第二十四話 白金箱

 早朝、列車はビルンに到着した。座りっぱなしで凝ってしまった体を伸ばしながら、ビルンに足を踏み入れる。

「よぉ先日は世話になったな」

「なッ.....」

 ジェイが立っていた。

 襲い掛かってきた時と風貌が全く違う。

「お、おい動いてるぞ」

「あ、あぁ、動いてるな」

 灰茶色というか、焦茶色というか。いや、色なんてどうでもいい。なんで髪が生えてんだ。

 後、ご自慢のお髭は何処へ。

 いやいや、そんな事はもっとどうでも良い。早く此奴を縛らねば。

「武器あるかッ....」

「万能台を展開しないことには――」

 絡繰は急いで銅箱を取り出した。

「――待て待て、攻撃する気は無い」

「?」


 事情聴取後、本当に敵意は無いのだと分かった。

 心淵工房崩壊時、たまたま近くを通り掛かったゴリラは、俺らを見た途端、体の制御が効かなくなってしまったのだそう。

 絡繰と一番の懸念点について小声で話し合う。

「俺ら此奴の製作者に会って大丈夫なのか?」

「少なくともお前は大丈夫だろう。知り合いなのだから」

 そう言えばそんな設定ありましたね。

「お前らガランドに向かうんだろ? 俺も着いて行ってやる」

「お前を送り届けるためにガランドに行くんだよバカゴリラ」

「そのゴリラってのやめろ.... 無性に腹が立つ」

 一々由来説明されても面倒だ。パパッとな。

「じゃあジェイだ。異論は認めん」

「ほん......」

 お前毎回その反応なんだな。バリエーションの無いゴリラだこと。


 ペチャクチャと止まったまま雑談している訳にもいかないので、歩きながら話すことにした。

「何ィ!? フランク・ヴァーゲンザイルに会っただと!?」

「そんなに驚く事か?」

「そのゴリラの反応が普通の反応だ」

 それにしても表情豊かな絡繰だな。

「そもそもあれがフランク・ヴァーゲンザイルかなんて分からない訳でだな...」

「いいや、ソレは絶対フランクの野郎だ」

 何でそんな身近な感じで話進めんだ。

「フランクの野郎って... 会った事ねぇだろ」

「何言ってんだ。つい最近会ったばっかだ」

 会っただと。誰にだ。まさか、フランク・ヴァーゲンザイルにか。

「やはり生きていたのか.... それで?....」

「嬢ちゃんも興味ありってか.... 良いだろう――」


 そこからは長かった。

 十九世紀を救ったのはフランクだとか、そのフランクを救ったのはこのジェイ様だとか。引っ切り無しに出てくる武勇伝の信憑性は定かでは無い。

「元人間の俺だが、今の力は戦車級だ」

「おい待て、お前人間だったのか」

「当たり前だ」

「今の年は」

「百二十位だ」

「それを当たり前とは言わん....」

 半分恐れながら、半分呆れながら、絡繰に視線を送る。

 すると足を掛けられた。

 辛うじて転ばずに済んだ。

「乙女に年齢を聞くな」

「まだ何も言ってねぇけどな....」


 しばらく歩いた。

「ようし、もうすぐ長壁街だ」

「長壁街?」

「ガランドを囲ってる長壁。その麓には街があるのさ」

「そうかじゃあそこで休憩だな」

 すると突然、ジェイは足を止めた。

「こっから俺は歩かん。そこの嬢ちゃんもだ」

「なんだ急に」

「長壁街で絡繰が動くとヤベェのが襲ってくんだ......」

「ヤベェのって何だ....」

 妙に言い渋っている。

「......動かなきゃ関係ねぇ」

「言って問題ないぞゴリラ。ソイツも心淵技師の端くれだ」

「........空絡。知っての通り心無き絡繰だ」

 絡繰を襲う絡繰。通称カラカラこと空絡繰。この世に存在する絡繰の大半がこの空絡繰であり、その多くは軍事兵器として利用されている。

 空絡が何故街中に。

「まさか長壁街は――」

「――軍事演習場。そこに放たれてる空絡は、動いてる心核を獲りに来る」

「つまり電源オフの状態の二人を抱えて長壁街を突破しろと?」

「まぁ大体そんな所だ」

 無理があるだろう。一人は乙女でも、もう一人がゴリラだ。流石に担げんぞ。

「まぁ担ぐのが無理なのは当然俺も分かってる。そこでコレだ」

 ジェイは内ポケットから何かを取り出した。

「お前それッ.....」

「プラチナボックス。死ぬ程便利な巨大倉庫だ」

 万能台の銅箱に、巨大倉庫の白金箱。

 俺の銀箱は、一体何なんだ。

「コレ、Abelってお前さんの事だろ? 駅で嬢ちゃんの銅箱見た時から、ずっと言いたい事があったんだ...」

 ジェイが目の前まで迫って来た。真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 死ぬのか、俺。

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