第二十六話 伽藍堂

 周囲を檻に囲まれた。いや檻ではない、これは足だ。蜘蛛型の足だ。

 あんな遠距離から俺を捕捉したのか。化け物め。

「!?....」

 檻が曲がった。外側に。

 飛ぶのか。

 この感じ、見つかってないかもしれん。

 飛んでけ化け物。

 金属が軋む音。擦れる音。

 空気が裂かれる音と共に、化け物は飛んでいってしまった。

「死ぬかと思った....」

 気持ちを整理している時間は無い。

 先へ進め、アベル・ルフェーブ。

 そうやって、執拗に鞭を打った。

 まだ動ける、まだ走れる。

 竦む足に対する怒りを、進むための原動力に。守らねばならない者達のために、門へと走った。

 あと少し、あと少し、そうしてようやく目の前に。

 門の目の前に辿り着いた。

 さて、どの様に開けようか。

 そう考えている内に、門は独りでにその身を引いた。

「嘘だろ.....」

 ガランド。

 連邦の中枢、機械都市ガランド。

 そんなものは無かった。

 長壁の内部には、ただ広い平野が広がっていた。

 呆然としていても仕方が無い。正体不明の怒りを圧し殺しながら、止まることを望んでいた足を前へ前へと進める。

「ようこそ、ガランドへ。アベル君....」

 無線で聞いた声だ。

 異様な雰囲気を放っている。毛先がボサッた黒髪ショートヘア。真っ白な肌。白と黒のフリルブラウス。目の下に広がる薄い色の広い隈。微笑むと同時に現れる目元の皺は、寝不足のソレだ。

 不気味に微笑む少女、此奴がジェイの製作者なのか。

 いやそんなことより。

「何が機械都市だテメェ.....」

「ガランドは既に滅んでるんだよ偽物君。そこの無知な絡繰達も、ガランドが既に滅んでるなんて思ってないだろうけど♪」

 偽物だと。まさか此奴、俺がアベルじゃないって分かってんのか。

「アンナ・スカーレット。テメェだったか....」

「あら助手一。久しぶり♪」

 起きたかジェイ。悪いが状況は最悪だ。

 てか、何か状況の飲み込み早くないか。

「テメェがいるって事は、ジュガシヴィリの野郎も――」

 ジェイの背後に何かが現れた。

 現れたのは赤髪長髪の男。

 ティムだ。

「呼んだか? J1K...」

「気色悪ぃから手ェ退けろ..... ぶっ飛ばすぞ...」

「やってみろ」

 ジェイがティムの腕を掴んだ。そのまま背負投げ。しかし、ティムは全く動かない。ジェイはそのまま死に体に。

 そこにティムが飛び回し蹴り。ジェイが宙を舞う。

「ふん。百戦錬磨もこの程度か」

 ジェイは数十メートル先へと飛んでいった。

 俺が少し弾いただけで痛がる様な貧弱絡繰が、ジェイを数十メートル先まで蹴っ飛ばした。

 理解が、追いつかない。

「意外そうな顔だなアベル。これが僕の本当の実力だよ」

 本当の実力。

 今、目の前で見せられた事実からして、嘘ではないのだろう。しかし、あの時痛がったティムも、嘘つきには見えなかった。

 勝てるか、此奴に。俺は勝てるのか。

 そもそも何で俺らは襲われてる。何で此処に誘き寄せられた。

「アベル・ルフェーブ♪.....」

 何故そんな顔をする、アンナ・スカーレット。何故、そんな待ち侘びた様な顔をするんだ。

 次の瞬間、ティムが吹っ飛んだ。

「蹴って欲しそうな顔してたから、蹴って欲しいのかと思ったぞ」

 ティムを蹴っ飛ばしたのはシルヴァだった。

 受け身を取ったティムが立ち上がる。

「シルヴァ・レネーッ.... 忌忌しい半人めッ.....」

 シルヴァ・レネー。苗字レネーだったのか。棚から牡丹餅だな。

「手を出すなティムール。シルヴァちゃんは、アタシが殺る」

「ッ.... お手付きはあちらの方だ。僕じゃない.....」

 アンナ・スカーレット。シルヴァに任せるしか無さそうだな。

「マルヒ直属、特殊機工科、三番。特殊機工呪師アンナ・スカーレット。参ります♪」

 俺がティムの相手かよ。分かってたけどな。

 次の瞬間、いとも簡単に背後を取られてしまった。

 為す術無くスリーパーホールド。

「アベルッ!!!」

「わざわざ隙をどうも♪」

 変幻自在の金属武器を前に、シルヴァは受けきるので精一杯だ。

「くッ!!」

 辛うじて攻撃を凌ぎ続ける。

 悪戦苦闘という感じだが、死ぬ心配は無い様に見える。

「シルヴァちゃんさえ居なければ!! 居なければァ!!!」

 随分激しい戦闘だこと。

 てか、何か締める力弱いぞ。

 次の瞬間、ティムが耳元で囁いてきた。

「次はアンナとヴァーゲンザイルだ」

「!?」

 何か気持ち悪いが、スリーパーホールドよりマシだ。それにしても一体何の話だ。

「目を瞑れ。分かるだろ」

 此奴、戻り方を知っているのか。

 信用すべきか、否か。

 選択肢は、実質無いな。

「何してるアベルッ!! 人間のお前ならッ――」

「――余所見!? 私なんて余裕!? あの時もそう思ってたんでしょ!?!!!」

 激情に駆られてんなぁ。

 怖。

 ゆっくりと瞼を下ろす。

「列島で会おう、アベル・ルフェーブ」

 次の瞬間、誰の声も聞こえなくなった。

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