第十三話「迷い屋敷」



 早朝、僕らはトランシーバーで連絡を取った少女の元へ向かっていた。

 彼女の話では、変異直後に離れの一つに閉じ込められてしまったらしい。それからは、偶然あった食料とモンスターを撃退できるスキルで何とか今まで生きてこられた、とのこと。トランシーバーで会話していた彼のことも、正直不信感の方が大きくむしろ僕らに代わってくれて安堵したと言っていた。


 いや、勿論そのすべてを信じたわけではない。

 運が良すぎでは? と思うところも多いし、不可解な部分もある。ただ切羽詰まっている感じはひしひしと伝わってきた。

 幸い、彼女ー-『千嶋 咲』の家の住所はコンビニから300mと離れていないところだった。周囲を警戒しながら、歩みを進めていく。


 グネグネと曲がった道に、閑散とした住宅街。大きな商業施設もなく、立ち並ぶ集合住宅もかなり老朽化している。

 そんな少し物寂しい地域の奥に、その屋敷はあった。


 広大な範囲をぐるりと囲む、白壁の塀。

 その内部は、地上からでは木や建物の屋根くらいしかうかがい知ることができない。

 上空の式神からは、何棟もの日本家屋が神経細胞のように渡り廊下でつながれている様子が見て取れた。ただその実態は、茅葺屋根が崩れてから随分と経っている様子だったりと、変異やモンスター以外が原因の損傷が目立っている。……それに、おかしな気が敷地内を漂っている。


 想像以上に荘厳な光景だったのだろう、司が感嘆の声を漏らした。


「おお。こりゃあ、すごい。

 アニメで見るような豪邸だな」


『ふふん、そうでしょうそうでしょう。

 私はこれでも良いところのお嬢様っスからね』


「この塀なんかも所々崩れてて、時代を感じさせるのが、いいな!」


『うっ。ま、まあ、私の家はSDGsに配慮して作られてるっスからね。

 最後は自然に回帰するのがコンセプトなんスよ』


 司の悪意のない感想に、何だか面白い言い訳を始める千嶋さん。それに、と言葉を重ねるように続ける。


『うちは戦前から続く名家で、全盛期には何千人もうちで働いていたんスよ? 整備が行き届いてないなんて、あるわけないじゃないっスか。

 まあ、確かに最近はちょこーと廃業が続いたりしてるっスけど……』


「「……」」


『いやっ、本当に大丈夫なんスよっ。

 わずかな遺産を巡ったお家騒動のせいでどうしようもなくなって、借金を全部本家の私に押し付けて逃げやがったとか……そんなこと、あるわけないっスよ』


 押し殺した声で、ぽろぽろと零れてくる過去らしき断片。

 

 僕らと大して変わらない年でも随分と苦労してきたらしい。

 一応は旧家ともいえる僕の家系では、一族という価値観は半ば形骸化していて、年に一回集まるか集まらないかくらいだった。大した財もなかったし、陰陽師のことが隠されてきたのも大きかったんだと思う。

 そんな感じでも遺産相続とかで頻繁にもめていたのだ。彼女の苦悩はその比ではない。

 ……まあ、これも全部本当だったらの話だけど。


『それで、本当に世界は変わったんスよね?

