第九話 絡繰

 延々と箱を弄るゴリラ。ゴリラサイズの寝床に転がる絡繰。二者共々、何か喋ろうという気は生まれないらしい。

「......」

 銀の箱に関する問答は、ピタリと止んでしまった。息を潜めているという訳でも、気不味いから話さないという訳でも無い。本当にその存在が、先程の会話が、無かったかの如く時が流れていくのだ。

「.........」

 二体の絡繰達は、アベルが感じている違和感などまるで意に介していない。だがそれもその筈、彼らはあくまで絡繰なのだ。それ以上の何でも無い。

 そうしてふと、どうでも良い様で、どうでも良く無い何かに気が付いた。気が付いたから、声に出した。否、出てた。

「ゴリラに、絡繰.....」

 ゴリラはゆっくりと立ち上がった。そして、右手の拳を自身の胸の前に構えると、彼は臨戦態勢に入った理由を端的に述べ始めた。

「誰がゴリ――」

「――待て待てそうじゃない!!」

 否、冷静に振り返ってみると、そうではある。言いたかったのは、その意で発言した訳では無いという事だ。

 そんな真意を胸に仕舞い込み、言葉を続けた。

「名前だよ....」

「名前だァ?」

 怪訝さを浮かべながら、拍子抜けした様な声で、放った言葉を繰り返したゴリラ。

 話は逸れるが、いくら状況説明を丁寧に行おうと、最後にゴリラと付けるだけで悪口の様に見えてしまうのは如何なものなのだろうか。

 アベルは邪念と戦いながら、放たんとしていた不満を放った。

「お前らの名前、まだ聞いてないぞ」

「....」

 絡繰から落ち込みの気を感じた。

 名前を聞いただけで、そんなに気を落とされてもだな。いや、こちらとしても絶妙に申し訳無くなる訳だが、俺も名前は言わされていてだな。

 言い訳が募る募る。

 するとゴリラが口を開いた。

「J1K...」

「J1K... お前の名か?」

「助手一号君でJ1K。名付け親が日本人でな。由来の説明も一苦労だ」

 少し考え込んでみせる。

 人並な呼び名を考えてみせようなんて思っている訳じゃない。ただ、信頼と親愛の意を込めて、呼び名を考えてみようなんて、思ってみたり。

 思ってみたり。

 そうして浮かんだ案を口に出してみる。

「ジェイ、とかどうだ」

「ジェイだ? 一号の部分は――」

「――いんだよ。零号はいねぇんだろ? ならお前は無印の助手..... よって、Jより、ジェイだ」

「ほん.....」

 半分位は納得したって感じの反応だ。正直、半分も納得を得られたんなら、もうジェイで良いんじゃないかって思う。何より呼びやすい。それが一番重要な所であると言っても、過言では無い。

 次は絡繰だ。そうとでも言いたげな目線を、横目でさりげなく送る。すると、彼女はすぐに気付いてくれた。

 そうして口は開かれた――

「――私はいいだろ... 別に呼ばれる様な事も無い。仮にあっても、今まで通り絡繰で良い訳で......」

 まぁ確かに。

 変な事は言っていない。むしろ普通の意見だ。

 では何故これ程までに、虚しくなったのだろうか。

 建前じゃ繕い切れない程に、冷めきってしまった金の瞳。それらを隠す様に、アベルはそっぽを向いてしまった。

「........」

「.......」

 静寂が耳を刺す。そんな時間。

 取り繕うべき場面。なのに心は繕いを拒み続けている。静寂が鬱陶しい、そんな瞬間が未だ嘗てあっただろうか。

 静寂は刻一刻と続いた。

「――」

 そうして突然、敗者は生まれた。

 静寂に耐え切れなくなった敗者が続けた言葉は――

「――シルヴァ.... シルヴァだ....」

「シルヴァ..........」

 頬が緩んで鬱陶しい。忌々しい。この表情を彼女には、シルヴァには見られたくない。決して見られたくない。

 だからアベルは、そっぽを向いた。隠したいものがあったから。

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