第九話「行く末」
……。
…………。
『――』
声が聞こえる。
誰かわからない、それでも何処か懐かしい声。
……僕に、そんな人なんていただろうか。
『――、――』
また声がする。今度は聞き覚えのある―ー僕を何度も苦しめたあの人の声だ「。
しつこい奴め、僕はもうお前からは解放されたんだ。
『――、――』
『――、――』
声が何度も頭の中で響く。まるで何かを訴えるかのように。再び僕を呪いの渦へと落とそうとするかのように。
うるさいうるさい、僕はーー。
……。
…………。
「お、ようやく起きたか、篤史。おはようさん。
良い夢は見れたか?」
「……おはよう、司。
悪夢っぽい何かを見ていた気がするよ」
視界に広がるのは、明かりが差し込む地下駐車場とこちらに背を向ける司。結界が破れた様子もない。
どうやら無事に夜を越えられたらしい。良かった。
ベッドになってくれたムラサキを目一杯撫ででから、司のそばにいく。
どうやら司は陰陽術の練習をしていたようだった。御度の量が減っている。
「修練もほどほどにするんだよ?
前に言ったように使える御度には限りがある。司は霊力が高いから基本的には大丈夫だけど、使えすぎると危険だってことは覚えておいて」
常に生成と消費を繰り返す御度。
それが生成されるのは「もの」が存在するゆえであり、消費されるのは本来の役割ー-存在の維持に使われるからだ。多くの御度が失われ、生命維持に必要な量以下になると存在が内側から壊れてしまう。
そのため使用可能な御度は、基本的に生成量から必要量を引いた分ということになる。またその過剰分は、何もしなければ空気中に四散してしまうだけなので、使ってしまった方がお得だ。
僕はムラサキのおかげで使える御度が随分と多くなったが、司は霊力ー-御度から霊気への変換率が高いだけで御度そのものの量が多いわけじゃない。御度が見えないのも相まって、いつか限界を超えてしまうんじゃ無いかと不安だった。
司が困ったように頭をかく。
「まあ、それは分かってるんだけどな……」
「不安、だよね。何もしないのは」
僕の言葉に司は目尻を下げて頷いた。
こんな世界じゃ、いつ対処不可能な事態に陥るか分からない。気を抜くと、明日自分は死ぬんじゃないか、なんて恐怖に押しつぶそうになる。
でも、僕の少ない経験から、一つ分かったことがあった。
司の目を見て語りかける。
「そんなに気負わなくても大丈夫。
未来なんて神様が決めるんだからさ、僕らはできる限りのことをやればいいんだよ。
昨日の夜、二人で頭を悩まして対策を考えたでしょ? それで十分。もし予想を超えることが起きたら、諸手を挙げて神様を賞賛してあげれば良いんだよ。
やられたよ、こんちくしょうって」
あの時それまで考えていたことが全部無駄になって、しかも全部良い方に転がって、思いしらされたのだ。
結局、僕らに大したことはできやしないと。
暫くして司の口から失笑がこぼれる。
ただそれはステータスの時とは違って、軽快さを含んだものだった。
「ふふ、篤史もかっこ良いことをいうじゃないか。
未来なんて神様が決める、か。うん、心にしみたよ。座右の銘にしようかなあ……?」
「……今の話はなしで」
何か、厨二病みたいに気持ちよく語ってなかったか僕?
