第十九話「市役所」



「凍り付け、フリーズっ」


 司の言葉と共に現れた氷の霧が地面を這い、対峙する五体の一角ウサギアルミラージに接触すると同時に次々に氷像へと変えていく。


「木行一式 風爆符」


 次いで爆符――爆発を宿した霊符を風の陰陽術で飛ばし、モンスターたちに衝突させる。

 木は火を生ず。木行の風により威力を増した炎が炸裂する。煙が晴れた後に現れるは黒焦げのウサギたち。体表には核の位置を示す式神が張り付いている。


「鋼鉄の槍よ、フェルムアロー」


 鉄で出来た矢が五つウサギたちに飛来し、式神諸共貫通させる。消失する体。

 ひとまずの戦闘は終了だ。

 未だ五行の術の同時発動はできていないけれど、司の術の幅は増え、僕も五行の術の一部を使えるようになった。

 さてもう一つの方は、と視線を横に移す。


「……オレらの加勢は必要なさそうだな」


「うん、危なげない戦いぶりだ」


 別のモンスター集団と戦っている男三人衆は、役割に分かれて見事に相手をさばいていた。盾役の久留島さんが敵をひきつけ、攻撃役の山里さんが『槍使い』のスキルとスコップ(槍?)で倒し、後衛の霧島さんが指示しながら適宜『指揮者』のスキルで前衛二人の能力を上げる。各々が迷いなく精錬された動きだ。互いの信頼や努力が伝わってくる。

 さすがここまで生き延びてきただけはある。接近前に倒してきた僕らにはあんな風に出来る気がしない。

(因みに女性連中はムラサキの傍で恐る恐る戦闘を見守っている)


「よし、こっちも片付いたな。お疲れさん」


 最後の敵を倒し、言葉を交わしながらこちらに帰ってくる山里さんたち。六体のアルミラージの相手を終えても彼らに傷はない。


「お疲れ様です。何度見てもすごい連携ですね。

 何かコツとかあるんですか?」


「うーん、癖みたいなもんかな。

 大人になると仲良くするというより、そうせざるをえないから」


「そ、そうなんですか」


 含みのある表情で語る山里さんに相槌を打つしかできない。

 ……しゃ、社会人になると色々とあるんだなあ。


 霧島さんがこほんと咳をして話題を変える。


「それにしても随分とモンスターが増えてきたね。

 なかなか市役所に近づけない」


「あと少しなんですけどね」


「だからこそ気を引き締めていこう。

 怪我でもしたら困るのは私たちだ」


「そう、ですね。気を付けないと」


 あんなことはもう二度とあってはならない、と二人で頷きあう。

 時刻は3時ごろ、市役所までの距離は600mを切った。僕らの旅もそろそろ終焉を迎えるのだ。


『ーーら、――』


「? 何か言ってるね。みんな静かに」


 かすかに聞こえてくる誰かの声。

 霧島さんの指示のもと、僕らは口を閉ざす。すぐに放送が始まった。


『こちらは、ぼうさい名古屋です。

 現在、名古屋市全域に敵対行動をとる生物の存在が多数確認されています。奴らは強靭な肉体を持ち、退けるのは困難です。一方探索能力は低く、視界に入らなければ襲ってきません。各自、十分に警戒して避難行動をとってください。

