第十六話「考察」
一面に展示された様々なデザインのベッド。店の探索を終えた僕らはその二つに対面で座って、ため息をついた。
最後の頼みだったホームセンターでも生存者は見つけられず。昨日と今日半日の捜索虚しく、予定していた場所すべてで空振りに終わってしまった。
「私、すっごく幸運だったんスね。
クゥと備蓄のおかげで命を脅かされることもなくて、最終的には篤史さんたちに拾ってもらえた」
「そうじゃの。
わらわの能力がその場その場の最適解を取り続けていたのかもしれん」
重々しい口調で話す二人に心の中で同意する。
絶望的なまでの生存率の低さの原因は、『職業』を一つしか持てないことが大きい。
水道・ガス・電気・通信等のライフラインが根本から崩壊したために、ほぼすべての人はモンスターの跋扈する外に出る必要に駆られた。
ただ人外の化け物に対抗しうる機器ー-車や銃は使えない。それらに詳しくない大多数にとって戦闘ないしは修理、探索系の『職業』の力が必要不可欠。
しかしその割合は半分もなく、運良くもらえたとしても気付かなければ能力を発揮できない。加えてたとえ超常の力を活用できたとしても、それに準じるスキルしか使えないのだ。一人で生き抜くには非常に困難だ。
有効手段としては複数人で行動すること。でもそうなると今度は人間関係の問題も出てくる。
こんな極限状態の中ただの運(に見える形)で優劣が決まって、もめごとが起きないはずがない。人員の選り好みもしていられないし、集団をまとめ上げるのは非常に困難だ。
実際、現場に残されたいくつかの日記にはそうした亀裂から内部崩壊した旨も書かれていた。僕らの学園もそれに近しかったし。
思えば男の『職業』は異常だった。一人ですべての役割を担えるのだ。
増長してしまうのもわからなくはない。
そんな思いにふけっていると、咲が恐る恐るといった感じで口を開いた。
「もし、もしっスよ。
名古屋市が壊滅していたら……お二人はどうするっスか?」
「それ、は……」
司が言葉を詰まらせて、僕の方を見る。
その話題は、今まで無意識に避けてきたものだ。
事前に話したとして何かが好転するわけでもないし、何より口にしてしまえばそれが現実になってしまう気がして。
ただこの悲惨な状況を考えると、最悪を想定しておいた方が良いかもしれない。
それに咲のこともある。咲は今回で僕らについて行くしか道はなくなったのだ。どんな方針をとるのか知りたいと思うのはごく自然だ。
ここらへんですり合わせておくのがベスト、かな。
どうとでもないという感じで、司に笑いかける。
「そうなったら……どうしようか、司? 一つだけ候補地はあるよね」
「だな。あそこ実際どうなんだろう?
近くに耕せそうな場所もなかったし、手持ちの食料が切れたら大変そうだぜ」
二人でうんうん唸っていると、うずうずしてる咲の姿が横目で見えた。
……話に混ざりたいらしい。
「ここから少し離れた場所に温泉が湧いてる旅館があるんだよ。
そこの湯がなかなか良くて、また来たいねって話をしてたんだ」
「おー、温泉っスか! それは確かに魅力的っス! ただ食料の問題がある、と」
「そう。んで自供自足するってなると水源の確保も考えて、もっと田舎の方に住んだ方が良いじゃないかって感じだな」
「なるほど……条件が整った場所を見つけるのはなかなか難しいっスね。
あとは孤島に逃げるとかもパニックモノだとあるあるっスか」
「わかってるじゃないか。けど今回はモンスターだからな。
水棲のやつがいるのか、ゴブリンとかが泳げるのか、分からないことだらけだ。
ってかそもそも自衛隊とか国は何してるんだろうな? まさか全滅しちまった、なんてことはないよな?」
