第五話「カッコウの雛」
護衛組を伴って南東へと歩いていく。随分と警戒しているようで、物資を運ぶ人や車とすれ違ったときに式神を動かそうとしたら、すぐに睨まれた。さすがは戦闘のプロ、全く隙がない。
しばらく進んで見えてきたのは、トラック等で出来た巨大なバリケード。
結局何も出来ないまま、最も外側の一次防衛線まで来てしまった。
相崎さん達が振り返る。
「俺らはここまでだ。後は好きにしてくれ。
つっても、外敵は常時警戒してるし、お前らの情報は行き渡ってる。戻ってこようなんて思うなよ」
思うところはあれど、彼らに助けられたのもまた事実だ。ありがとうございました、と頭を下げて外に出る。
「……わりぃな」
閉じゆく防壁。その隙間から、かすかな声が聞こえた。
「それで、これからどうする?」
場所は、一次防衛線から500m程離れたスーパーの地下駐車場。
長方形に広がるその空間で、二つの出入り口が見える壁に腰掛けて、司と今後の予定を練る。時間が無くて満足に話せなかったのだ。
「特に予定が無いなら、名古屋市中区の方へ行きたい。
両親がその辺りに住んでいるんだ。確認は、しておきたい」
「うん、分かった。僕もそれに乗ろう。
人も物も多くて、ここよりも安全だろうしね」
「だと、いいけどな」
ぼそりと消え入りそうな声でこぼす司。
親に良い思いは抱いていないだろうに、心配する様子は司らしい。
「篤史は大丈夫なのか? その、親しい人がいたりとかは?」
「特には、ないかな。
身一つでここまで来たし、そこまで思い入れのある家もないからね」
「そう、か」
まごうことなき本音を告げると、司は気まずそうに頬をかいた。
――微妙な沈黙。司が声の調子を変えて話を続ける。
「それより、陰陽師について教えてくれよ。
陰陽師ってあれだろ、妖怪を退治したりするやつ」
「うんそんな感じかな。特に最近は怪異全般の専門家として生きてきたから。
まあ、とはいってもかなり衰退して、もう僕らの家系以外残ってないだけどね。
しかも本家の長男以外には知らされてこなかったから、多分僕が最後の生き残り」
「マジかよ。そんな偉い人だったのか。
ははー、そうとは知らず無礼な態度を取っていた私めに、どうかお慈悲を」
「面を上げよ……よい、許そう。
って、本当に何でもないんだよ。最近は修行なんてやってないし、大した陰陽術も使えないからさ」
「そっか、そうだよな。
陰陽術って言うのは、どういう技なんだ?」
「自分の御度を――簡単に言えば生命力を奇跡に変える術のこと、かな。
護衛組の前で色々と見せたでしょ、あんな感じだよ。他には無意識に使ってる人なんかもいるよ。ほら妙に運が恵まれてる、とかね。
そうだ、司もやってみる?」
「まじか、できんの!?」
ずい、と顔を寄せてくる司。爛々と輝く瞳に捉えられる。
――やっぱり、未知の力には興味を引かれるよね。
「まあ、あくまでかもしれないって話だよ。
術を使うには高い適性が必要で、司は確かにそれを満たしてる。僕が見た中ではただ一人ね。
でも、それで十分ってわけじゃない、使いこなすには弛まぬ修練が必要なんだ。生涯をかけて探求しても、何の奇跡も起こせなかった人がいるくらいに。
それでも目指してみる?」
「ふ、当たり前だろ。万に一つでも可能性があるなら、オレはそれに賭けてみたい。
こんな世界なんだ。少しくらい夢見たって神様は許してくれるさ」
司は不敵に笑うーーまるで怖いもの何て無いみたいに。
何だか僕も気分が高揚してきた。こうして教えるのは初めてだ。記憶を掘り起こしながら、指南を始める。
「じゃあ、まずは術の種類について。
陰陽術はその効果から五行と殊の二つに分けられる。
そもそも陰陽道は『五行』――火・水・木・金・土の遷移で世界が構成されていると考えているんだ。それでその中の自然現象になぞらえた術が、五行と呼ばれてる。
僕は使えないけど……まあ、何とか属性の『魔法使い』が使う魔法と思ってくれたら良いよ」
「えっと、炎とか水の弾を飛ばしたり、風の刃で切りつけたりできるのか?」
「基本的にはそんな感じかな」
おお、と弾んだ声を出す司。子供心がそそられたのだろう……僕も昔はそうだった。
でも現実は甘くない。きっとすぐに夢物語だと理解する。だからこそ、今まで教えなかったんだから。
「で、殊は五行以外の術の総称。
ここには式神術とか霊符作成・浄化とか色々なものが含まれてる。
妖怪を使役したりもあるし、世間一般の陰陽師が使う術のイメージに近いかな」
「なるほど。色々ってのは具体的にどんなのがあるんだ?
