第八話「病気」



「……やっぱりここら辺の物資は取り尽くされているね」


 オークとの戦いの後、休憩兼作戦会議を挟んだ僕らは今後の方針を『適宜探索しながら名古屋市方面に移動』に定めた。

 持ち出せた食料は二日分程度と乏しく、寝袋や武器等もない。また、どの集団も次縹学園同様状況が逼迫している可能性が高い。どんな結果になろうと、物を集めるのは無駄にならないだろう、という結論だった。


 それゆえ今は近くにあったコンビニを漁っていた。とはいっても、食料関連の棚は壊滅し、有用そうな物は見つからない。

 バッグヤードの方を見てきた司もため息をついた。


「向こうもダメだ。

 もっと遠い場所じゃないと、まともな物は残って無さそうだな」


「うん、そうだね。暫くは探索よりも移動を優先させようか。

 ……ただ、こんな光景を見せられると、なかなかクルものがあるね」


 破られた窓や扉、地面に散乱した商品、そして破壊されたレジスター。すべてが人の仕業では無いにしろ、随分と酷い有様だ。

 今改めて実感させられるーー日常は崩壊したのだ、変異前の常識はもう通じないのだ、と。


「警察とかもまともに機能してないし、そもそも店を開ける状態じゃ無いからな。仕方ない部分もある。

 篤史は、こんな世界でも法律は守るべきだと思うか?」


「まあ理想を言えばそうだけど、現状は難しいよね。ずっと盗品で暮らしてたわけだし。

 だからさ、もしここに食料があっても僕は迷わず持っていってたよ」


「お、それは良かった。それじゃあ世界が正常に戻ったら、一緒にお縄だな」


 司が意地悪く笑う。確かに、防犯カメラとかの映像で捕まることもあるだろう。

 もしそうなったら、犯罪者が星の数ほど出て大変なことになりそうだ。……でもそんな呑気な未来も悪くないかも知れない。きっと今よりは幸せだろうから。


「まあ、仕方がなかったって特例で許してくれることを祈るよ。

 因みに商品の料金を置いて持っていったりしたら、犯罪になるのかな?」


「え、と、待てよ。何だったかな、聞いたことがあるような……」


 うーん、と悩み始める司。

 自分で聞いといてなんだけど、多分そういうことじゃないんだろう。司がしたいのは、罪の共有だ。一緒に悪さをするという安心感が欲しかったのだ、きっと。


 きゅう。入り口から鳴き声が聞こえる。


 妖怪鼠の、ムラサキの声だ。

 命名したのは司。紫色の毛だからムラサキなんて適当なネーミングなのに、意外と本人は気に入っていた。

 ともかく、外を警戒させていたムラサキに何かあったようだ。

 慌てて司と一緒にコンビニを出る。


「グロウウルフだ!」


 道の先にいたのは四体の狼型のモンスターだった。

 60cmほどの体高、黒い体毛に、鋭い牙。そんな化け物が、しなやかに四肢を動かして迫ってくる。以前なら脅威に感じただろう。

 ただ今はーー


「作戦通りにやるぞ、篤史」


「うん、分かってるっ」


 僕らだって無力じゃない。


 後ろポケットに入れた五個の式神に霊気を注ぎ、展開。擬似的な目を備えた式神達がウルフたちを覆うように空に舞う。

 同時に司がブツブツと唱えながら、炎の矢を四つ現出する。

 異なる角度からの映像。それらを整理し、司に核の位置を伝える。


「え、と、右から左肩、頭上、右上腕、えー、腹」


「まかせろっ、仇なす敵を焼き尽くせ、ファイアーアロー」


 炎の矢が射出。弧を描きながら目標へと突進していく。

 ー-着弾。爆発音と共にウルフたちは避けること叶わず炎上する。しかして、消えたのは二体だけ。攻撃箇所と核がずれていたのだ。

 残りはその体を炎で燃やしながら突き進んでくる。さっきよりも速い速度が出てることも相まって、さながら暴走列車のようだ。


「ちょ、なにそれ!? 効いてないの?」