 和兄さんの指示で色々と仕組んで、何かをしようとしてるとかは……?』


「まあ最初は疑うよね。ただ、ステータスとかモンスターを実際見せられてるとさ、受け入れざるを得ないよ。

 千嶋さんもスキルでモンスターを倒していたんだよね?」


『あ、そうでしたっス。

 いやっ忘れていたとかじゃなくてですね、家から全部やっていたから現実感がなかったんスよ』


 ……うーむ。この反応は素なんだろうか。

 なんか、嘘を必死に誤魔化そうとしてボロを出しているようにしかみえない。

 これが演技だったら大したものだ。さすがはお嬢様とでもいうべきか。


 塀の一部が壊されていたので、侵入自体は簡単だった。

 サイズの問題から今回ムラサキはお留守番。ムラサキを外において、彼女の指示のもと寂れた屋敷の中を進んでいく。


 庭園を巡り、家屋の間を通る。たびたび現れるモンスターと戦闘。

 それを繰り返して――数十分もたっていた。


 入り組んだ構造ではあるものの、迷うほどの複雑怪奇というわけではない。ただ敷地の真ん中に行けばいいだけだ。

 それでも、なぜか最初に入ったところに戻ってくる。道順や入る場所を変えても同じだ。あれ間違えたかな、と首を傾げた司も僕も、この異常性に気付き始めていた。

 何度目かの挑戦も失敗に終わったところで司が困惑をこぼす。


「どうなってんだよ、これ?

 道も間違えてないし、そんなに広いわけじゃない。たどり着けないのは絶対におかしい」


『い、いやー、不思議っすね。

 わ、私は知りませんよ、本当です。信じてください』


 白々しい、それでいて切実な声。

 やはり、僕らを陥れようとしているようには見えない。今もここを抜け出すのは簡単なわけだし。

 この現象は知っているけど自力では解けないから、助けを求めたとかかな?


「なるほど?」


 それなら何とかできるかもしれない。

 実は心当たりが一つだけあったのだ。

 

 屋敷全体を漂う金色のオーラだ。

 万物を守り、育む性質を持つ土行の気が凝縮されてできたそれ。恐らくはそいつが認識と現実に齟齬を起こしている。戦闘自体に影響はないので、方向感覚のみ狂っているのだろうか。例えば本人は右に曲がったと思っていても、実際は左に曲がっているとか。


 問題なのは式神を通して見てもなお、その幻惑が適応されることだ。

 送られてくる情報そのものは正しくて、それを認識するときに錯覚を起こしているのか。あるいは式神自体が正しく作動しないのか。判断が難しい。

 ともかく、司に相談してみよう。と、その前に――。

 

「千嶋さん、本当のことを話してくれないかな。

 今までのは、嘘も交じってるんでしょ?」


『な、なんのことっスかね。

 私は生まれてこの方嘘なんてついたことないっスよ?」


「今まさに嘘が増えたような……。

 まあともかく、僕らは君の助けになれるかもしれない。一応僕らは陰陽師だからね」


『『陰陽師』、はい、聞いたっスよ。

 何かこの怪奇現象を解くスキルを持ってるとかっスか?』


 司と目配せしあう。

 僕らの能力が『職業』によるものではないことは、極力隠していこうと決めていた。この様子だと良い感じに誤解してくれるみたいだ。


「そんな感じかな。あとは妖怪とかに詳しいんだ。

 だから……うん、そうだね、まずは家のことを教えてほしいかな。

 この家には妙な噂や、変な習わしはなかった? 

 例えば、座敷童――ここだと座敷小僧かな、そんな感じのが住んでると伝えられていたり、何かを祭る祭壇や石があったりとか」


 金色の気は瘴気というより霊気に近しいもので、自然発生したとも思えない。また僕以外の陰陽師も恐らくいない。

 そんなところから、ある程度の推察はつく。


 多分、これは妖怪や神などの霊的存在によるものだ。


 家にまつわる、それも家を守るような妖怪は意外と多くない。ただ、妖怪より格が上の神となるとその種類は多岐にわたる故、特定は難しかった。

 何かわかりやすい手がかりがあればなあ、と彼女の返事を待つ。


『……その言葉、信じていいんですよね。

 だったら、妖怪を治すとかもできるっスか?』


 恐る恐る、といった様子で聞いてくる千嶋さん。

 その中の期待を隠しきれていない。これが彼女の本当の望み、なのかな?