「あ、少なくとも後者二つはわかるかも。
四方に飛ばした式神がそろそろ海外線やら浜松基地の上空に到着するんだ」
「ふーむ。あとは奴らがどこから来たのかなんかも気になるっス。
確か名古屋市方面からこっちに向かってくるんスね?」
「例外を除けば、ね。
上空からみた限り付近15km程度に特殊な光景はないし、まだ出現地点とかはわからないかな」
「モンスターの出現地点……次元の裂け目とかっスかね?」
「
なんだか通じ合ったものがあるようで、楽しそうに持論を展開し始める司と咲。別世界と衝突した説、神の遊戯説えとせとら。中にはここが仮想現実なんて話もあった。
ファンタジー系はあまり読まないけど、色々あるんだなあ。
話が切れたあたりで話を展開させる。
「とにかく、状況次第で色々と変わってくるかな。
そもそも僕らは司の家族の生存に重きを置いてないからね、名古屋方面に行くにはそういう情報集的な意味合いが大きい」
「そう、なんスか?」
「ああ。オレも色々あって家族に良い感情を持ってなくてな。一応確認だけはしておこう、てそんな感じだ。
だからまあどこかの避難場所が機能していたとしても、彼らが生きていたりしたら抜ける可能性もある」
「……気持ちはわかるっスよ。私も正直あいつらのことはどうでもいいっスからね」
咲は吐き捨てるようにそう呟く。
言葉通り今まで家族の心配をしてこなかった彼女。あんな屋敷に一人で暮らしていたというし、相当な鬱憤があったのだろう。
……こう見ると家族に苦労させられた三人が集まったんだなあ。
「あの黑い柱があった場所とかも気になるしね。
それこそ真相に近づけるかもしれない」
「ふっふ、やっぱり宇宙人の侵略説が有力っスよ。
モンスターは遺伝子操作で作られた生物兵器で、柱はそいつらが地上にワープした光なんス」
自信満々にSFパニック映画みたいな設定を語る咲。
ただ、それを100%否定できないのも事実だった。
瘴気と近しいから勝手にそう呼んでるけど、本来の性質とは異なる部分も多い。陰陽師関連とは全く異なる法則に則っていてもおかしくないのだ。
「でも咲の言うようにこの状況を引き起こした敵がいるとして、一切その姿が見えなのはどうしてなんだろうな?」
「それはやっぱり何か大きな理由があるんスよ。
地球上で活動するには体が合ってないとか、そもそも地球を居住可能な状態にすることこそが目的とか」
「……これ以上があるっていうなら、本当に地獄だな」
司がこぼした言葉に僕らは無言でうなづく。
今でさえ絶望的な状況なのだ。これ以上なんて考えたくもない。
……どこかのアメリカ映画みたいに一発逆転の手が見つからないかな。
「最悪うちの屋敷にこもればいいのじゃ。
わらわの能力で外の脅威は防いでみせるし、近くに川も流れておる。なにより田や畑に使われた土地もある、今は使われいないがの」
「あー何かそんな話を聞いたことあるような、ないような……いやっ仕方ないじゃないっスか、農業してたのは江戸時代とかそんなときの話っすよ!?」
少しだけ顔をほころばせてそういうクゥとあわあわと言い訳をはじめる咲。全盛期はすごかったみたいだし、それ以前の記録が廃れていても仕方ないことかもしれない。
それにクゥの提案はありがたい話だった。クゥが本領発起できることを考えればどんな事態になっても乗り越えられるだろう、多分。
でもーー
「そうすると僕らと一緒に行動することになるよね。
約束したから僕はいいけど、咲たちはそれでもいいの?」
そう聞くと、しんとその場が静まり返った。
司も咲もクゥまでもが『お前まじか』と言わんばかりに呆れた顔を向けてくる。
え、何かおかしなこと言った? それとも咲とクゥ二人でってことだった?
