第四話「追放と懺悔」



「悪いが、お前ら出て行ってくれないか?」


 相崎さんの口から信じられない言葉が吐かれる。

 ー-想定していた中で、最悪な展開だ。


「どうして、ですか? オレら悪いことしました!?」


 取り乱しながら、相崎さんに詰め寄る司。

 相崎さんは珍しく同情した表情で答えた。


「いや、無職のーー司だったか。司が悪いわけじゃねえ。

 人数が300を超えて、食糧事情が悪化している。

 周囲の食料はあらかた取り尽くしたが、現状の人数だと一週間も持たねえ。

 だから、近いうち人員削減をする予定だったんだ。役に立っていない人を中心に、な。んでその対象の中で話が通じそうな人間には、先に出ていくよう忠告してんだよ」


「それは、覆らないものなんですか?」


「ああ、八木会長含め、生徒会の人間が何度も考えて出した結論だ。状況が劇的に良くならない限り、変わらねえよ。

 お前らがここにいるのも万が一の場合を考慮して、だったんだがな」


「……」


 食料が足りないーー単純でどうしようもない理由だ。

 集団として生き残るためには仕方ない、とも言えた。納得できるかは置いといて。


 ――ただ、問題はなぜここで打ち明けたか、だ。

 あたかも善意のように言っているけど、それだけとは思えなかった。

 話し方からして、先に出て行くのを強制しているわけでは無いのだ。もし僕らがみんなに話して反乱を起こせばーー


 いや、もしかしたら追い出す口実を探しているのか? だから敢えて情報を渡して泳がせようとしてる?


「けど、篤史、お前は別だ。今すぐにでも出て行ってもらう」


「え?」


 急な名指しでの批判に戸惑う。どういうことだ?


「簡単に言えば、危険分子なんだよ。

 俺らのステータスを消せるんだろ? 気付かないうちにされたら、防ぎようがねえ」


「いえ、そんな便利なものじゃないんです。

 出来たとしても、長い時間触れていないと発動しない感じです。攻撃に使えるわけじゃありません、多分」


「だとしても、だ。その可能性があるだけで脅威なんだよ。

 俺らだって一枚岩じゃねえ。もし反対勢力に知られたら、面倒くさいことになる。彼らに知られたくないんだ」


「なら言いません。相崎さんから情報を上げてください。

 僕は生徒会の手下としてーー」


「ダメだ、さっさと出て行け」


 相崎さんの有無を言わせぬ口調に、黙り込む。


 ――何か別の理由がある。

 そんな予感がした。確かに彼の言うように危険はある。ただ彼らの武力をもってすれば、僕を力づくで従わせることもできるのだ。それこそ生徒会が危険と判断した人間のステータスを消す要員として使えばいい。

 諸々の損得を考えると、メリットの方が上回るだろう。

 なのに、相崎さんは頑なに追放しようとしている。


 ――まるで、生徒会に知られたくないかのように。


 追放の判断は彼の独断、とか? だとしたら何故そうした?

 有用だと思われたら困る? 僕の代わりに追い出される人に大切な人がいるから?


