第1幕 街で出会った少女

朝の日差しが窓から差し込み顔に当たる。

小鳥のさえずりが聞こえ、ウィルは目を覚ました。

この街のきて4日目の朝だ。

イシュメルの港沿いの宿屋の1部屋を借り、ウィルとシエルとマイルはそこに4日寝泊まりをする。

シングルベッドが3台並んだ窓側がウィルのベッドだ。隣には双子姉弟の姉、シエルがむにゃむにゃと何か寝言言い、気持ち良さそうに眠っている。


「シエル、マイル。朝だよ。おはよー」


とウィルはまだ眠っている二人に声をかけ、洗面台へ向かった。

「ちょっと昨日の夜は食べ過ぎたかな…」

洗面台の鏡で自分の顔を見るなりウィルはつぶやいた。

ピエロの赤鼻と白い顔はもちろんメイクなのでシャワーを浴びる時に洗い落とす。

双子姉弟を美男美女とサーカスを見た観客の人々は言うが、メイクを落とせばウィルも負けないぐらいの美青年である。

洗顔と歯磨きを済ませ、まだ目の覚めない双子にウィルは言った。


「ほら、早く起きないと客寄せの時間になっちゃうよー。ぼくはちょっと買い出し行って来るからぁ」

「ぁ…んー」


ムクッと起き上がったマイルが目を擦りながら

ウィルに手を振った。


朝7時。

漁業が盛んな港街ということもあり、この時間から港には果物や鮮魚を売るテントが立ち並ぶ。


2日間客寄せをしているがピエロの格好はしていないため、サーカス団のピエロの人だ。なんて正体がバレることはめったにない…


「ぁ、昨日のピエロさん」


ウィルが果物の屋台でリンゴを手に取った時、隣から声がした。

声のした方を見ると昨日客寄せの時最前列でマジックを観ていたアリシアが立っていた。


「ピエロさんもお買い物?」

とアリシアはウィルの顔を覗き込む。


「アリシアちゃんか。よくわかったね」

「わたしの名前知ってるの?」


ぁ、と一瞬戸惑ってウィルは続けた。


「あぁ、君のお母さんがアリシアって呼ぶの聞いていたからね」

「そっか」


8歳ぐらいだろうか。水色のワンピースを着た金髪を一本の三つ編みにしている少女がアリシアである。

「おじちゃん。バナナ2本とリンゴ1個く~ださい」

「あいよ、1人で偉いねぇ」

アリシアはえへへと笑いながら商品とお金を交換した。


「おーい。早くしろ!置いてくぞー」


遠くの方でアリシアと同い年くらいの男の子がアリシアに向かって叫ぶ。


「はーい。またねピエロさん」


とアリシアはウィルに手を振り、男の子の方へ走っていった。

「ぁ、リンゴ4個ください」

「あいよ」


ウィルは店主に注文し、お金を渡した。


「あんなヒョロヒョロした男と話して大丈夫なのか?おじさんじゃん」

とアリシアの幼なじみのジニーが言った。

「ピエロさんのこと?あの人は良い人よ。

焼きもち?」

「な!ちげーよばか」

(また会えるかなピエロさん…)



買い出しを終えたウィルは宿屋に戻る。

双子姉弟はもうメイクも衣装替えも終わり、一階の食堂で朝食のバターロールを食べていた。

「おかえり」

「ありがとう」

シエルからバターロールが手渡された。

ウィルも寝室に戻りメイクと着替えをする。


朝9時。

4日目初日公演前の客寄せのため各自移動する。


街から少し離れた丘の上に教会がある。

リズワルド楽団が公演をするテントは教会の隣に設営されている。4日目の初日公演と5日目のフィナーレ公演に向けて、来場してくださるお客様を1人でも多く獲得する為に客寄せをするのだ。


