第2幕 港街の初日公演
港街での4日目。正午過ぎ。
無事午前の客寄せが終了した。
サーカス団のテントの近くで客寄せしていたこともあり、昨日の夕方に比べ、たくさんの観客がウィルの客寄せに感心を示してくれた。
片付けも終わり昼食をとることにした。
教会前の石階段に腰掛けるウィル。
「マリッサもリズも良かったよ。お客さんも喜んでいたからね。明日の公演にはたくさん来てくれると良いね」
ウィルの横で脚を曲げて座り込むマリッサの鼻を撫でながら客寄せの手応えを話す。
リズもウィルの左肩に乗り、ウィルの耳たぶをしっぽで撫でた。嬉しい時のリズの感情表現の一つだ。
「ぁ、ピエロさん」
教会の中から出てきたアリシアがちょこんとウィルの隣に座る。
「さっきのお手玉ビックリしちゃった!ジャグ‥リング?5つもお手玉使っていたのにピエロさん簡単そうにこなしてた。象さんも可愛かった。」
「ありがとうアリシアちゃん。ぁ、そうだアップルパイ食べるかい?今朝ぼくが作ったんだけど」
と肩に掛けていたバスケットの中からカットされ、アルミホイルに包まれたアップルパイをアリシアに手渡たした。
「ぇ!ピエロさんが作ったの?わたしアップルパイ大好き!」
アリシアは飛び上がり喜んだ。
「そっか。良かった」
今朝の買い出しの後。宿屋のキッチンを借り、昼食用にウィルがアップルパイを焼いていたのだ
6カットされたアップルパイのうち4つを双子姉弟に、残りの2つをバスケットに入れ持ってきていた。
アリシアはアルミホイルを開ける。
「ふわー、美味しそう!ありがとうピエロさん」
「お口に合うか分からないけど、どうぞ」
カットされたアップルパイの先をカプッと一口食べる。
「ふわ!すごい!こんなに美味しいアップルパイ初めて!」
アリシアは目を丸くして喜び、2口、3口と食べ進めた。
「そっか、喜んでもらえて良かったよ」
ウィルは安心した表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。
サーカス団の皆には、たどり着いたその街の食材を使ってパイを作ることが多かったが、サーカス団以外の人に自分の手作りのパイを食べてもらうのは初めてだった。
「アリシア。待たせてごめんね。
ヘアカット終わったからお家へ帰りましょう。」
教会の中からヘアカットを終わらせた母親が出てきた。客寄せをする前にヘアカットを施してした老婆の他にも、後から3名ほどのヘアカットに携わっていた。街で人気のヘアカット屋だけのことはある。
アリシアがごくんと最後の一口を飲み込んだ。
「ぁ、お母さん。お疲れさま」
アリシアは母親の左腕に抱き付く。
「ピエロさん。アップパイ美味しかったよ。夜の公演楽しみにしてるからね」
アリシアはウィルに元気に手を振り、教会をあとにした。
「ピエロさんにアップパイ貰ったんだょ!とっても美味しかった」
「そぅ、良かったわね~」
親子の会話が聞こえてきた。
ウィルも自分の分のアップパイを一口噛った。
「そっか。美味しかったか…」
喜びを噛みしめながらゆっくりアップパイを味わった。
視界の端の方に馬車の飼育小屋から人が覗き込んでいる気がした。
「ん?」
ヒュン、とその影が引っ込んだ。
「…気のせいかな」
「くそ、あのヒョロヒョロピエロムカつく!」
夜の公演が始まるのは19時。
それまでもうひと踏ん張りと、ウィルはマリッサとリズを連れ、双子姉弟と合流するために港へ向かった。
「あーウィルー!お疲れ。教会の方は客寄せどうだった?」
シエルが元気な声で手を振りながら駆け寄ってきた。
「あぁ、それなりに手応えはあったと思う」
「港の方も結構賑わったぜ、なーマリッサ」
マイルはマリッサと一緒に居た訳ではないが、マリッサの鼻を撫でながら共感を求めた。
ぷふふーん、とマリッサは鳴いて応えた。
「それにしてもあんたの作るアップルパイは最高ねぇ、2つペロッと食べちゃった」
「中のアーモンドクリームがクセになるんだよな」
シエルとマイルはお昼に食べたアップルパイの感想を聞かせてくれた。
ウィルがパイを作るたび、とても美味しそうに食べては感想をくれるのだ。
「前に作ったアップルパイとちょっと配合を変えてみたんだ。喜んでもらえて良かったよ。
今日は小さなお客さんにも喜んでもらえたし」
「小さな‥お客さん?」
双子姉弟は顔を見合わせた。
「小さな女の子なんだけどさ。ぼくの持ってたアップルパイを1つご馳走したんだ。そしたらすごく美味しいって喜んでくれて…」
「へぇ~」
双子姉弟は同時に相づちをし、ウィルの顔を覗き込んだ。
「な~にニヤニヤしてんのよ」
「ロリコンか」
2人に両肩を叩かれた。
「いた…。そんなんじゃないったら!」
ウィルは顔を真っ赤にして慌てた。
「その話はあとあと。ほら午後のもうひと踏ん張り、やるわよ!」
「本番まであと5時間だ。気を引き締めてな」
「わかってるよ」
チッチ!ぷるる!マリッサとリズもやる気満々のようだ。
ー 一方その頃。
アリシアの自宅にて。
ウィルのことを覗き見していたジニーがアリシアの家を訪れていた。
コンコン、とドアをノックする。
「はーぃ。あらジニー」
アリシアがドアを開け顔を出した。
「夜のサーカス…行くのか?」
うつむいてボソッとつぶやくジニー。
「もちろんよ。今からすごくワクワクしてるもの。ジニーも一緒に観ましょう」
アリシアはにぱぁと明るい笑顔で答えた。
その可愛らしい笑顔でジニーの顔は真っ赤。
「…俺は行かないよ!」
プイッとそっぽを向いて一言。
「あらそう。じゃぁ私準備があるからじゃあね」
と言ってアリシアはドアを閉めようとした。
「…行くなよ…」
「え?」
「行って欲しくない!サーカスに!」
ちょっと強い口調になった。
「どうしてよ?何かあった?」
「何もないけど…なんか…イヤだ」
強い口調になったと思ったら弱々しくなった。
いつもは強引に引っ張ってくれるのに。
??といつもと違う態度に違和感をおぼえるがサーカス公演でピエロさんを観ることで頭がいっぱいのアリシア。
「変なジニー。私はお母さんとサーカスに行くわ。気が向いたら来てね」
バタンとドアを閉めた。
「……くそピエロめ…」
ボソッと一言だけ言ってとぼとぼ歩き始めた。
さあ。この港街にきて4日目。
初日公演が始まる。
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