どこかの映画で見た、死者蘇生の術とかもあったりするのか?」
「ああー、詳しいことは僕も分からないんだよね。
元来『陰陽術』は心体から自然に浮かんでくる術者独自のもので、各々が文字に残したそれを収集・研究し発展してきたのが今の陰陽術なんだ。
僕も1080の基本の術を習ったけど、それ以外の方が圧倒的に多い。
だから、あるかもしれないとしか言えないかな」
「ほほお。広まるとヤバい術は、隠されてきたってことか」
「術者本人、あるいはお上の人によってね。
まあ、もしそんな術があるならーーそう、大きな代償が必要だろうね。自分の御度、あるいはそれで足りなかったらそれの以外の何かとか」
「代償、か。アニメとかでもよくある話だな」
ふ、と寂しい笑みを浮かべる司。特に思うところはないようだ。
ただ僕には、気づいたことがあった。それをできる人物を知っていたから。
外を見る。普通とはかけ離れてしまった日常を。
――ありそうな話じゃないか。大切な人を蘇らせるために世界に犠牲を強いる、なんて。
「ま、それより術を教えてくれよ。
これ以上座学が続くなら、オレの奇妙な虫シリーズが火を噴くぜ?」
「まじで、やめてくれ。
しかたない、実践といこうか。試したい仮説もあるし。
とりあえずあっち向きに座禅を組んで瞑想してみて」
「よし、そうこなくっちゃ」
指示通りに座る司の背中で、真っ黒な御度がゆらゆらと揺れている。
この状態の御度をこんな近くで見るのは初めてだ。やはり随分と禍々しい。
そっと触れてみる。石でも触ったかのような、固い感触。本来の、綿毛のような柔らかさとは全くの別物だ。
「目をつむったまま、自分の体に意識を向けてみて。
……こそばゆいとか、なんか変な感じしない?」
「いや、特に何も感じないな。
何してるんだ、これは?」
「御度――RPGでいうMPとか魔力的な不思議物質を知覚する訓練だね。
うーん、本来なら少ないなりに何か感覚があるはずなんだけど……」
引き続き御度を触るも、ほぐれる様子はない。
ここまで固まってしまったら、御度を用いる陰陽術など使えやしないだろう。
僕の体が瘴気を癒したことも考えて――
「――やっぱり陰陽術とステータスは両立しないみたいだね。
どうする? ステータス、消してみる?」
「勿論、どうせ役に立たないし、危険なものなんだろ?
だったら放置しておく理由はねえ」
「分かった。術の間は無防備になるから、警戒よろしくね」
「了解。まかせろ」
右手で刀印を結び自分の唇に当て、左の手のひらで司の背を押す。
こんな状況だと、諸々必要な道具なしに強行するほかない。
「掛けまくも畏き、伊邪那岐大神ーー」
儀礼に則り呪文を唱える。
一言一句ごとに細く変化し、司の中に浸透していく霊気。同時にそこに残された記憶の残滓が流れ込んでくるも、シャットアウトして術に集中する。
御度の深い部分、瘴気の苗床へと到達すると、優しくそれを包む。
――だいぶ、厳しくなってきた。使用可能な御度をもう半分近く消費してる。
チャンスはこの一回限り。さあ、最後の仕上げだ。
「――かの者を祓へ給ひ清め給へ、と白す<まをす>事を聞こし召せと、恐み恐み<かしこみかしこみ>も白す」
パシン、と背を叩き、霊気を一気に注ぎ込む。
一瞬の発光。後に残ったのは、澄んだ御度だった。
重圧から解き放たれて、大きく息を吐く。
「よし、成功。これで司のステータスは消えたよ。
ちょっと心が軽くなったんじゃない?」
「ステータスオープン……お、本当だ。
確かに気分が良くなった気がするような?」
「ま、司の場合そこまで瘴気をため込んでなかったからね。
とりあえずさっきの続き、やる?」
「どんとこい」
「はいよ、じゃあ少し情報を足そうか。陰陽術で大事なのはイメージなんだ。
身体と霊魂を維持するオーラが体に纏わり付いてる、と想像してみて。
分かりやすいようにちょっと触ってみるね」
司の御度に手を伸ばす。瘴気が無くなった今回は、きっと成功するはずだ。
――ふわり、と羽毛のような感触。柔らかくて気持ちいい。
「ひゃんっ」
「ちょ、変な声出さないよ。危ないことしてるみたいじゃないか」
「そん、なこと言ったって、出ちゃうんだから、仕方ないじゃんっ」