「勿論だよ。人と妖怪の関係を正常に戻す。それこそが陰陽師の本分だ」


『わかり、ました。それじゃあ本当のことを話すっス』


 明け透けな口調で語られたのは今までの、裏側の部分。

 曰く、この家には古くから座敷童が住んでいるといわれてきたらしい。幸運の女神たる彼女がいたからこそ、繁栄できたと。実際、一族の中には見えるものがたびたび出てきていて千嶋さんもその一人だったとのこと。

 ただし今はもうその風習は廃れており、一族の誰もがそれを信じなかった。どころか頭がおかしくなったと元々恵まれていなかった待遇がさらに悪くなってしまった。そんなつらいときに元凶たる座敷童に慰められ、クゥと名づけるほど仲良くなったらしい。

 しかし、あの黑い柱が現れてからは様子がおかしくなって同じ空間にいながらも意思疎通がとれなくなってしまった。助けを求めようにも、なぜか迷って屋敷の中を歩き回ることしかできない。それゆえ、とりあえず食料は集められるだけ集めクゥがいる離れで暮らしてきたようだ。

 モンスターの襲撃もこの現象だけで防いでいたらしい。本人の『職業』も今は役に立たないもので敵の姿は見たことすらない、とのことだ。

 

 それを聞いて、何となく隠してきた理由が理解できた気がした。

 彼女が大切なのだ。だから、下手な人には教えたくなかった。


 千嶋さんは、切実な声音で話を締める。


『こんなことになる前は本当に良い子だったんスよ。話せないし大したことはできないけど、私を慰めてくれた。

 この迷宮を作ったのも多分クゥなんです。それでも今はすごく苦しそうで……。

 だから、クゥを、私の親友を助けてほしいっス』


「うん、わかった。

 その現象には心当たりがあるから、何とかなるよ」


「マジっスか! 助かるっス!」


 彼女の、心の底から嬉しそうな声。ここまで喜ばれると、がぜんやる気が出てきた。それに、心当たりがあるのは嘘じゃないのだ。

 ムラサキの、瘴気に侵されていた状態と、変異以前の小さな姿を思い出す。

 多分、瘴気には妖怪を強化、暴走させる効果があるのだろう。

 ただそうすると、なぜ妖術を使えてるのか疑問が残る。構造的な違いか、あるいは――


「ともかく、この迷宮を抜けないとだね。

 もう一度案内してくる?」


「わかったス。えっと、今いる棟はーー」


 上ずった指示のもと、改めて敷地に足を踏み入れる。

 仮説が正しければ、今回は迷わないはずだ。

 道中のモンスターはさっきまでの戦闘で随分と減っていたので、ついでに金色の気とかを司に教えていく。新鮮な話なのか、司は興味深そうに聞いてくれた。

 ……ただ司が微妙そうな表情を浮かべているのが目についた。


「どうしたの司? 何か気になることでもあった?」


「いや、そうじゃないんだ。

 ただこう……少し自分が情けなくなってな」


「? ああ、千嶋さんと全然話せてなかったもんね。

 司は女子と話すの、苦手?」


「ま、まあな。女子のグループに少しだけトラウマがあるんだよ。

 本人がいない時の陰口とか、同調圧力とか色々」


「あー、聞かなかったことにしよう」


 司は女子として生活していたらしいし、そういう後ろ暗い部分を沢山見てきたのだろう。

 女子に憧れを持つ男子としては知りたくなかったよ、うん。


「お、ついたよ」


 暫くすると、千嶋さんが言っていた離れに到着した。

 やはりこの術は僕が使うすべてのものを防ぐ結界とは違って、純粋に護ることに特化したものだ。つまりは悪いものを遠ざけ良いものを取り入れる、安倍晴明が発展させた結界に近い性質を持っている。

 だからこそ家主に本当の意味でまぬかれた僕らはここに来れたわけだ。

 一体どんな風にそれを判別しているのか。是非これを作った妖怪少女に話を聞いてみたい。


『マジっすかっ。ちょっと待ってください、今開けますっ。

 ……あれ?』


 がたがたと揺れる扉や障子。金色の気が外を覆い、それが開放されることはない。千嶋さんの話だと敷地内なら動き回ることができたはずだ。

 ――性質が変わった?


「っ、なんだ!?」


 衝突音と共に離れの屋根が壊れ、中から何かが飛び出てくる。

 僕らの前に素早く降り立ったそれは、着物を着た六歳くらいの少女だった。

 ただその体は霊気で構成され、御度は瘴気にそまっている。おかっぱ頭の顔は苦痛に歪んでおり随分と苦しそうだ。

 ムラサキと一緒。つまりはーー


「彼女がクゥちゃんだっ。気を付けて、司っ」


『っ、クゥ、どうして!?