 私たちにはみなさんの命を守る準備があります。どうか希望を捨てないでください。

 繰り返します――』


 それから避難経路等を伝えて、英語なんかでも復唱されていく放送。

 多分、防災無線というやつだろう。

 途中噛んだりと不完全な部分もあったものの、確かにそこには人の息遣いが感じられた。


「どうやら市役所は本当に生きているみたいだね、よかった。

 ……いや、篤史君が嘘をついていると思ったわけではなくてーー」


「大丈夫ですよ、気にしてませんから」


 珍しく慌てる霧島さんに笑いかける。

 式紙で確認した僕と違って、彼らは今まで市役所の状況を知るすべはなかったのだ。こうしてその証拠を見せられて、改めて安心できたんだろう。

 それからの最終盤、霧島さんでさえ浮足立つことを隠せないでいた。






「みなさん今までよくご無事でしたねっ。

 最近ではもう逃げてこられる方も少なくて、我々以外全滅したのかと思っていましたよ」


 笑えない冗談を上機嫌に飛ばす見張り役の男性(伊藤臣司というらしい)。

 僕らは市役所にたどり着き、彼にその敷地内、バリケードの中を案内してもらっていた。


 視界に広がるのはぽつりぽつりと建てられたテントに、人の気配のする建物群、そして遊び回る子供たちと穏やかに語り合う老人たち。彼らはムラサキの姿を見てなお、恐れる様子はない。伊藤さん曰くテイムモンスター用の収容場所もあるみたいだし、それだけでも整備された環境であることがわかる。


「今まではモンスターに脅かされていたかもしれませんが、もう大丈夫ですよ。

 奴ら視界以外で僕らを捉える手段を持たないようで、あの壁が作られてから侵入されたことはありません。安心してください」


「手段を持たない、ですか? いや、そんなことないと思います。

 実際、僕らは視覚外から察知されたこともありましたよ?」


「おかしいですね……実は見えていたとかは本当にありませんか?

 奴らは体の一部を見ただけで人を認識できるようです」


「どうだったかな。その可能性もありそう?」


「あー、言われてみれば外から見えてたかも?」


 予想外なことを言われ、司に聞いてみるも曖昧な言葉しか返ってこない。

 駐車場でのオークの行動から、てっきり二種類いると思っていたけれど、確かに街にいたモンスターのほぼ全ては視界に映らない限りは襲ってこなかった。例外と思っていたやつらも、絶対に見つかっていなかったかと問われれば100パーセント否定することはできない。

 ここのバリケードも強度よりも高さを重視した感じだったし、彼らには今まで守ってきた実績があるのだ。僕の勘違いだったのかもしれない。

 ただ……何か忘れている気がするは気のせいだろうか?


「ともかく情報ありがとうございます。一応門叶市長に伝えておきますね。

 生活の諸々については受付で聞いてみてください」


 僕は自分の持ち場に戻ります、と戻っていく伊藤さん。

 途中僕らの雰囲気を感じたのか、彼は振り返って笑いかけてきた。


「大丈夫ですよ。僕のこれがで漫画よろしくそんなモンスターがいるんだったら、みんな仲よくお陀仏ですから」


 ……大丈夫じゃないんだよなあ。






「オレらには戦う義務もないし、なんなら授業まで用意されてる。

 ……なんか拍子抜けだな」


 段ボールに仕切られた、四畳ほどのスペースで司がこぼす。

 僕も同意見だ。

 あれから市の職員から説明を受けて、大体のことを知ることができた。


 市役所と隣接する県庁を中心に形成された0.1㎢ほどの生存圏。そこでは現在324人の職員と避難者1103人が生活している。学園と比べると随分と多い印象だけど、変異前の名古屋市人口約230万と周囲に他の稼働してる避難所が幾つもないことを考えると、それはあまりに少ない数だ。


 生活面については水や電気はある程度が確保できているそうだ。近くの名古屋城の堀から水を引いていたり、簡易発電機が機能しているとのこと。

 また一日三食の配給もあり、食料事情も悪くないみたいだ。それは僕らの持ち込んだ物資が回収されなかったことからもわかる。場合によってはここを離れるから、ありがたい。

 多くの避難民は、会議室等を転用して作られた世帯別のスペースで暮らしているらしい。僕らもその一角に案内されたところだった。『名古屋市外』と書かれた部屋には僕ら以外には数えるほどしか避難者がいなかった。……つまりここまで逃げてこられた市外の人間がそれほどまでにいないのだ。(残念ながらその中に咲の友達の姿はない)


