第5幕 そして次の街へ
お菓子作りが終了した。
ついさっきテントの撤収を終えた双子姉弟が宿屋に戻ってきていた。
ウィルがお菓子を焼いている最中だった。
先に焼き上がり、冷ますために置いておいたお菓子をシエルはつまみ食いをした。
「うまっ!やっぱり最高ねウィル」
「俺は後でいただくよ」
「ありがとう二人共。今オーブンに入れたお菓子が焼き上がるから待っててね」
気付けば時刻は16時15分。
18時のショーが始まる前に屋台でお菓子を並べなくてはならない。
双子姉弟と宿屋の店主の協力を借り、港に用意さたウィル用のテントにお菓子をバスケットに入れ、移動する。
大きめなバスケット4台分のお菓子。
「こんなにあんのかよ、何個作ったんだ?」
マイルが聞いた。
「160ちょっとかな?無料で配るからすぐ無くなるよきっと」
「さっき8個は私の分で分けたわ」
「え!いつの間に」
ウィルが驚いた表情でシエルの顔を見る。
でも怒りはしない。
「こんな美味しいお菓子私たちも食べたいわよ、ねぇマイル」
「姉さんはさっき食べたからあとおしまいだよ」
「え~そんなぁ」
微笑ましい姉弟だ。
ウィルたちが屋台の準備をしているとそこにアリシアがやって来た。
「ぁ、ピエロさん元気そう。良かったぁ」
3人がアリシアの顔を見る。
「ん?だれ?」
マイルが言った。
「あぁ、あなたがウィルの言っていた。小さなお客さんね。こんにちは」
シエルはすぐに察した。
「こんにちは」
アリシアがペコっと頭を下げ挨拶をした。
「こんにちはアリシアちゃん。良かったらアリシアちゃんも1つ食べてみない?」
ウィルはアリシアにお菓子を差し出した。
「これもピエロさんが作ったの?いただきます」
アリシアがお菓子をパクっと一口噛る。
「どう?美味しいでしょ。この人の作るお菓子は最高よね」
ウィルの代わりにシエルがアリシアに感想を聞いた。
「…ぉ、美味しい…」
美味しいとは言ってくれたがどこか暗い表情のアリシア。
「ごめんなさいピエロさん!昨日の犬は私のお友達の犬なの。サーカスの邪魔をしてごめんなさい!」
アリシアは涙を流し、頭を下げた。
ジニーの代わりに謝りに来たのだ。
「アリシアちゃんが謝ることないよ。ボクは大丈夫だから」
「そうね、この人は大丈夫よ。これぐらいの怪我すぐに治って、また元気に飛び回るわ」
シエルも一緒にアリシアを慰めた。
「…ぅん。お菓子…美味しいです」
アリシアが涙を拭いて応えた。
「…それじゃぁ、また後で」
アリシアはペコっとお辞儀をして帰っていった。
「あれショーは見ないのか?」
「後でって言っていたから、また来るんじゃない?」
双子姉弟は顔を見合せた。
屋台の準備が終了。あとはショーの開始を待つのみ。
時刻は17時50分
「お母さんただいま!」
「おかえりなさいアリシア。どうしたの?何か良いことでもあったの?」
ニコニコの笑顔で息を切らして帰って来たアリシアにシエスタは少し戸惑いながら聞いた。
「お母さん!大事な話があるの!」
「え?」
_____________
「いってきます!お母さん!」
「いってらっしゃい。頑張ってね」
シエスタはにこっと微笑み手を振った。
ばたん、と玄関のドアが閉まる。
「…いつの間にか…もう立派なレディね…。応援しているわアリシア…」
娘の成長に少し寂しさを感じるシエスタであった。
「ぁ、…ジニー…」
アリシアが玄関を出るとジニーがアリシアの家の壁に寄りかかっていた。
「サーカス団と一緒に行くのか…」
アリシアが持っているショルダーバッグは荷物でパンパンだった。
「ぅん…この街にはしばらく帰らないと思う」
サーカス団がこの街に来たのは5年振りだから、おそらくすぐにこの街に戻って来ることはない。
アリシアは覚悟を決めていた。