「思い出した、やつはこっちの魔法攻撃を吸収して成長するんだっ。

 半端な攻撃は逆効果だな」


「まじ、かい。対処法は!?」


「物理攻撃で倒すか、あるいは奴の許容量を超える攻撃を一気にたたき込む、だったか」


「力業って事? それなら素直に核を狙った方が良さげだね。

 焦らずに、さっきと同じ事をやろう」


「了解、今度は外さねえ」


 敵との距離は10mを切った。いまも全速力で詰めてきている。二度目は無いだろう。

 嫌な汗が背中を流れるのを感じながら、核の位置を探り、司に伝える。


 ――二撃目。司の放った炎の矢は精度を欠き、一体を仕留めるに留まった。

 残り5m。僕らを射程に収めたグロウウルフは跳躍しーームラサキになぎ払われる。ドシンと衝撃音。叩きつけられた壁が大きくへこみ、グロウウルフ自身も死屍累々の体だ。

 すかさずムラサキが噛みつき、形成を維持できなくなったグロウウルフは四散する。

 

 ――戦闘終了。僕らの勝利だ。ただ一歩間違えば、ああなっていのは僕らの方。その恐怖がベニアのように足を地面に貼り付けていた。

 結局息を吐けたのはそれから暫く経ってからだった。


「何とか、勝ったね」


「ああ、だな。

 ……陰陽術を使えるようになって、オークを倒せて正直舐めてたかも知れねえ。

 戦闘組だって『職業』があっても苦戦してた。オレらはスタートラインに立っただけなんだな」


「うん、この後は反省会だね。

 モンスターの特徴、指示と攻撃のラグ、よけられたときの対処、核への攻撃一辺倒での良いのか、えとせとら。詰めなきゃいけないことはいろいろある」


「うへー。まあ、仕方ないか。

 それよりも今は生き残ったことを喜ぼうぜ。あそこに命の恩人もいるわけだし」


 そういってムラサキの方へ駆け寄っていく司。

 助かったありがとう、と抱きつこうとするも、しゅばっと避けられる。そのままムラサキは僕の後ろに来て、警戒するように司の方を見ている。助かったよ、とその頭を撫でると嬉しそうに鳴いた。

 ……もふもふだ。


「くそっ何で篤史だけ!? オレももふもふしたいっ。

 傷を治したにしても、懐きすぎだろ」


「僕を誰かと重ねているからかな。それか、司が何かしたとか?

 元から人間に慣れてる感じだったよ?」


「いや本当に何もしてないぞ。

 昔からそうなんだよなあ、何故か動物に避けられる」


「なるほど、体質的な何かかなあ。

 猫なんかは構い過ぎると嫌われるとか聞いたことがあるけどーー」


「……」


 あっと気まずそうに沈黙する司。

 ……心当たりがあったみたいだ。

 ムラサキを撫でられる日が来るといいね。






 その日の夜、国道一号を名古屋方面に移動する途中で見つけた地下駐車場で、一晩を過ごそうとしていた。今日は僅かな可能性に賭けて服屋などの店を回ったものの、大した成果は得られなかった。未だ高校の生存圏と近いし、仕方ない。


 適当に拾ってきた小石を、出口を塞ぐように四角形に並べる。そしてその頂点を右回りに歩きながら、術を唱える。外と内を区切るように、分けるように。

 呪文を終え、一周回ると同時にせり上がっていく半透明の壁。

 司がこんこんと叩きながらおお、と感嘆の声を漏らす。


「これが結界か。かなり頑丈だな」


「うん一応ね。

 ただ御影石じゃないから、性能は数段階落ちるんだ」


「ほーん、御影石ってのはどこにあるんだ?」


「お墓とか一部の建築かな。流石に墓石は避けるとして、塀とか石垣に使われてる。

 まあ、それも探しながらいこう。最悪、近くの城で取れば良いし」


「ふむ、石の違いはオレには分からないからな、篤史に任せるよ。

 何かその石である理由とかはあるのか?」


「あー、一番は霊気を込めやすいからかな。

 高い霊気で作り上げられた結界はその分強固にーーて、司、聞いてる? 