 他には生活をする上での注意を受けたり学園の情報を話したりした。その中で最も驚いたのは、未成年には諸々の義務が生じなかったことだ。治療系の能力を持つ人は協力を仰がれたけれど、それも任意。

 職員やほかの大人たちによって安全が確保されているのだ。

 なにより自身の『職業』を書く欄すら記入は自由だった。当然能力の検証なんてあるはずもない。学生には授業なるものがあるらしいし、学園や外の世界を体験してきた僕らにとっては肩透かしを食らった気分。

 

 まるでかつての日常に戻ってしまったように感じられた。


「じゃあオレは、家族について聞いてくるよ」


 荷ほどき(とはいっても食料等は倉庫に結界を張って置いてきたので衣服や娯楽品くらいしかない)を終えてから、司はそうして立ち上がる。

 家族のことを聞いたら情報があると言われたとのことで、呼び出されているのだ。それに司は一人で赴こうとしていた。


「本当について行く必要はないんだよね?」


「ああ。これはオレの問題だ、自分でけりをつけたいんだよ。

 ……そんな顔するなよ。大丈夫だって、どんな結果であろうと覚悟はとっくにできてるさ」


 じゃ、とひらひらと手を振って去っていく司。

 抱いた不安が表に出ていたのだろう。ただ心配だけはさせてほしい。いくら腹を決めたつもりでも、実際に体験してみると大きく心を動かされる。僕はそれを身をもって知っていたから。


 それにしても、不思議なところで一人になりたがるものだ。

 こうして二人で同じスペースを使っているのも司の強い希望によるものだし、今までも寝食に限らず多くの時間を共にしてきたのに。


 ……まあ、狼狽した姿を他人に見せたくないという気持ちもわかる。

 最悪な展開が訪れるとしたら、その時のフォローは未来の僕に任せるとしよう。


「あれ、司さんはいないんスか?」


 暫くすると咲とクゥ、陽菜ちゃんの三人がやってきた。

 陽菜ちゃんと咲がクゥから離れようとしなかったゆえ、彼女たちは子供用の区画に割り当てられたはずだ。


「司は本来の目的を果たしに向かったよ。

 咲たちはどうしたの?」


「あのねっ見てほしいのっ」


 小さな少女が宝物を贈るかのように差し出したのは、赤い折り紙だった。

 幾多にも折られ、何かを模した造形をしたそれ。不格好な部分はあれど、彼女が何を作ろうとしたかは十分理解できた。


「おー、これはクマさんかな?」


「なのっ、がんばっておったの」


「すごく上手だよ。陽菜ちゃんは手先が器用なんだね」


「ふふん、たまるのおりがみ王とはわたしのことなの」


 誇らしげに胸をはる陽菜ちゃん。

『折り紙王』とはなかなか大層なあだ名をつけられたものだ。


「……篤史に見せると言って聞かなくての。すまぬが少し付き合ってくれ。今は少しでも賑やかな方がよいであろうからな」


 クゥが耳元で囁いてくる。

 確かに彼女の母親がなくなってまだ幾ばくも経ってない。下手な喪失感に苛まれないように楽しい時間を演出するのが良いのかも。

 今日の分の授業はもうないとのことで、あとは寝るだけだったのも都合がいい。

 であるならばーー


「他にはどんなものが折れるの? 僕に見せてほしいな、小さな王様さん」


「じゃあ一緒に来てなの。てーばんのつるに――」


 上機嫌な陽菜ちゃんに手を引かれ、子供用の娯楽スペースへと移動していく。

 うん、うまいこと誘導できた。

 今ここには、多くのものを無くし命からがら逃げこんできた人たちがいる。そうした極限状態の人にとって、子供の嬌声は必ずしも微笑ましいものではない。きっと耳障りに感じる人もいることだろう。それを避ける意味でも子供用のスペースが設置されているのだろうし、気をまわした方がいいはずだ、多分。