司が息を切らし頬を上気させる。元々綺麗な顔をしてるだけあって妙に色っぽい。
こんな性格だから意識してなかったけど、体は女なんだよなあ。
――っていや違う違う。慌てて手を離す。
僕は同性愛者じゃない。普通に可愛い女の子が好きだったはずだ。……いや、でも女の部分もあるみたいだしって、あああああああ。何か混乱してきたっ。
「あ・つ・ふ・み?」
怒りを押し殺した声で僕の名を呼ぶ司。
――やばい。これは久々に見せる本気モードだ。
「すみませんでしたっ」
体を縮め、額を地面にこすりつける。所謂、土下座というやつだ。
後頭部に刺さる殺意の視線。どうか、許してくれますように……。
「……はあ、もう良いよ。篤史も男の子だもんな。
まさか、ああいう鬼畜プレイが好きだったとはね」
「ぐはっ……いや違うんだよ。
立派な修行方法なんだ。ほら、体に触って無くても感覚があったでしょ?
さっきのを思い出せば、御度の存在を認識できるはず」
「い、言われてみれば確かに。
あんなに執拗にやってたから、てっきり篤史の趣味かと思ったぜ」
「……」
うん、全部必要なことだったね。そうに違いない。きっとそうだ。
じとー、とした視線が痛い。こ、これ以上同じ話を続けたらだめだ。
「こほん、次は御度の操作を教えよう。
まずは初歩から、この形代を手のひらに乗せてみて」
「お、さっき見せてたやつか。
あんな感じに飛ばせば良いのか?」
「そういうこと。
方法は簡単。今感じた御度をこれに注ぎ込んで、飛ぶ姿を頭に思い浮かべるだけ。イメージとしては、御度で式神を包んでパペットみたく動かす感じかな。
因みに、御度を変質させる力を霊力、変質させた気そのものを霊気と言うよ」
「なるほど、とりあえずやってみる」
ふん、と意気込んで人の形を模した紙を睨む司。僕はそれを生温かい目で見ていた。
この術、簡単そうに見えて意外と難しいのだ。天賦の才を持っていたあの人でさえ成功に一週間もかかったくらいに。
僕は一か月くらいだったし、御度の量からして司は少し短いーー。
「お、飛んだ」
「――マジ?」
そら言が聞こえた気がして、視線を移す。
――確かに式神が宙を舞っていた。しかも、くるくると綺麗な円を描いて。
「凧揚げみたいで、なかなか面白いなこれ」
「たこ、あげ……」
微妙な例えを出され、形容しがたい感情に襲われる。
正直に言えば、信じられない。でも目の前の光景は紛れもない現実だった。
まさか化け物レベルの人間がこんな近くにいるとは。いやよく考えたら、御度を触られてあんなに反応した時点で十分異常だったのか。
……もしかしたら、その特異性も関係してる?
「それで、次はどうすればいいんだ?」
司は新しい玩具を与えられた子供のように聞いてくる。
あの人以上の天才が、教えを乞うていた。何の努力も意味を成さなかった僕に。
――なんだかなあ。
リュックの中を探り、一冊の本を取り出す。実家から唯一持ってきたものだ。
「そうだ、先にこの本を渡しておくよ。
司が嫌がった座学――陰陽五行論の概要やら、陰陽術の詳細なんかが書かれている。
勿論僕も教えるけど、基本的な考え方とかは知っておいた方がいいと思うから」
「おー陰陽師用の専門書的なやつだな。
篤史はこれが無くて大丈夫なのか?」
「まあ、僕は腐るほど読み返したからね。
初心者陰陽師用に分かりやすく書かれていて、結構面白いと思うよ」
「なるほどな。
さっきの呪文みたいなやつも載ってるってことか?」
「うん、ただ呪文とか印はあくまで術のサポートに過ぎないんだ。それも、大多数の人が使いやすいようにカスタマイズされた、ね。
だから司みたいに才能がある人は無理に覚えなくていいかな。むしろ最初は変な癖を付けないために、どんな術があるかパラパラ見るだけで良いかも」
「了解。よし、面白い術がないか探して見よ」
楽しそうに本をめくる司。それに対して、僕の心は鉛のように重い。
これは、嫉妬だ。
とっくに捨てたと思ったのに、しぶとく生き残っていたらしい。
それと後悔なんかもある。
こんなにすぐ覚えられるなら、もっと早く教えるべきだったのだ。そしたら、司だけでも追い出されずに済んだのに。
ー-いや、今からでも遅くないかな?