設営テントの隣に楽団が移動に使う馬車がある。

先頭には馬が2頭。この馬車を操縦する大柄な体格の"リーガル"が馬の世話をしていた。

2両編成の馬車で1両目は団員が乗る客車、2両目は道具庫兼飼育小屋。

ウィルは2両目の飼育小屋のカーテンを開けた。


「おはよー、マリッサ。今日は客寄せ一緒に頑張ろう」

プルルと鼻を鳴らし近づくのは雌象の"マリッサ"。

ウィルの相棒だ。

マリッサの背中に乗ってジャグリングや火吹きをするのがウィルの見せ場。

楽団にはなくてはならない存在だ。


「さぁ、今朝買ってきたリンゴだょ。お食べ」


ウィルはマリッサにリンゴを1個差し出した。

ぷふーんと鼻を鳴らしすマリッサ。


「ぇ?バナナが良かった?ごめんよリンゴしか買ってないや…」


ウィルは子供の頃から動物の言葉が分かるのだ。

すると小屋の隅っこから小動物がウィルの肩に飛び乗った。


「ぁ、リズもおはよう」


シマリスの"リズ"。公演中はウィルの帽子の中に居て、紙吹雪やシャボン玉を出す芸達者なリスだ。

ウィルは衣装の胸ポケットから胡桃を取り出しリズに与えた。


「緊張するって?まぁリズがこの街に来るの初めてだもんね。大丈夫ぼくが付いてるから…」


するとカーテンが突如開いた。


「おい、ウイルス!お前また前回公演した街みたいな散々な売り上げだったらクビだから!この街に置いていくからな!いいか」

ピシャッとカーテンを閉め去って行ったネルソン。

何故かウィルにだけ当たりが強いネルソン。


「大丈夫。これぐらいじゃ挫けないさ。

よし!客寄せ頑張ろ二人とも」


チッチッ、ぷるると2匹も鳴いた。


ウィルはマリッサを連れ小屋を出る。

教会の前で客寄せをすることにした。

教会の入り口付近のベンチで1人の女性が老婆にヘアカットを施しているのが見えた。


「あ、ピエロさん」


アリシアが教会の中から飛び出してきた。

今朝会った時と同じ水色のワンピース姿だ。

「あ、アリシアちゃんか。どうしてこんな所に居るの?」

「うちのお母さんのヘアカットの付き添いで来ているの。今お母さんはあそこでおばあさんのヘアカットをしているわ」


とアリシアはヘアカットをしている女性を指差した。

よく見ると昨日の客寄せの時、アリシアと一緒に来ていた女性だった。

アリシアの母親はイシュメルの街で唯一のヘアカット屋を営む、街では知らない人は居ない有名人である。

「教会の隣にサーカスのテントがあるって昨日ジニーが言ってたから。もしかしたらピエロさんに会えるかと思ってお母さんに付いてきたの」


「ぇ?ぼくのこと探していたの?」

「うん。これを渡したくてね」


とアリシアは両手を突き出し、手を開いた。


「あ、これぼくのお手玉!失くしたと思って探していたんだ。どうして君が持っているの?」

アリシアの手には継ぎ接ぎだらけで茶色くくすんだお手玉が1つ握られていた。


「5年前からずっと大事に持っていたの。その時のことはあまり覚えていないけど、ピエロさんの顔だけは忘れなかったわ」


たしかにこのお手玉を失くしたのは5年前ぐらいだった。まさかこの街でアリシアが持っていたなんて思わなかった。


「ありがとう持っていてくれて。良かった…ごめんよ兄さん」


ウィルがボソッとつぶやいた。

「おにい‥さん?」


アリシアがウィルの顔を覗き込む。

ふとウィルが我に返る。


「あぁ、大丈夫だよ。ありがとうアリシアちゃん。おかげで元気が出たよ。」


アリシアがにぱぁと明るい笑顔を見せた。


「これからここで客寄せをしようと思っているんだけど、良かったら観て行ってね」

「わかったわ。ありがとうピエロさん」

と微笑んでヘアカットをしている母親の元へ帰っていった。


ウィルはマリッサの鼻を撫で、しよ!と気合いを入れた。

4日目、午前の客寄せが始まる。

















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