 クゥを殺さないでほしいっす!』


「わかってるっ」


「任せろっ。ルートバインドっ」


 即座に座敷童の足元に生じる黒色の茨。しかし、彼女はそれを前方への跳躍でかわし、そのまま向かってくる。


「結界っ」


 妖怪少女を中心にして、六点結界を形成する。捕縛を考えるなら、多分これが一番いい。

 少女の体当たり。己の体など気にしてないような強烈なそれを、ぴしりとひびが入りながらも何とか耐える。


「よくやった、篤史。今度こそっ」

 

 再び少女を捕まえんとする無数の根。即座に彼女から霊気(瘴気ではなく、だ)が展開され、司の陰陽術とぶつかり合う。

 それの影響か、まるで少女の体を避けるように全ての根が空をつかんだ。


「まじかよっ」


 司が声を荒げる。僕も、同じ気持ちだ。

 妖怪に関しては瘴気と妖術は両立しうるらしい、最悪な仮説が当たってしまった。なにせ、可能な限り危害を加えずに無力化しなければいけないのだから。


 二回目の突進であっけなく結界が破れる。大した時間は稼げない、か。

 後ろに下がって、警戒するようにこちらを見る妖怪少女。


「何が起こったんだ? オレは確かに奴を狙ったぜ?」


「妖術の一種だね。僕らの認識に齟齬を生み出してるんだと思う」


「ち、さっきの迷路みたいなもんか。対処方法は?」


「うーん、御度を消費させるしか、今のところは思いつかないかな。

 彼らにも限界はあるはずだからね」


「なるほど、俺らと奴の我慢比べってやつだな。

 いいぜ、そういう脳筋戦法、嫌いじゃない」


「それは、ありがたいことで。

 じゃあ、僕が式神でけん制するから、司は動きが止まったところでさっきの術をお願い」


「まかせろ」


 心強い返事を耳に受け、戦闘に復帰する。

 それからは、宣言通り泥沼の鬼ごっこを繰り広げることになった。


 僕らの攻撃が彼女を捉えることはなく、かといって彼女が積極的にこちらを攻撃してくることはない。ただそれ以上先に進むのを阻むように立ち塞がっているだけで。

 こっちが数手で追い詰めるも、向こうはここぞという時に術を発動してするりと逃れる。御度消費も向こうの方が燃費が良いようで、司の御度が先に底をつきそう。

 

 つまるところ、我慢比べは僕らの負けになりそうだった。

 さっきまでの戦闘で御度を消耗しているし、なによりフィジカル最強のムラサキがいないのが響いている。

 最悪、肉弾戦に移るか?


「クゥ、やめるっスよ! その人たちはクゥを助けようとしてくれてるんです。

 おとなしくしてくださいっ」


 その瞬間、頭上より聞き覚えのある声が響く。

 見れば、離れの屋根の上に一人の少女が立っていた。多分彼女が千嶋さんだ。

 扉が閉ざされてるとはいえ、何て無茶なことを。


 座敷童の少女――クゥは親友の言葉にわずかに動きを止めるも、それ以上の変化はない。

 それを見て、千嶋さんがゆっくりと屋根の淵へと寄っていく。


「……仕方ない子っスね、クゥは。

 これでも私のことを見てくれないんですか?」


「」


 寂しそうな笑み、空中へと泣け出される体。

 まじか、彼女のためにそこまでするのかっ。

 即座に式神を動かす―ーより前に、クゥが高速で彼女のもとに移動する。


 千嶋さんを両手で受け止めるクゥ。

 刹那、その足元に黒い茨が現れ、二人まとめて拘束する。


「よしっ」


 逃げられる前に六点結界で囲み、駆け寄って浄化を開始する。

 彼女の御度に霊気が触れたその瞬間、抵抗空しく彼女の思いに呑まれることになった。

 


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