「今日の夜。サーカス団は20時にこの街を出るんだ…」
「どうしてジニーがあの人たちの予定を知っているの?」
アリシアの質問には答えずジニーは続けた。
「でもサーカス団にいる蝶ネクタイのおじさんは怪我したピエロをこの街に置いていくつもりだ」
「そんな…ピエロさんあんなに良い人なのに!」
「俺がおじさんを惹き付けておくから、アリシアはピエロと一緒に象の小屋に乗り込め」
これからの計画を淡々と話すジニー。
「協力してくれるの?」
「…最後ぐらい格好つけないとな」
へへん、指で鼻を擦った。
二人はショーが行われている港へ向かった。
ショーは終盤に差し掛かっていた。
マリッサの背中にリーガルが立ち、両手に炎をまとったフラフープを持っている。双子姉弟がトランポリンから飛び、5mはあるであろう高さのフラフープをくぐり抜け着地。
お客さんから歓声と拍手が上がる。
ウィルの屋台では無料で配っていることもあり、150個ほど作ったお菓子も残りわずか。
昨晩の騒動の後でお客さんが離れてしまい、今日のショーはあまり人が来ないんじゃないかと心配していたが、「ピエロが屋台でパイを売っている」と街中に広まったようだ。
昨晩の公演ではあまり見せ場の無かったウィルだが、この数日の客寄せの成果なのだろう。
人々から応援の言葉がウィルには嬉しかった。
アリシアとジニーがウィルの屋台に顔を出した。
ハスキー犬のサムも一緒だ。
ここに来る前にジニーの家に行き、サムを連れてきたのだ。
「いらっしゃいま…ぁ、アリシアちゃんと…ジニーくんかな?」
ウィルはアリシアとハスキー犬を連れた少年に挨拶をした。
「ほら!」
アリシアがジニーの背中を叩く。
「ピエロさんごめんなさい!サーカスの邪魔をして、怪我までさせちゃって」
ジニーが頭を下げた。
(ジニーは不器用なやつでな。ジニー指示とは言え私も悪かった)
サムの声も聞こえてきた。
「大丈夫だよ。怪我をしたのは僕の練習不足のせいだから、頭上げてよ」
こんな時でも少しも怒こったりしないウィル。
「ほら、君もこれ。僕の作ったお菓子。良かったら食べてよ」
最後の1つになったお菓子をジニーに渡した。
これでウィルの作ったお菓子が完売した。
「ありがとうございます」
「ピエロさんの作るお菓子美味しいわよ」
ジニーはぱくっと一口食べた。
「美味しい…、美味しいですピエロさん」
「そっか、良かったよ」
時刻は19時40分
街の出口に停めた馬車の客車からネルソンが出てきた。
出発の時間が近づき、ソワソワし始めた。
港のウィルの屋台の方に目をやる。
ジニーが昨日のハスキー犬を連れ、ウィルの屋台の前にいた。
その光景を見たネルソンはニヤリと笑みを浮かべ、何も言わず客車の中へ戻っていった。
ショーが終わり、港の屋台の撤収が始まっていた。
リーガルはショーで使った小道具を片付け、マリッサと一緒に馬車の飼育小屋に戻る。
双子姉弟はウィルの元へ。
「あ、双子のお兄さんお姉さん。お疲れさまでした」
アリシアが先に挨拶をした。
「あら、アリシアちゃん来ていたのね。それと…」
「おい昨日乱入して来たクソ犬じゃん?」
「まぁまぁ、話はだいたい2人から聞いたからもう大丈夫だから」
マイルがイライラし始めたのをウィルがなだめた。
「お兄さんお姉さんにお話があるの!私を馬車で一緒に連れて行って!私をサーカス団に入れて欲しいの!」
アリシアが深く頭を下げた。
「アリシアちゃんそんな」
ウィルが焦った。
「私は良いわよ」
シエルは即答した。
「姉さん!」
「良いじゃない。もう一人ぐらい女手が居ても。うちのサーカス団男っ気が多くてむさ苦しいわ。
良き相談相手になってくれるかも。ねぇー」
「ねぇー」
アリシアとシエルは顔を見合って笑った
