第4幕 温かな港街

イシュメルの街の5日目の朝。

夜のフィナーレ公演の後、この街を出ることになっている。

昨晩、足を負傷したウィルを宿屋に残し、シエル、マイル、リーガルの3人は公演に来場したお客様の家に返金と謝罪をするために街中を歩き回っていた。


早朝にも関わらず、3人が泊まる宿屋に医者がウィルの怪我を診に来ていた。


「足首の骨にひび?」

「そうだね2週間は安静だな」


医者は冷静に答えた。

紫色に腫れ上がり、ちょっとでも動かすと激痛が走る右足を見るに。まぁ、簡単に治るものでは無いことは双子姉弟もウィル自身も分かっていた。


「痛み止と湿布薬出しておくから、2週間はガッチリ固定して様子を診てくれな」

「はい…わかりました。ありがとうございます。」


包帯で巻かれた右足を擦りながらウィルは医者にお礼を言った。

「じゃぁ、私はこれで失礼するよ。お大事に」

シエルが医者の後に付いて行き、玄関先まで見送る。


「2週間かぁ…次の街に行っても公演に参加出来そうにないってことだね…」

ウィルは冷静に状況を整理しようとしている。

「そんなの俺たちだけで何とかしてやる。

まずお前は1日でも早く治るようにゆっくり休めよな」

マイルが優しい口調で叱る。


「わかった。ありがとうマイル」

少し気が楽になった。

双子姉弟とは3歳年が離れているが、本当の兄弟のように優しく守ってくれる。

それと同時に甘えてはいられないと自分を強く保って居られる存在だった。


ー ジニーの自宅の庭先にて。

アリシアが庭の柵の向こうから家の中を覗いているのが見え、ジニーが外へ出る。


「ジニー。あなた昨日の夜サーカスに来ていたわね。」

ハスキー犬のサムだけでサーカスのテントまでたどり着ける訳が無いことは分かっている。


「しかもサムを利用するなんて!ピエロさん怪我してるかも知れないじゃない!」


昨晩、サーカス団の人が返金と謝罪には来たがピエロさんではなく、赤い髪の女の人だった。


「この街にサーカス団が来てから、アリシアがあのピエロのことばかり見てるのが…イヤだったんだ…」

ジニーはアリシアの顔を直視出来ず、下を向いたままボソッと応えた。

「だからって。サーカスの邪魔をするなんて!

お客さんたちも楽しみにしてたのに!」


小さい頃から一緒に居るアリシア。

口喧嘩なんてしょっちゅうあったが、こんなに声を荒げて怒るところは見たことがない。

「私はこの街にサーカス団が来るのずっと待っていたの。ピエロさんは私にとって大切な人なの」

その言葉を言われジニーはハッとしてアリシアの顔を見る。

アリシアの目には今にも溢れそうな程涙が溜まっていた。


「ごめんよアリシア…」

「ごめんじゃないわよ。もう…あなたとは会わないわ。さようなら、ジニー…」


アリシアだってずっと一緒に居た幼なじみとこんな話はしたくない。

「ごめん…」

アリシアは涙を手で拭い、何も言わず走り去って行った。

ジニーは下を向き立ち尽くしていた。


「おはようさんジニー」

すると背後から男の声がした。ネルソンだ。

「…ぁ、サーカス団の人か」

昨晩俺のことを抑え付けていた男だった。

「お前もあのピエロのことが気に入らないんだよな?俺もそうだ。俺たち似ているな」

ネルソンはジニーに近づき、ジニーの頭にポンと手を置く。


「なに…言ってるんだ」

「俺たちサーカス団は今日の夜、20時にこの街を出る。あのピエロが馬車に乗れないように足止めしてくれないか」


あのピエロとこの人は同じサーカス団の仲間なんじゃないのか?

ネルソンの意外な言葉にジニーはハッとした。


「報酬はならやる」

ネルソンは小銭が入っているであろう布袋をジニーに手渡した。

「頼むぞ」

ネルソンはポンとジニーの頭を叩き、去っていった。


ー 一方その頃。


「やぁ、シエルにマイル。ウィルの具合はどうだい?」

双子姉弟はサーカス団の馬車の掃除をしていたリーガルにウィルの怪我の具合について話していた。


ー 話し合いの結果。

テントでのフィナーレ公演はせず、港街の人々の協力を借り、港の屋台で食べ物を売る隣で小ぢんまりとショーをすることにした。

そのショーにはマリッサやリズはもちろん、リーガルも出演することになった。

馬車の操縦士とはいえ、リーガルも立派なサーカス団の一員。


「ウィルが出れないんだから仕方ない。俺っちの腕力でお客さんをビックリさせてやるかぁ」

ウィルの欠員に一肌脱ぐことを決意した。

「宜しく頼むわリーガル」


そこへネルソンがズボンのポッケに両手を突っ込み、こちらに近寄ってきた。

「いやぁ、ウィルの怪我にはびっくりしたよぉ。怪我をしたのは残念だが、残った君たちで今夜のショーは盛り上げてくれなぁ、頼んだよ」

ウィルが怪我をして皆心配している時に、

何やらご機嫌なネルソン。


「ちっ、人の気も知らないで…」

「しっ!」

マイルがネルソンに言いかけたがシエルがそれを制止した。


「じゃぁネルソンさん。今日の出発まで時間が無いんだ。テントの撤収の手伝いを俺っちと一緒に頼むよ」

リーガルはさぁさぁとネルソンの背中を押し、テントの方へ向かった。

こういう時、団員の中では年長者の落ち着き様は救いになる。



ー その頃ウィルは。

包帯で巻かれ固定された右足は使わない様、松葉杖を使い、左足だけで歩く練習がてら港の市場に買い物に来ていた。

今夜の公演はテントで行わないこと。

港でショーをすることは3人で話し合ってある程度決めていたので、ウィルは港で今夜ショーをすることを広めるため、人々に話をして巡っていた。


「今夜のショー。ご協力よろしくお願いします」

港街の町長の男性に話をしていた。

「おぉ!昨晩の公演を見せられて、何も言わずこの街を出て行くんじゃ街の皆だって納得しないだろうよ。こちらこそ宜しく頼むな」


町長は心良く引き受けてくれた。

ウィルは怪我のためショーには参加出来ない。

代わりに何かできないかと考えていた。

ショーが行われる隣の屋台でウィルの手作りのお菓子を販売することにした。

販売といってもお金は取らない。

ウィルの感謝と謝罪を込めて。


「ぼくにはこれぐらいしか出来ませんが…」


とウィルは試作のお菓子を町長に差し出した。

林檎と胡桃を練り込んで焼き上げた一口サイズのパイだ。

「どれどれ…。へぇ、うめぇじゃねぇか。これなら皆な喜んでくれるだろうよ」

「ありがとうございます」


ウィルは宿屋に戻り、お菓子作りを開始した。

宿屋の女性店主も心良く引き受けてくれた。お菓子作りの手伝いもして頂けるようだ。


現在11時。

今夜のショーは18時に港街の協力を借り、たくさんの屋台が立ち並び行われる。

この街で購入した食材を使い切る勢いでお菓子を作るウィル。

その表情は怪我のことなど忘れるくらい、生き生きとしていた。



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