第3幕 リズワルド楽団
18時30分。
サーカス公演まであとわずか。
リズワルド楽団が公演をするテント前。
5年ぶりの公演を楽しみにする家族連れ、初めてのサーカスを一目観ようとワクワクする子供たちで長蛇の列になっていた。
15歳以上の大人は入場2000G。
15歳以下は無料だ。この料金は前団長の頃からの決まりだ。
入り口前の受付では馬車の操縦士のリーガルがお客様から料金の受け取り、案内をしている。
「いらっしゃい!楽しんでってな嬢ちゃん」
「うん!ピエロさんの活躍楽しみにしているの」
アリシアと母親が受付をしている所だった。
「そーかい。きっと良いもん観られるぞ。
さぁ中に入って15番16番の椅子に座ってくれ」
「はーぃ」
テントの中はステージと80名ほどが入ることのできる客席。天井には明る過ぎるぐらいの照明が4台、ブランコが左右に1台ずつ。
ステージ上には大きな積み木のようなオブジェが並ぶ。ステージ奥の段幕には太陽と月の仮面のような飾りがキラキラしている。
アリシアは母親の手を引き、指示された15番16番の席に座る。
「もうすぐだねお母さん!」
「そうね、楽しみね」
ワクワクが止まらない様子のアリシア。
ステージの周りを見渡すがまだピエロさんの姿は見えない。
アリシアの席はステージから横2列目の真ん中だ。
テントの中に次から次へお客さんが入ってくる。
あっという間にアリシアと母親は身動きが取れなくなった。
受付時間が終了し、テントの中は満席では無いが60名ほどのお客さんが席に座り、公演の始まりを待っている。
バツン、とテント内の照明が消え、お客さんもシーンと声を抑える。
天井の照明の1台がパッと灯り、ステージ中央を照らすとピエロがお辞儀をした状態で現れた。
「レディースアンドジェントルメン!今宵は見事な満月の夜。皆さまを不思議な世界へお連れしましょう。」
ウィルのオープニングトークが始まる。
「それでは最初にご紹介するのはこのリズワルド
楽団の人気姉弟の登場だぁ。シエル&マイル~」
ウィルは両手を広げステージ外へはける。
天井のすべての照明が光り、テント中が明るくなった。
すると陽気な音楽と共にステージの両端にある積み木のオブジェから双子姉弟が高速のばく転をしながらステージ中央へ登場した。
登場するや否や客席から拍手と歓声が巻き起こる。
一方、テントの入り口に寄り掛かりステージ上を眺めるネルソンの姿が。
「まぁまぁってところか?」
観客の入り具合、観客の歓声を聞き、初日公演の売り上げを予想していた。
「ん?」
するとネルソンの寄りかかる入り口の柱の反対側に、犬を連れた少年がサーカスの様子を覗き見していた。
ジニーだ。
「おい、どうしたガキ。観ないのか?」
ネルソンはジニーに尋ねた。
「ここで良い」
ジニーはボソッと答えた。
ジニーの右手にはチェーンが握られていて、
ジニーの自宅で飼っているシベリアンハスキーの"サム"と首輪で繋がっている。
「いけ!」
バウ、と一声鳴くとサーカス真っ最中の場内へ走っていった。
「おい!」
ネルソンが制止に入ったがもう遅かった。
サムは観客に向かいバウ!ワウ!と吠える。
恐怖を感じた観客たちは距離を取る。テントの外へ逃げる者も居た。
ステージ上では、ウィルがマリッサから宙返りでバランスボールに乗り移るパフォーマンスをするところだった。
サムは観客の間を縫うように走り、ステージへ向かった。
「サム?」
アリシアの真横を見覚えのある犬が通りすぎた。
幼なじみの家で飼っている犬を見間違える筈がない。
ウィルがバランスボールに着地する瞬間、サムはバランスボールを頭突きではね飛ばした。
ウィルは着地に失敗し、つま先から地面に着地。
足首に鈍い痛みが走る。
「ぁぐっ!!」
バランスを崩し、ウィルはステージに頭を打ち付けた。
「ウィル!」
「なんだあの犬!」
双子姉弟がウィルに駆け寄る。
「ピエロさん…、サムなんで…」
アリシアは目の前の光景に口を手で覆い、
青ざめた。
観客たちが悲鳴を上げながらテントの外へ出ていく。
「アリシアも危ないから外に出ましょう!」
母親は立ち尽くすアリシアの腕を引き、テントの外へ出る。
ウィルが意識を取り戻す。
「ウィル。大丈夫か!」
気が付くとマイルに抱き抱えられていた。
(これ以上アリシアに近づくなってジニーが言っている)
「ぇ?」
ウィルの耳に聞こえてきたのは目の前に居るハスキー犬の言葉だった。
「ジニーって…誰だい?アリシアちゃんが‥なに?」
「ん?どうしたウィル」
マイルにはもちろんハスキー犬の言葉は分からない。
(次アリシアに近づいたらその足首噛み砕く)
そろりとサムはウィルの足首に近づく。
「バカあっちいけ!くそ犬」
マイルが手で払い除ける。
プイッとサムはそっぽを向き、テントの外へ走っていった。
ネルソンに捕まっていたジニーはネルソンの手を振り払い、サムと共に走り去って行った。
「あのガキ…。なるほどな」
ネルソンがまた何か企んでいるようだ。
「ごめんよ皆‥。ステージ台無しにしちゃった‥」
ウィルはつぶやいた。
「何を謝っているんだ。あの犬が邪魔して来たんじゃないか」
マイルが優しい口調で叱る。
「着地失敗したの…ぼくだから…」
「あんたどこまで優しいのよ!今日は安静にして明日の朝、医者に診てもらいましょう」
二人に抱えられウィルは立ち上がった。
あのハスキー犬は一体なんだったのだろうか。
5年振りのこの街での初日公演は散々な結果で終わった。明日もフィナーレ公演を予定しているがウィルは出席出来るのだろうか。
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