第七話 技師

 寝たまま、違う。寝たきり、違う。

 一つ確かなこと、それは起床が本日二度目であるということだ。

 未だ去ることの無い拳骨の感触が、かの惨劇を脳裏に刻み込む。そうして残された痛みに耐えながら、ぶっきらぼうに体を起こした。

 ゴリラ捕捉。白熱灯に照らされながら何かを真剣に弄っている。

「ようやく起きたか.... 坊主....」

「誰が坊主だ。暴力ゴリラが...」

「アレはツッコミだ。人間は脆すぎる」

「ようし、お前嫌いだ」

 静寂が耳を刺した。気不味いと言うヤツだ。

 あれ、ちょっと待てよ。今、聞き逃せない言葉が聞こえた様な気がした。

 少し考えてから、人差し指をゴリラに向けた。

 改めて間を置き、問うた。恐れながら、問うた。

「絡繰?」

「無論だ」

 ゴリラは弄る何かから目を逸らす事無くそう答えた。さも、当たり前だと言わんばかりの態度で。

 右手を目元に添え、天を仰いだ。所謂見る目というヤツの故障だ。もしくは打たれた反動でイカれたか。どちらにせよ、宜しくない。機械人形を人間と見違うというのは、心淵技師的に宜しくない。

 すると突然、部屋の扉が悲鳴の様な音を立てながらゆっくりと開いた。目元に添えた右手に隙間を作り、扉の隙間に目を向ける。

 扉の隙間から顔を覗かせたのは絡繰だった。

「おい絡繰、そこで何をしてる....」

「お見舞いをお見舞い中だ...........」

 何を言っているんだ此奴は。

 そうして黙って見つめていると、絡繰はゆっくりと引き下がっていった。悲鳴の様な音を発する扉は、さながら絡繰の心の代弁者と言った所だろうか。恥ずかしいと思う様な心があるのなら、最初から意味の分からない事など言うな。

 一転、ゴリラが口を開いた。

「お前... 名前は....」

「名前............」

 何気なく投げかけられた質問に言葉が詰まる。

 ゴリラは手元で何かを弄り続けている。そうして時間だけが過ぎていった。

 屋根に潰されてから記憶が飛んだのか。殴られてから記憶が飛んだのか。自分の名前が上手く思い出せない。不審がられても面倒だ。適当に答えるとしよう。

 そうして辿々しく返答する。

「アベル.... アベルだ」

 無論、適当に考えた名前だ。適当に聞かれたから、適当に答えた名前だ。

「.......」

 ゴリラの手が止まった。どんなやり取りを交わしても止まらなかったゴリラの手が、突如として止まったのだ。すると次の瞬間、ゴリラは弄ってた何かを素早く俺に突き出した。これには流石に多少驚いた。

「これは偶然か?」

 動きのキレに反して、随分と落ち着いている様子だ。驚いて損をした。

 ふっと一吐き。気持ちを落ち着けてから、突き出された箱の表面にピントを合わせる。

 そこにはアベルと、そう刻まれていた。

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