 一階下の、子供たちが寝泊まりする区画とそれに隣接する子供用娯楽スペース。

 前者は僕らと同じようにボードで、後者は小さな机やソファーが集められて作られていた。積み木等で遊ぶ子供たちやそれを見守る職員の姿もある。


 その一角に置かれた市販の折り紙を陽菜ちゃん主導で折っていく。

 とはいっても鶴の折り方くらいしか覚えていない上に、折り方用の本は用意されていなかった。表紙の裏に書かれた図説通りキリンを粛々と作ることしかできない。横を見れば咲も死んだ瞳で同胞を折っていた。まあ、そうなるよね。


 対して陽菜ちゃんは迷いなく手を動かして、形作っていく。

 ……その奥で目に見えないほどの速さで何か折っているクゥは、見ないふりをしておこう。


「陽菜ちゃんはすごいんスよ。

 さっきの熊もぱぱっと作っちゃったスもんね」


「ぜんしゅうちゅう、おりがみのこきゅう、いちのかた、はやおりなの」


「!?」


 唐突にどこかで聞いた言い回しが出てきて、一瞬思考が止まる。

 さ、最近の幼稚園児はそんなことまで知ってるのか。ブームは終焉に向かっているとはいえ、さすがは国民的とまで謳われた漫画だ。


 あっけにとられた僕らに気付くことなく、陽菜ちゃんは現在の作品(多分、ティラノサウルス?)を完成させる。

 その瞬間、今まで楽しそうに彼女はふっと視線を落とした。


「これはきょうりゅうさん。

 ママと、さいしょにつくったやつなの」


 湿った声音で、亡き母親との思い出を語る少女。次第にその瞳がうるんでいく。

 こんなところに地雷があるとはっ。

 予定を繰り上げるか? ええい、ままよ。


「そ、それじゃあ僕が魔法を見せてあげるよ。見ていてね」


「??」


 彼女が折った恐竜に触れ、形代と同じ要領で霊気を注ぐ。うん何とかなりそうだ。

 

 横たわっていた恐竜が、のそりと立ち上がった。


「わ、うごいたのっ。おにいちゃんのしわざなの!?」


「そうだよ、僕は魔法使いだからね。

 ほら恐竜さんがこんにちわだって」


「おー」


 きらきらと目を輝かせて折り紙を見つめる陽菜ちゃん。恐竜に礼をさせると彼女も律儀に頭を下げてみせた。かわいい。

 

 あとは、とこちらを窺っていた女性の職員さんに目を向ける。

 スキルの使用は特に禁止されていないとはいえ、推奨されるものではないだろう。

 

 はたして彼女はにっこりと笑って見せた。

 一応許されたらしい。その信頼を裏切らないようにしないと。


「なにそれっ、どうやってるの?」


 不意に投げかけられる少年の声。気が付けば、隅で戦いごっこに興じていた少年がこちらを不思議そうに眺めていた。両手に戦隊もののフィギュアを持っている。

 何のトリックもなく動いているように見えるのだ、不思議に思って無理もない。


「超能力、サイコキネシスパワーみたいなもんかな。

 ちょっと貸してみて。


 ……俺の名前はなんちゃらレッド!

 街の平和を脅かす怪人サキめ、今度こそ許さないぞっ」


「うえ、私っスか!? 

 ……ふへへっ、せっかくかわいいショタと幼女と戯れていたところを邪魔しやがって」


「おおっ、すごいっ」


 少年が持っていた赤い人を霊気で浮かして名乗りを上げると、咲もノってきてくれた。雑なフリに対応してくれてありがたい。……そのセリフはどうかと思うけど。


 それから始まったのは、模型と人が織りなす一風変わった演舞。

 フィギュアが宙を舞い、怪人を模した咲が空振りを繰り返す。ワイヤーアクション的な感じなので、わりと見ごたえがある。いつの間にか周囲の子供たちもそれに見入って歓声を上げていた。