そんな暗澹たる思いに沈んでいたからだろう、外の異変に気付かなかったのは。
ミシリ、と異様な音が右奥から響く。
――巨大な化け物が、入口から顔を覗かせていた。
緑色の肌、豚に似た醜悪な顔面と人間のような体、天井にまで届きそうな背丈。あまりに異様なそれに、硬直する。
のしり、のしり。怪物は動く。まるで王の凱旋のように。
それが持つ棍棒が見えた時、ようやく思考が現実に追いついた。
――ヤバい。
「司っ、モンスターだ! 逃げるよ!」
「あ、ああっ」
呆然とする司の手を引いて、出口へ急ぐ。
幸いそちらにモンスターの影はない。奴を撒きさえすればーー瞬間、凄まじい衝撃。何かが横を通り過ぎ、粉塵が舞う。
見れば、出口が横転したトラックに塞がれていた。横から力尽くに押し込まれたみたいに、車体をくの字に曲げて。
そこに多少の隙間はあれど、人が通れるほどは無い。
ぐふー。満足そうな吐息が背後から聞こえた。
――投げたのか、あんな巨大なものをこの場所で。
くそ、甘く見てた。どうして生徒会は300mにまで及ぶ防衛線を構築したのか、考えるべきだった。
ともかく今はこの状況をどうするか、だ。
奴の横を通って入り口から出るのは不可能に近い。エレベーターも使えないから……そうだ、非常階段があるんじゃないか?
視線を走らせる。あった、右奥だ。
視線の横で司が切羽詰まった顔で叫ぶ。
「あいつは、オークだ!
学園を襲撃してきた時、何人も犠牲を出して何とか撃退に成功した化け物っ」
「それは聞きたくなかったっ。
とりあえず僕が奴を引きつけて時間を稼ぐから、司はあそこの階段から逃げて」
「は? 何言ってんだよ、死ぬ気か!?」
「まさか。これでも陰陽術に関しては先輩だからね。奥の手がある。
だから学校に戻って救援を呼んできてよ。そんな脅威なら彼らも耳を貸すでしょ」
「……本当に大丈夫なんだよな?」
「うん。どうせ僕らだけじゃ倒せないんだ、ほら早く!」
「っ絶対に連れてくるからな、それまで死ぬなよっ」
「とーぜん」
苦渋に顔を歪ませて、司が去って行く。最後の最後まで僕を心配して、律儀な奴だ。どこかフワフワした気持ちで振り返る。
恐怖と暴力の権化がそこに立っていた。赤い双眼がニタリと嗤う。
ー-僕はこれから死ぬんだろう。
でも、これで良かったんだ。未来を思い浮かべる。司が彼らと合流した後のことを。
司のことだ、戦闘になったら陰陽術で手を貸そうとするだろう。あの才能を考えればすぐに術を進化させて活躍するかもしれない。
そしたら無能なんて言われなくなる。後は僕の失敗を生かして、浄化のことを隠すなりすれば良い。
ほら、これで清算完了。
司には辛い思いをさせるけど、このまま僕と一緒にいるよりましだ。
邪魔者はただ一人。カッコウの雛は、最初から僕だけだった。
それに、さっきの言葉もあながち嘘ってわけじゃない。
刀印を構える。絶望に震えてる手を使って。
「あいにく僕はクソみたいな人間だからね。自己犠牲の心を持ってるわけじゃないんだ。
だからまあ、最後の悪あがきに付き合ってくれよ。
あんただって、僕らで遊ぶくらい暇してたんでしょ?」
化け物がギャォォと咆哮する。
もし生き残れたら……そうだなあ、姿を隠して気ままに旅するのも良いかもしれない。
勿論隣には誰もいない。僕には友達も家族もいらないから。
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