第6幕 双子の兄弟

満月が夜道を照らす。

サーカス団の馬車が山路を抜け草原へ差し掛かる。


馬車の2両目の飼育小屋にウィルとアリシアが居る。

「ねぇウィル。あなたのお兄さんのこと、教えて?」

「僕のお兄さん?どうして?」

「お手玉を渡した時、あなたとても悲しそうな顔をしたから。私もいつかウィルにまた会えるかと思ってずっと持っていたから、知りたいの」

ウィルは少し戸惑いながら話始めた。


ーこれから話すのは青年ウィルソンのちょっと昔のお話…ー


「待ってよにぃちゃん!」

「へへ~ん。悔しかったら追い付いてみろ~」

街外れの雑木林の中で駆けっこをする2人の少年。

兄のダニエルと弟のウィルソンだ。

髪の色、肌の色、背格好も一緒の双子である。

雑木林を抜けた先に拓けた野原が広がっている。

双子の兄弟はこの場所で遊ぶことが好きだった。

「いぇーい1位~」

「はぁ…はぁ、にぃちゃん速いったら…」

2人は原っぱに寝ころんだ。

「ぼくはまだまだだよ、サーカス団のお兄さんたちは宙返りやバグ転をしながら移動するんだから」

先週。双子兄弟が暮らす"リザベート"の街にサーカス団がやって来たのだ。

兄はその時の様子を自分もサーカス団の一員かのように自慢する。

弟のウィルソンは身体が弱く、先週は発熱と喘息で外に出ることが出来なかった。

兄のダニエルだけが父親とサーカス団のパレードを観に行ったのだ。

「僕もサーカス団に会いたいなぁ」

ダニエルの話を聞いているだけでは物足りないウィルソン。

「見てろ。こーやって…」

ダニエルは立ち上がり、両腕をピーンと伸ばし、前傾姿勢になる。

「よっ」

地面に手をつき、足を上げ… ドテン!

「いた!」

「大丈夫!にぃちゃん!」

「いてて…、まだ出来ないや」

逆立ちをしようとしたダニエルは勢い余って腰から落ちた。

腰を擦りながら立ち上がる。

「僕はいつかあのサーカス団のお兄さんたちみたいに、人を笑顔にしたい」

夢を語る兄の姿が輝いて見えた。

ダニエルがウィルソンに手を伸ばす。

「帰ろう。もうすぐ暗くなる」

「うん」

ウィルソンはダニエルの手を取り、立ち上がる。

2人はさっき来た雑木林を抜け、家を目指し歩く。

この原っぱは兄弟の暮らす屋敷の裏にある。

屋敷の勝手口から2メートルほどの塀を越えた先にある。

雑木林は夕方になると方向が分からなくなるほど暗くなる。2人は明るい内に屋敷に帰るようにしている。

勝手口から外に出ては行けないと父親から注意を受けていたが、兄弟は両親にバレないようにこっそり抜け出しては野原で遊ぶことが楽しみだった。


ダニエルは勝手口のドアを少し開け、扉の近くに人がいないことを確認する。

「よし、いいぞ!」

後ろで待っていたウィルソンに手招きする。

2人はこっそり屋敷へ入る。

良かった、バレてない。

2人は何もなかったかのようにリビングへ向かう。

「あら、お坊ちゃん方。おかえりなさい」

「え!」

背後から声がしてビクっとなった。

この屋敷で雇われているメイドの"マリー"だった。

「また勝手口から出て遊びに行ったのですね」

「マリーお父さまには内緒でお願い!」

ダニエルは手を合わせ、頭を下げる。

「ごめんなさいマリー…」

ウィルソンも謝った。

「解りましたよ。今回だけですよ。ティータイムのお時間なのでリビングでお待ちください」

「ありがとうマリー」

「今日のおやつはなぁに?」

「マドレーヌをご用意しました。今お持ちしますね」

「わーい!ありがとうマリー!」

マリーは19歳で、屋敷の掃除から飯炊きまでなんでもこなす完璧な女性だ。

マリー手作りのお菓子はどれも美味く、兄弟はいつも楽しみにしている。


紺色の絨毯が敷かれた長い廊下の突き当たりの部屋がリビングだ。

「あら。ダニエル、ウィルソン。ティータイムにしましょう」

リビングに入った2人に気がつき、優しい声で話しかける母"アリア"。

「お母さま、今日のお菓子はマドレーヌだって!」

ダニエルがアリアに駆け寄り抱きつく。

「そう、楽しみね」

「にぃちゃんだけズルい。ぼくもお母さまにくっつきたい」

ウィルソンもアリアに駆け寄る。

「あらあら、2人一緒じゃママも負けちゃうわ」

ふふっとアリアは微笑んだ。

「奥様、お坊ちゃま方。お菓子をお持ちしました」

マリーがティーセットとお菓子の乗ったトレーを持ち、リビングに入ってきた。

「ありがとうマリー。さぁ2人とも座って、いただきましょう」

「はーい!」

兄弟同時に返事をした。

「今日の紅茶はアールグレイのミルクティーにしてみました。お坊ちゃま方も飲みやすいと思いますよ」

3人分用意されたティーカップに紅茶を注ぐ、紅茶葉とミルクの甘い香りが鼻に伝わる。

アリア、ダニエル、ウィルソンの順で紅茶が渡された。

マリーの淹れる紅茶は美味しいが、

双子兄弟は紅茶よりマドレーヌの方が楽しみだ。

マドレーヌを渡されるなりダニエルは勢いよく口に運ぶ。

「お行儀悪いわよダニエル」

ちょっとしゅーんとなったが食べるのは止めない。

「美味しい!今度作り方教えてねマリー!」

「はい。ウィルソン坊ちゃま」

ウィルソンはマリーにお菓子作りを習うのが大好きだった。

「今度作ったらご馳走してねウィルソン」

「はいお母さま!」

ウィルソンはにこっと笑った。


「ただいまぁ」

玄関の方から声がした。

「お父さまだ!」

ダニエルは父を出迎えに玄関へ向かった。

「おかえりなさいお父さま」

「ただいまダニエル」


双子の兄弟が暮らすリザベートの街の立派なウィンターズ家の屋敷。

父と母、双子の兄弟とメイドが1人。

確かにそこに微笑ましい家族の姿があった。


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