 因みにフィギュアの周囲に緩衝用の霊気を張っているので、例えぶつかっても両方に影響はない。安全設計の真剣勝負だ。


「やるなレッド。我の攻撃をここまで凌ぐとは。

 そうだ、お前も怪人にならないか? そうすれば己の欲望のままに自由に生きれるぞ」


「ふざけるなっ。お前ら怪人の身勝手な振る舞いで、どれだけの人間が困ったか!」


 よく分からない展開になりながらも戦闘は進んでいく。

 咲と少年たちのノリが良いからか、やってみると意外と楽しめた。


「わあ、お姉ちゃん、すごいっ」


 そんな折、突如少女の声が背後より上がる。

 彼女の視線の先にあったのは、鶴の集合体だった。

 一見何かのタワーに見えるそれ。しかし、細部を見るとすべてがで構成されている。四つの鶴が片方の羽を合わせるようにして土台の四角錘を作り、その上に一匹の鶴がちょこんと乗っているようだ。

 いや、本気で意味が分からない。接着剤も使っていなかったはずだ。


「これは蓬莱ほうらい。わらわが最も得意な作品じゃ」


「おおー。かっけー」


 男女関係なく、波が引くようにクゥのもとへと去っていく子供たち。

 残されたのは興奮の矛先を失った僕ら二人だけ。

 さもありなん。人間の僕らではあんなとんでも存在に勝てるはずもない。気恥ずかしくなって、どちらからともなくこほんと咳ばらいをした。


「篤史さんは妹か弟でもいるんスか?」


「一人っ子だよ。急にどうしたの?」


「なんだか子供の相手に慣れてる気がしたので。私の勘違いっスかね?」


「あー、昔預けられた家で子守してたからね。それの影響かも」


「……言い方的に色々な家を渡り歩いていた感じスか?」

 

 一瞬の躊躇の後、咲は恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 この話をすると相手は大体何かを察して口をつぐむので、掘り下げてくるのはなんだか新鮮な気分だ。


「その通りだよ。

 まあ、そのおかげで色々な人と出会えたし、思い返すと良い経験になったかな」


「さ、さすがは不幸自慢大会二代目チャンピオン。

 よくそれでまともに育ったスね。私だったら盗んだバイクで走り出してるっスよ」


「おー、今日日なかなか聞かないフリーズだね。

 咲の場合そこまでいかなくても、預けられるたびに一波乱起こしてそう」


「失礼なっ、私にだって遠慮することくらいあるんスよ」


「……もし、家に帰って知らない女と養父がくんずほぐれつしてたら?」


「そりゃあ突撃して、その女誰っスかて聞くっスよ」


「うわあ」


 咲がリビングの扉を勢いよく開け現場に突入する光景を思い浮かべて、思わず変な子をこぼしてしまう。

 はたしてその先にどんな修羅場が待っているのか、考えたくもない。


「というか、そんなこと聞くってことは……見たんスか?」


「ノーコメントで」


 僕の返事に、今度は咲がドン引きという顔を見せた。

 僕もあんな光景見たくなかったよ。急いで出て行って時間を空けて帰ったら、普通の父親をしていた彼を、どんな顔で見ればいいかわからなかったよ。それまではわりと良い家庭だったのになあ。養母がかわいそうだと思ったら彼女の方もーーええい、やめよう。そう何度も考えるものではない。再び記憶の底にポイ、だ。


 ……思えばこんな風に自分の過去を話すのは初めてだ。

 これも咲らしさ、なのかな。


「ともかく子供に人気なのはクゥの方みたいだよ。

 ほら今もみんなに折り方を教えてる」


「あー、あれはトラップっスよ。私も騙されたっス」


「え?」


 子供たちの先生役をしながら、わいわいと折っていくクゥ。

 それを咲は死んだ瞳で見つめていた。何事?


