてるね」

「ッ........」

 そうしてしばらく睨み合うと、フランクは突然舌打ちをした。そうして溜息をおまけすると、今度は小声で呟いた。

「──見えない部分が多すぎる....」

「?....」

 すると突然、首を後ろに引かれた。

 首根っこを引かれた。いや、襟を引っ張られた。

 そうしてアベルを引っ張る当人は、どこからともなくショートソードを取り出し、フランクの首元に刃先を据えた。

「アベルに触れるな」

「なんだよコミー。富の再分配だろ? 僕にも彼を分けたまえ──」

「──ナチスのヤクザが偉そうにッ....」

 アベルはアンナに抱き抱えられている。

「おいハグはやめろ。ベッドのぬいぐるみじゃあるまいし──」

「──あら、ベッドなんてヤケに積極的ね」

「はぁ.... 勘弁してくれ...」

 フランクが口を挟む。

「兎にも角にも──」

 フランクは、右手を開いた状態で宙に添え、何かを迎えるようなポーズをとっている。そうして左手が動き、指を弾いて音を鳴らした。

「──各々、状況の整理から始めないか?」

 次の瞬間、右の掌はアベルの背中に添えられていた。否、アベルがフランクの右手に添えられたのだ。

「ナチス呪師ッ.... テメェは絶対ぶっ殺すッ....」

「メンヘラコミー。その意気だ。せいぜい役に立て」

 今回の旅は、ちょっと、いや、だいぶ、いや、かなりか。

 まぁつまり、大変になりそうってことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る