今更ながらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「オレたちは神様の定めたレールの上をーーおわっ何すんだよ、篤史!?」
決め顔で造語し始めた司の頭をわしゃわしゃ撫でる。
ああああ、完全に黒歴史だ。
こうして、暫くは中二病を再燃した司に悩まされるのだった。
……元気になって良かったよ、うん。
御天道様のもと、ムラサキを伴って国道一号を進む。
僕らの頭上、50mほどでは九体の式神が円状に並び、周囲を警戒していた。加えて、進行方向にも二体の式神が低空で飛行し、死角からの襲撃に備えている。
ー-これが、昨日考えた対モンスター用の警戒網だった。
幾つか漏らしはあるものの、今のところはかなり順調に運用できていた
(因みに、モンスターテイマーなる『職業』があるようで、ムラサキと一緒に行動しても不審に思われることはないらしい。ありがたい)
市街地を抜けると一気に視界が開けた。
まず目につくのが、広大に広がる青空。四車線道路の両側は巨大な駐車場や空き家が広がり、ぽつりぽつりと店がある程度。空を遮るような高い建物も存在しない。
かつては寂しさを覚えたその光景も、今は随分と心強い。死角が少ないし、道も広くて歩きやすかった。
そんなことを考えていると、件のモンスターが警戒網にかかった。
緑色の巨体、豚のような顔、手に持った棍棒。こいつはーー
「オークだ。こっちに歩いてきてる。
どうする? 隠れてやり過ごす?」
オーク、かつての宿敵。手も足も出なかった過去を思い出す。逃げ回り、最終的には死ぬ直前までいった恐怖を。
背中を嫌な汗が走った。
「いや、良い機会だ。新しい戦術を試そうぜ。
あんな奴、放置すべきじゃないだろうし」
「そう、だね」
司の強い言葉に押され、戦闘を決める。
それに、簡単には逃げられないかも、という懸念もあった。
今まで出会ってきたモンスターの多くは、探知能力がかなり低かった。
視界にとらえた獲物しか追わず、それ以外はただ名古屋方面からこっちーー南東へ歩いて行くだけ。そのため、隠れさえすれば戦闘は避けられた。
ただ、オークは違った。
あの時、明らかに見えない位置からのぞき込んできたはずだ。まるで僕らがそこにいたのを知っていたかのように。
モンスターの中にも、例外的な種がいるのかもしれない。
隠れても見つかり、逃げても追ってくる。だとしたら、戦う以外に選択肢はなかった。
十二体もの式神を展開し、戦闘に備える。横では司が御度を変換せんとし、ムラサキが僕らの前に立つ。
オークは、左奥の建物の影から現れた。距離は30mといったところだ。
咆哮する化け物。耳をつんざくような轟音が周囲に響く。
さあ、戦闘開始だ。
「彼の者を縛れ、ルートバインド」
司の(短くなった)呪文と共に、奴の足下に黒い根が出現し、茨のようにその両足を縛る。
出鼻をくじられ、鬱陶しそうに足を持ち上げるオーク。霊気の根がブチブチと破れていく。この分だと直ぐに破られそうだ。
すかさず飛び出そうとするムラサキを、止める。いつまでも頼るわけにいかない。
一体の式神がオークの周囲をくるくる回る。時にはその体に密着し、時には離れながら。
核の位置を自動追尾させた新型だ。
表面にある時はそこに、それ以外は近くを飛ぶよう条件付けている。予想通り、今はまだ離れている時間の方が長い。
「仇なす敵を焼き尽くせ、ファイヤーアロー」
司の周囲に無数の炎の矢が現出すると共に射出、オークの体に衝突する。
その体を爆発が包み、ぐぉとくぐもった声が響く。
しかして、未だ奴は健在だ。
「迅雷よ、彼の者を貫け、ライトニングアロー」
即座に、バチバチと帯電する雷の矢が神速で飛翔し、停止した式神に寸分違わず直撃する――寸前でオークが棍棒を投げる。
迫ってくる凶器。このままなら前にいるムラサキにーー。
「結界」
術式発動。空中に現れた三角形の結界がそれを弾く。
その頂点には結界石を持たせた式神たちの姿。呪文を省略した分その強度は落ちるけど、やはり実戦では十分に役に立つ。転用して正解だったようだ。
雷が完全に核を破壊し、オークの体が棍棒もろとも霧散する。
ふう、と二人同時に息を吐いた。
「やったな。オレたちの勝ちだ。
なかなか良かったんじゃないか? 危険な場面もなかったし」
「だね。当面はこんな感じでよさそう。
後は僕も攻撃手段が欲しいところだね。色々試してるから少し待っていて」
「了解、期待しないで待ってるよ。
篤史が攻撃まで出来るようになったら、オレの役割がなくなっちまうじゃないか」
「ええー、そっちの方がお互いフォローし合えるじゃん。
司も殊の術について、せめて練習くらいはしてね?」
「へいへい、分かってるよ。
……お、ムラサキも篤史が万能人間になったら寂しいみたいだぜ。
今も役割が無くて不安そうだったもんな」
「出番がない方が嬉しいと思うんだけどなー」
じゃれついてくるムラサキを撫でながら、前に進んでいく。
遠く彼方にまで続く道。その先には僕らの目的地、名古屋市がある。三日後には到着する予定だ。
不意に自分の放った言葉が頭をよぎった。
未来が決まっているとしたら、この旅は一体どこに終着するんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます