第二十五話 蜘蛛

「コレ、Abelってお前さんの事だろ? 駅で嬢ちゃんの銅箱見た時から、ずっと言いたい事があったんだ...」

 ジェイが目の前まで迫って来た。真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 死ぬのか、俺。

「有難うアベル。俺はこの箱に何百回と命を救われた。フランクも同じだ。本当に有難う..... アベル.....」

 頭を深々と下げられた。この男は本当に、この箱に助けられて来たのだと思う。

 けれど、感謝されるべき人間は多分俺じゃない。それでも、この感謝を受けるべき人間の体を借りている身として、すべき事をしようと思う。

「お前が頑張ったから、この箱はお前を救った。だから、頭なんか下げずに堂々としていればいいと、俺は思う」

「そうか.... 有難う........」

 これで良かったよな、アベル。

 違ったとしても、もう変えてやれないけどな。


 白金箱からは、瓦礫製の荷車が出てきた。俺が作ったものを保管していたらしい。

「何でその荷車が...」

「列車の倉庫に乗せられる前に、ちょいと拝借しただけだ」

 ジェイは何故か得意気にそう言った。

 二人は荷車に寝転がると、完全に何も喋らなくなってしまった。静かになると静かになるで、中々に気まずい。

 なんか怖いので、荷台の二人の上に大きい布を被せた。

「これで良し」

 何が良いんだ。

 長壁街に近付くに連れて大きくなっていく謎の音。

 音の正体はすぐに分かった。

 巨大な空絡。人型ではない。高さ約二十メートル。アシダカグモの様な見た目だ。あんなのに襲われたら一溜まりも無い。

「そら本気で喋らなくもなるわ.....」

 おまけに最悪なのはワラワラいる事だ。俺が通っても大丈夫なのだろうか。

「お困りかい?」

「!?」

 瞬きしたらいきなり現れたぞ。誰だ此奴。

「随分驚かせたようだね。申し訳無い」

 周辺は何もない平野だ。本当にどっから湧いてきたんだ此奴。

「私の名はK-IS-1。ティムとでも呼んでくれ」

「K-IS-1でティムってのはよく分からんが、まぁよろしく.....」

 真朱色の頭髪に、紅緋色の瞳。真っ白な肌に、綺麗なロングヘアー。

 外見は完全に女だが、声は男。

 よって、恐らく性別は男。違和感が実体化すると、この様な形を取るのだろうか。

 そして名前からして正体は絡繰。空絡が徘徊している軍事演習場の近くをうろつく絡繰なんて、きっと碌なものではない。

「それじゃあなティムー 会えて良かったぁー」

「おっと待ちたまえ君。この先は危ないぞ」

 ティムはアベルの肩に手を添えた。

 何故か無性に腹が立ったので、乗せられた手を軽く払う。

「痛いな、君....」

「?....」

 一見、大袈裟に痛がっている様に見えたが、口調が本当に痛そうな感じだ。

 少し払う程度だったのだが。

「やはり人間とは相容れん......」

 そう言い残すと、ティムはその場から姿を消した。

 風に吹かれた砂塵かの様に、ゆっくりと。

「呪術か..........」

 そうして呆然を頬張り、しばらくしてから止められた足を再び動かし始めた。崩れていくティムの姿は、未だ脳裏から離れてくれない。

 恐らく一生忘れないのだろうと思う。


 長壁街の端に着いた。街中を徘徊している蜘蛛型は、上手く建造物を避けながらその身を移動させている。あの足に踏まれたら一溜りも無い。三十ミリ程度の鉄板なら恐らく一踏みで抜けるのだろう。本当に恐ろしい。

「行くか.....」

 荷車の持ち手を強く握り、ゆっくりと一歩目を踏み出した。

 石畳の道路には、所々樽でも埋められていたのかと思わされる様な穴が空いていた。空絡が歩いた跡だろう。これは三十ミリでも怪しいかもしれない。

「怖.....」

 カラカラスタスタ。

 歩みを止めれば、そこで終わってしまう様な気がした。今もズシンズシンと足音が聞こえてくる。

 見つかれば恐らく死ぬ。故に、慎重になるべきではあるのだが、恐怖が足を先へと進める。

 これはある意味、逃げなのかもしれない。

 次の瞬間、遠くで何かが爆発した。聞こえたのは音だけだが、これはチャンスだ。蜘蛛型が此処周辺から離れてくれる。

 全力疾走。凄まじい重さの荷車を必死に引きながら、長壁の内外を繋ぐ門へと向かう。

 一番の難所、長壁街の中腹、大通りに差し掛かる。

 流石に疲れてきたが、此処を突破すれば後は楽だ。

 大通りに差し掛かった。

「うっわッいるいるいるッ.....」

 蜘蛛型を三体ほど視認した。いずれも遠くにいるが油断は出来ない。

「デカいってッ!.... ヤバいってッ!.....」

 愚痴も足も止まらない。左右確認も怠らない。

 右、左、右、左。

 空絡はその場をノロノロと歩いている。

 右、左、右、左――

「――一体消えたッ」

 次の瞬間、周囲を檻に囲まれた。いや檻ではない、これは足だ。蜘蛛型の足だ。

 あんな遠距離から俺を補足したのか。

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