第十話 さらば左手

 帰路。

 夕暮れた空を見上げ、疲れを噛み締める。妙に疲れた、そんな一日。

 続いて、余韻を噛み締める。

 妙な愉快さに混ぜ込まれし、少量の不快成分。

 噛み締めている余韻が、何に起因するモノなのか、それは定かにしたくない。

「.......」

 単調なシナリオ。普遍の日常。色無き絵画。日々とはその様であって然る。

 だから今日は、非日常的であったと言わざる負えない。

「....」

 相も変わらず、手は引かれたままだ。朝から変わらず、引かれたままだ。

 この状況に文句を述べたい訳では無い。ただ何となく、不本意なのだ。

「シルヴァ」

「...........何だ」

 何だ今の間は。

 そうして次は、好奇心に任せて、悪戯に手を引いてみた。

「ッ!?..........」

「?」

 逆光。夕陽がシルヴァに影を作る。無表情のその顔は、いつもと何ら変わらない。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、口角がいつもより上がっている様に見えた気がした。

 そうして何事も無かったかの様に振り返り、歩き始めるシルヴァ。

「今笑って――」

「――無い」

 わざわざ振り向いてまで、真っ向から否定しに来る所が怪しい。食い気味に否定しに来る所がまた更に怪しい。

 そうこう思っている内に、隙を突かれた。いや、隙というか不意というか。まぁどちらにせよ突かれた。いや、突かれたと言うより、引かれた。手を引かれた。今日一乱暴に。乱暴と言っても、全然痛くは無いのだが、乱暴にだ。

 食い気味な理由は不明だが、取り敢えず確かな事が一つある。胸がすっとしたとか、気分が良いとか、そういうのじゃない。いや、完全に違うとも言えない。要はつまり。

「いい気味...」

「!?」

 そして次の瞬間、人外な握力が左手を襲った。どの位人外なのか。それはもう紛う事無く今日一人外だ。多分折れた。いや、間違い無く折れた。

「!!....」

 握って数秒、どうやら気付いてくれた様だ。早く離してくれないか。頼むから。

 そうして開放された手を労りながら、アベルは物静かに悶絶してみせた。

「お前が悪い...... お前が.... 悪い........」

 人様の左手を握り潰してからの、お前が悪い。まぁ確かに、俺は悪い。それ自体には納得の意が示せるのだが、何故か総じると納得が出来ない。

 そうしてアベルは膝を突き、再び静かに悶絶し始めた。

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