しばしの後、どこからともなくため息が零れる。
咲がおもむろに立ち上がって司の肩をポンとたたいた。
「これは苦労しそうっスね。心中お察しするっス」
「ほんとにな。無意識のこれのせいでわりと面倒くさいことになったりしたんだぜ?」
「あー、その光景が目に浮かぶっス。……ほんと」
なぜだか急に分かりあったような雰囲気を出す二人。
確かに仲良くなることを望んでいたけれどその流れが全然理解できない。
「え、ちょっと一体何事? 僕にもわかるように説明してよ」
「篤史、お主は一度おなごに刺された方が良いのかもしれんな。
そうでもしないとその性格は治らんじゃろう」
? 僕はどうして急に罵倒されてるんだ?
周りを見渡しても擁護してくれる様子はない。四面楚歌だ。やばい本気で分からない。
「でもそうするとムラサキさんがどこにいるか問題っスね。
彼が動けるスペースはないっスよ」
「だったらオレがどうにかしようか? 家の一部を壊していいなら、だけど」
「ふーむ」
さっきのことを無視して会話を始める三人。
蒸し返そうとも思ったけど、四人(+一体)で過ごす前提の話だったし普通に混ざることにする。きっと触れない方がいいんだと思う。
それから部屋の位置取りなんかをやいのやいの言いながら決めていく。
なんだか修学旅行のようで柄にもなくはしゃいでしまった。いやきっとほかの人もだ。その証拠にみんな表情が軽い。
落ち込んでいたところで現実は変わらない。変えられるのは気の持ちようだけ。
どんな悲惨な状況でも楽しく生きた方が良いに決まっている。
ただ同時に、心のうちからふつふつと湧き上がってくるものがあった。
ひりつくような、何かをせかすような暗澹とした感情。
これは焦燥感だ。世界が戻ったら彼を探すことを決めていながら、積極的にそれを成そうとしていないから。学校に残した彼らのことも同じだ。
ただ安全地帯にこもって誰かが世界を救ってくれることを祈る未来を夢に描いている。
いや、それは当たり前のことだ。
なにせ彼らには自分の父親が元凶かもしれない、とは告げてないのだから。
現状に全く心当たりがないなのだ。どうにかしようなんて発想が出てくるはずもない。
話せない理由は……なんだろうか。
本当なら彼らに打ち明けるべきだと思う。さっきも好き勝手にこの状況を考察しあっていたのだ。その時にさりげなく言えるタイミングがあったはず。
けれどその言葉が僕の口から出てくることはなかった。まるで反応で何かを恐れているかのように体が言うこと聞かなくて……こんなこと、初めてだ。
僕は何かを見落としてるのか?
「……」
不意に感じる視線。見ればクゥがじっと僕を見つめていた。
まあ今はそんな暗いことは置いておこう。この空気を壊したくはない。
僕は無理やり切り替えて、司たちの話に合流した。
その日の夕方。店の中で寝袋等の用品をそろえ終えた僕らは、再びベッドに集まっていた。理由はクゥが言っていたその時が来たから。
咲が期待と不安をごちゃまぜにした表情で聞いてくる。
「どうっスか? 名古屋の方は? 生きてる人は見えるっスか?」
「え、と、ちょっと待ってね。今術を発動させるから」
目をつむり、遠く離れた式神から送られてくる情報に集中する。
瞼の下に浮かび上がる光景。
夜に沈む、廃墟と化した建物群。荒廃した街並みがしばらく続く。
今回も駄目かと思ったその時、人工物の光が視界に映る。中央に鎮座する名古屋城とそれを囲む森。そして傍にぽつりと佇む建物は――。
「名古屋市役所だっ。そこに光が付いてるっ」
「おーっ、マジっスか!」
「っしゃあ!」
その言葉に歓声を上げる面々。
勘違いがあってはいけないと光が漏れている窓に目を凝らし、中で動く影を捉えた。
「うん、人影も見えたし。大丈夫そうかな。
……よかった」
「だな。ちゃんとオレたち以外にも生き残ってるやつらがいたってことだ」
司たちとうなづきあう。
……少しだけ、希望を持ってみてもいいかもしれない。
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