「姉さんが言うなら…分かったよ!」
マイルが渋々OKした。
「でも蝶ネクタイのおじさんはピエロさんをこの街に置いて行きたいんだって」
「何よそれ。聞いてらんないわ。じゃぁ飼育小屋にウィルとアリシアちゃんが乗ったら良いわ」
話が良い方向に向かう。
ジニーは自分の手を汚さずに済んでほっとした。
「アリシアを宜しくお願いします」
(小さい頃から一緒にいる姉弟みたいな存在なんだ。アリシアを大事にしてやってくれ)
「ジニーもサムもありがとう。アリシアちゃんは僕たちサーカス団にまかせてよ」
「ちょっと作戦がある」とジニーは3人に話す。
__________
片付けが終了し街を出る時間になった。
マイルはリーガルと一緒にネルソンの気を惹くため、馬車の先頭で話をしている。
シエルはネルソンの視線に気を配りながらウィルとアリシアを飼育小屋まで誘導する。
松葉杖を咥えたサムを連れ、ネルソンの横を通過するジニー。
「足止め成功したよ」と思わせるようにネルソンに向かい親指を立てサインを送る。
ウィルが持っている松葉杖を囮に使うのだ。
松葉杖がないと歩けない程の怪我なことはネルソンも知っている。
ネルソンがジニーに気を取られている隙に
ウィルはアリシアに補助をしてもらい、飼育小屋に乗り込む。
シエルが2人が飼育小屋に乗り込んだことをジニーに合図する。
「おじさん。これ、返すよ」
ジニーはネルソンから預かった小銭の小袋を投げ渡した。
「ぉ、おう」
ネルソンはキョトンとした。
「さぁ、片付けも済んだから。そろそろ出発しようぜ。操縦頼むよリーガル」
マイルがネルソンの背中を押した。
「あいよ!さぁ二人とも乗ってくれ!」
ネルソンが客車に乗り込む。
シエルがマイルと合流、一緒に客車に入る。
「行くぞ野郎共!出発だぁ!」
リーガルは掛け声ともに2頭の馬に鞭を打ち合図を送る。
馬が歩き出し、馬と客車を繋ぐロープが張る。
馬車の車輪が回り出す。
アリシアが飼育小屋の小窓から顔を出す
「ありがとうジニー、サム!元気でね!」
客車の方に声が聞こえないよう抑えながらジニーに手を振る。
「じゃあなアリシア、頑張れよ」
「バゥ!」
ジニーは手を振る。サムは短く吠えた。
サーカス団の馬車が暗い林道へ消えていった。
_______
「はぁ~、バレるんじゃないかと冷や冷やしたけど、何とか乗り込めたね」
アリシアが安堵のため息をついた。
「アリシアちゃん本当に付いてきて大丈夫なのかい?お母さんにはなんて…」
「お母さんにはちゃんと説明してきたわ。「私、旅に出ます」ってね」
ウィルの横に立ち、その時の様子を再現した。
「……僕もちょっと気を張って疲れちゃった。ちょっと休むよ」
ウィルはマリッサの鼻を撫でた。
するとマリッサは脚を曲げ座り込み、寝ころんだ。
ウィルはマリッサのお腹を枕にする様に身体を寝かせる。
マリッサは鼻をウィルの脇の下に通す、抱き枕のようになった。
「すごい…かわいい!」
アリシアが真似をしてウィルの隣に寝ころぶ。
「ピエロさんのお名前、教えて?」
「僕のお名前?」
「そう、あなたの本当のお名前」
「僕の名前は、『ウィルソン•ウィンターズ』」
「ウィルソン•ウィンターズ…。素敵なお名前」
ふふっと笑って立ち上がる。
月明かりが小窓から差し込み、アリシアを照らす。
ワンピースの両端を指で摘まんで膝を曲げる。
「私の名前は『アリシア•クラーベル』漁師と美容師の一人娘。よろしくね王子さま」
「僕って王子さまなの?」
「ふふっ、なんちゃって!」
満月が夜道を照らす山路をサーカス団の馬車が移動する。
次の新しい笑顔と出会うために。
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