 もう陰陽師の一員なんだから、司にも関係のある話なんだよ?」


「わ、分かってるって。ただ、そういうイメージしづらいものは苦手なんだよな。

 今もこの結界とやらを自分で張れる気がしないし」


 そう、あんな才能の塊に見えた司でも苦手な事はあった。殊の術全般だ。

 陰陽師の本質とも言えるそれらーー心眼、式神術、治癒、霊符作成、浄化、結界術等が上手く使えなかったのだ。特に式神術の初歩的な活用、擬似的な目として作用させることは僕の方が早くできたくらいだ。


 恐らくあの時見せた天才性は、アニメとか漫画に触れてきた影響もあるのだろう。だからこそ馴染みの浅い陰陽師特有の術を使いこなせないし、矢以外での現出はまだできてない。司に渡した本も紛失してしまったので、僕がこうして教えている途中だった。

 ただまあそれもそのうち出来るようになると思う。そもそも僕が術を使えるのは幼い頃の修行の成果だ。特別上手なわけでもない。……この結界術も不完全だし。


 入り口と非常階段にも結界を張り、外と通じる場所を閉じる。

 壊れたときは自覚できるし音も鳴る。逃げるときは解除すれば良い。これで少しは安全になっただろう。

 出入り口から入ってくる僅かな月明かり。司が光源確保のために、呪文を唱えるーー途中でそういえば、と口を開いた。


「この中で炎を出して大丈夫なのか?

 酸欠になったりしないかな」


「あ、それは平気。そういえば司に入ってなかったね。

 陰陽術で再現した現象は、現実のそれとは性質が異なってるんだよ。

 霊気だけをリソースとしていて、それ以上は発展しない。霊気が尽きれば顕現も終わるんだ。だから例えば森で『炎』を放っても燃え広がることはないし、『水』と水道水を混ぜたからと言って動かせる量が増えるわけじゃない」


「だから、あの時もオークに当たった瞬間に炎が消えたのか」


「そういうことだね。因みにグロウウルフは例外、僕らの霊気の制御を完全に奪って自分のものにしてた」


「マジか。確かにヤバかったもんな、あれは」


 コンビニ前での戦闘を思い出して、二人で安堵のため息をつく。

 そうしてムラサキの腹に二人で寄りかかった。


 もう10月だ、夜は少し冷える。背中に感じる体温が心地よかった。……因みに司はそれ以上のことをすると嫌がられていた。


 司が出した炎の球の元、今後のために会議を始める。

 議題は勿論、今日の戦闘で出た課題について。グロウウルフとの戦いの後にも何回か戦ったが、司の攻撃で仕留めきれず後手後手に回ることが多かった。改善は急務だ。


「ひとまずは僕の方からいこうか。

 思ったのは核の位置報告にラグがあることかな。複数体が同時に現れると負いきれない。

 それで、幾つか案を思いついたからさ……ちょっと実験に手伝ってくれる?」


「別にいいけどよ、何するんだ? この前みたいのは勘弁だぞ?」


「……大丈夫大丈夫、きっと上手くいくよ」


「おい、今の間は? 本当に変なことしないんだよなっ?」


 躊躇する司をなだめて、近くを往復して走らせる。あれは事故、なんだ。滅多にあんなことにはなるまいて。

 式神を一つ展開し、変化を加える。イメージは糸。対象と式神を繋ぐ、細い線。

 やがて改良型式神は司に近づき、追走するように飛行を始める。右に回っても、左に行ってもバタバタ。

 それに気付いた司がバックステップを踏んだり、全速力を出したりするも、振り切られない。


「おお、面白いな。これも陰陽術の一種なのか?」


「うん、ちょっと新しい役割を持たせてみた。

 実は今も操作してないんだよね。自動で追尾してる」


「……何かそういうドローンが開発されてるとか聞いたことがあるな」


「でしょ? 昔はこんな風に誰かを監視してたみたいだね」


「へえ、確かにこれは知らないと対処は難しそうだ」


 そんなことを話しながら式神の条件付けを変えていく。例えば対象が立ち止まったらその上に乗る、とか。あるいは糸を短くしてみたり、速度を速くしてみたり。そのどれもが多少の誤作動はあったものの成功した。