「あの怪生物――蓬莱は『秘伝千羽鶴折方』に載ってる連鶴の一種で、作るのが異常に難しいことで有名なんスよ。

 手順数はどれくらいだと思います? 因みに普通の鶴の手順がだいたい15っス」


「うーん、単純に考えれば60だから、65くらい?」


「残念、正解は約80っス。しかも完成には定規が必要なほど細かい操作が必須というおまけつき」


「まじか」


 咲にそう言われ、いま一度蓬莱に目を向ける。

 鶴が重なってできたそれ。何度見ても、やはり凄い。

 一部を切った一枚の紙で組み立てるみたいだし、確かにこれは大変そうだ。


「だ、だったら、ほかの折り方でもーー」


「クゥは蓬莱以外の折り方は暗記していないっス。

 そりゃあ、複雑な手順を何種類も覚えられるわけないっスよね」


「……じゃあ彼らは」


「ええ、全員大人が逃げ出すクソ難易度で挑戦中っス。

 しかもああなるとクゥはしつこいっスからね。逃げ出すまで何度もやらされるっス」


 まあ、それがクゥの可愛いところっスけど、何て惚気る咲。

 ……なるほど日常アニメの皮をかぶった鬱アニメみたいなものか(違う)。あれはトラウマもんだからなあ。

 今も早々に細かい作業に飽きた少年が、ぽいっと折りかけの紙を放り投げた。


「つまんない、こんなのっやってられないよっ」


「ちょ、待つのじゃ。これから面白くーー」


 クゥの制止を張り切ってこちらにやってくる少年。純粋な瞳が咲を捉える。


「サキエモンは、なんかかっこいいのつくれないの?」


「し、仕方ないっスね。クラッシャーと呼ばれた私の本気、見るがいいっス!」


 なかなかに失礼な質問に、咲は眉をびくりと動かして即座になにかを折っていく。

 さあクゥの指導を受けた咲の実力は如何に?


「で、できたっス。これはーー」


「こ、これは!?」


 彼女の手前に鎮座する、栗っぽい形状に幾つか毛が飛び出してるようなそれはーー。


「……なにこれ?」


「い、いやこれはあれっスよ。う、ウニっスよ。

 ほら見えるっスよね? ね?」


 必死にウニのような何かを認めてもらおうとする咲。

 ……なんか『オレが考えた最強の折り紙』を作ろうとして失敗したのを思い出すなあ。


「おねえちゃんつまんなーい」


「私のあしもとにもおよばない、の」


 子供たちの総スカンに咲は違うんスよ、とウニもどきを隠すようにして突っ伏した。

 涙目だったし、わりとダメージ食らっているんじゃなかろうか。脚光を浴びたくて無理をしたんだろう、きっと。


「ならっ、わらわと一緒にーー」


「ねえ、おにいちゃん、ほかにはなんかできないの?」


 咲とクゥに見切りをつけたのか、僕に純粋な疑問をぶつけてくる少年たち。

 他に、か。

 五行の術も霊符も戦闘目的に試行錯誤してきたから、娯楽用に使えるものは少ない。風で飛ばすのも結界で空中散歩するも危ないし、何かあったかなあ……?


「それじゃあ、みんなで楽しめることをしましょうか。

 『消しゴム落とし』って知ってる?」


「? 何スか、それ?」


「あー、そんな遊び聞いたことがあるような」


「……分かってたけど悲しいものね、世代間ギャップって。

 いい? 消しゴム落としっていうのはーー」


 そんな感じで、見守っていた女性職員さん(高屋敷 玲子さん 26歳らしい)も加わって『消しゴム落とし』なるゲームを興じ始める僕ら。

 おはじきの消しゴム版的な感じで、自分の消しゴムで相手のものを落としたら勝利の遊び。回転させて飛ばしたり、障害物をよける必要があったり、と意外と奥が深い。子供たちのオーバーリアクションも相まって、僕らもわりと盛り上がってしまった。


 チリチリと燻る焦燥から、目をそらすように。



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