第五話 所作

 街に着いた。

 緑化進行中の美しき田舎街、と言っても、車道が石畳で舗装される程度には栄えている。蒸気自動車は多くないものの、馬車や移動屋台が多く見られた。恐らく交易路がこの地を経由しているのだろう。

「これが俺か.....」

 此処に来て分かった事が一つがあった。自身の顔についてだ。店先の硝子に映る俺は、以外と不細工では無かった。金髪に、金の瞳。年齢は分からんが、青年と言った所だ。悪くない、多分。

 そうして、満を持して、問うてみる。時は満ちたと思い込んで。

「絡繰」

「何だ」

「何故俺は、連れて来られた」

 何故。

 何故俺は、この様な辺境の地に連れて来られたのか。その訳が知りたい。

 すると、彼女は黙り込んでしまった。コツコツカツカツ。迷いなきその歩み。訳はちゃんとありそうだ。

 そうして引かれるままに、静寂を刻んでいく。数刻後、ようやく口は開かれた。

「......買い物にケチを付けるな」

 何を言っているんだ、この女は。

「......」

 いや、成程。

 何故街に連れて来られたのか、そう問うたのだと思い込んでいるな。訂正は面倒だが、致し方無い。

「.....いや、そうではなく... 何故俺は攫われ――」

「――くどい。」

 何と理不尽な。これだから人間は嫌いだ。いや、此奴は人間では無かったな。

 地を踏みしめる度に現れるうなじ、背を跳ねる銀髪、俺の手を優しく握り、無愛想に引っ張っていくその身。その全てが人間だった。

 それでも此奴は人間ではない。目に見えない呪いの様な何かが、その事実を突き付けてくるのだ。

 そうして思考を放棄して、純粋な質問だけを投げかけた。

「何処に向かってる....」

「工房だ」

 なんと。心淵技師の工房に向かっているのか。

 まさか、会えるのか。駄作の作者に。

 先程の不快さを忘れて踊る心は、実に滑稽に見えた。


 そうして工房を前に、急停止。絡繰の後頭部に激突するも、痛みを受けたのは俺の顔だけだった。

 石頭ならぬ鉄頭。美少女らしからぬ強靭な後頭部、恐れ入った。

「何をしている」

「も、悶えてんだよッ....」

「そうか、早く済ませろ」

 悶えてる奴に早く済ませろとは、酷な事を言ってくれる。

 ようやく痛みが引き始めたという頃に、彼女は屈み込んできた。

「な、なんだ....」

「......」

 何も語らない。何を訴える訳でも無い。なのにじっと見つめて来る。浅葱色の瞳がじっとこちらを見つめている。

 すると次の瞬間、彼女は患部目掛けて手を伸ばしてきた。思わずギュッと目を瞑る。そうして次の瞬間、怯えた事を後悔する。冷え切った掌が患部に添えられたのだ。

 そうして数刻が浪費された。すると彼女が口を開く。

「冷たいだろう....」

 どの様に返すべきか。無論、掌は冷たかったのだが、そのまま伝えるべきか。

 悩んだ末に、ふてぶてしく返答してみる事にしてみた。

「あぁ.... 冷たい....」

 彼女の口角が少し下がった。冷たいと言われるのは嫌なのだろうか。

 数瞬、虚空に目を泳がせては、続けた。

「冷たくていい.... むしろ冷たいから良い。そういう時もある」

 そう言って、少し微笑んでみせた。気遣いに対する、気遣い。当たり前に返すべきであろう返答を少し飾ってみせただけの事。

「そうか....」

 彼女の口角は、上がった様に見えた。

 今度はきっと、気の所為だろう。

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