 うん、これならなんとかなるかも知れない。別の所でも応用が利きそうだ。


 幾つかの実験の後、付き合ってくれた司に礼を言って、他にも用意してきたのも披露する。

 式神と霊符用の大量の紙、それを入れるウエストポーチ、あとは新しい術を組み込んだ霊符とか。

 ひとまずは話せることを終え、今度は司の番となった。


「それで、司の方はどう? 他の術は習得できそう?」


「まあな。ちょっと待ってろ。今から修行の成果を見せてやるよ」


 右手を地面に向けて、呪文を唱え始める司。

 核への攻撃一辺倒の戦術を変えるため、範囲攻撃や足止め、防御、目くらまし等の術を開発して貰っていたのだ。


 これは新しく分かった敵の性質からという部分も大きい。

 何の規則性もなく、縦横無尽に動き回ると思っていたモンスターの核は、本体がダメージを受けるほど、動きが鈍り、体表に現れやすくなるのだ。

 それゆえ最初は本体に攻撃して消耗させ、狙いやすくなったところで核を攻撃すればいいんじゃないか、という結論に至った。


 また僕の知識にある術を教えなかったのは、司の天才性を信じての事だった、下手な助言は司の想像力を阻害しかねない。手助けは求められたときだけにしようと決めていた。


「――この世界の根源たる世界樹へ命じる、その根を以て敵を捕らえたまえ、ルートバインド」


「……」


 司の言葉と共に地面から複数の黒い帯が沸き上がってくる。恐らくは世界樹の根だろうそれは海藻のようにゆらゆらと揺れる。

 その影のおぞましさも相まって、何というかあれをするやつに見えてきた、


「触手プレーーい、いや、何でもない」


「うん、触手プレイ? なんだ、それ?」


 く、聞こえていたか。


 純粋そうに首をかしげる司に必死で頭を振る。

 中学生まで女として育てられてきた司は、母親の過度な干渉もあり男性的なことに触れてこなかった。それゆえ解放されてからは、男子小学生よろしく下ネタ好きになっていたわけだ。

 だがそれでも男のあれやそれに関する知識は圧倒的に少ない。せっかく変なことを教えないように注意を払ってきたのにーー迂闊だった。

 急いで話を変えなくては、と咄嗟に思いついた疑問を口にする。


「それより、さっきも言ってた長い呪文? は発動に必要な奴なの?

 いや、悪いってわけじゃないんだ。僕も浄化の時は使ったし……ただその、随分と大仰しかったからさ、戦闘の時は大変だなって」


「あー、呪文なしでも発動できるから大丈夫だぜ、

 ただほら、ああいうのがあった方が格好いいだろ?」


「う、うん……」


「それより見てくれよ、これ! さっきみつけたんだけどさーー」


 妙に高いテンションで鞄の中に見せてくる司。そこに入っていたのは黒いマントと眼帯、十字架等の痛々しいグッズ。


 こ れ は。


「? どうした篤史、頭でも痛いのか?」


「……ちょっとね」


 罹ってしまったか。かの高名な病――厨二病に。

 かつての知人を思い出して、むずかゆい感覚に襲われる。共感性周知という奴だ。

 兆候はあった。陰陽術を使うときは毎回呪文を唱えていたし、そもそも超能力が使える状況なのだ。自分が特別だと思っても仕方ない。

 ってか、それは奇しくも合ってるのか。

 それが病を加速させた原因だろう、多分。


 ともかく、知り合いが患者になったときの対処は心得ている。

 ぽん、と司の両肩に手を置いて、穏やかに語りかけた。


「僕は良いと思うんだけど……ほどほどにするんだよ?

 後で絶対後悔するから」


 きょとんとする司。君はそれでいいんだ。

 何かさっきから、思春期前後の息子がいるお父さんムーブをしている気がする。これが父性か(勘違い)。


 ……因みに司は発症前に治った。

 何やら僕の態度に思ったことがあるみたいだ。

 本当に良かった。あんな格好をする司の横を、普通の顔で歩ける気がしないから。



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