 ありそうな話だ。ただ重要な役なら、一人程度枠を増やしても良い気がする。

 それこそ何か劇的なことがーー


「――『職業』の再取得に危機感を覚えているんですか?」


「っ、そうだよ。お前のそれは今の状況を根本から変える可能性がある。

 今更、なんだ。今まで上手くやってきたんだからよ、かき乱さないでくれ」


「『浄化』前後で『職業』が変わる可能性は、多分相当低いですよ」


「それでも、だ。モンスターたった一匹で有能に化けるかも知れねえんだ。

 会長なら価値を見いだして繰り返すだろうよ。……そういう人なんだ」


 だからこそ隠しておきたいのか。その先に集団の安定があろうと、彼ら個人の安泰があるとは限らないから。


「……誰か、守りたい人がいるんですか?」


「どうだかな。ま、それもあるかもしれねえ」


 ふ、と相崎さんは苦笑する。

 周りの人たちも苦々しい表情をしながら、口を挟もうとしない。


 ――これはダメだ。

 彼は生産系の『職業』が増える未来を考慮して尚、それを否定してる。自分の箱庭を守るために、不確定要素を排除しようとしてるのだ。

 その身勝手さを、強さを、僕は味わったはずだ。


『ごめんなさいね、私たちには合わなかったみたい』


 誰かの声がする。遙か昔に何度も聞いたそれはーー


「分かり、ました」


 ーーああ、そうだ。最初から人を信じすぎていたんだ。

 本当に馬鹿だなあ、僕は。






 学校に戻ってきた後、寮の部屋で荷物の整理をしていた。

 与えられた猶予は一時間。その間に色々と準備しないといけない。

 とはいえ元々私物は少ない方だ。着替えや食料などを登山用のリュックに詰めただけで終わってしまった。


 座り込んで、回していた思考を加速させる。

 議題はどうやって生徒会長とコンタクトを取るか、だ。彼の言葉が正しいならそれで全てが変わる。司の追放も撤回できるかも知れない。


 ちらりと、ドアに視線を移す。その向こうには護衛組の一人が監視として立っている。

 戦闘で勝てるはずもないし、式神も警戒されていることだろう。どうにか裏をかかなければーー。


 コン、コン。


 ノックの音。一体なんだろう? まさか定期的に見に来るつもりか?

 警戒しながら扉を開ける。


「よっ」


「え、司?」


 そこにはあっけらかんとした様子の司が立っていた。

 ――どうしてここにいるんだ? 

 直ぐに出て行くよう言われたのは、僕だけだったはずだ。


 司は呆然としている僕の横を通り過ぎて中に入っていく。どしりと座ると準備途中のリュックをあさり始めた。


「おいおい、これだけしか持っていかないのかよ?

 漫画は? ゲーム機は? 仕方ねえ、ほらオレの分も入れてやるよ」


「ちょっそれはいいから……何でここにいるの?

 お別れは帰りに済ませたよね」


 二人で放り出されるか、集団で別の場所に移動するかでその安全性はかなり違う。僕と一緒に出たって何も良い事なんてない。

 だからこそ司にはその時までここにいるべきだ、と伝えたのだ。

 そこには、万が一僕の作戦が失敗した時、司に火の粉が降りかからないように、という言外の意図もあった。


 なのに、司は自分のリュックから荷物を取り出したりしている。

 これではまるでーー


「何言ってんだ。オレも一緒に行くんだよ。

 どうせ追い出されるなら、気心の知れた奴と一緒が良い」


「っ、じゃあ、ちょっと手伝ってよ。

 今会長に僕の能力を伝える方法を考えてるんだ。出て行かなくても良いかもしれない」


「なるほどな。

 でもオレの方にも監視がついてたよ。どうやら今日一日は見張るつもりだったらしい」


「欺くのは難しそう?

 ……いやよく考えたら、どうして司をすぐに追い出さないんだろう?

 情報を知ってる司は十分脅威になり得るよね」


「さあな。多分せめてもの良心だったんじゃないか。

 あいつら、凄い申し訳なさそうにしていたぜ」


「それだったらーー」


「もういいよ。篤史」


 司の諦念したような声に遮られる。

 ――一体何がいいのか。意味が分からない。 


「篤史の能力が認められ、追放を免れて、それで何になる?

 彼らには間違いなく恨まれるし、対立も生まれる。楽しい未来じゃないぜ?

 ……オレは誰かを蹴落としてまで、安全圏にいたいとは思えないよ」


「っそんなのーー」


 ――誰だってやってることじゃないか。

 その言葉は音を成すこと無く、消えていく。

 それを言ってしまえば、暗に否定することになる、彼の優しさを。認めてしまうことになる、己の醜さを。


 司が空気を変えるように明るく笑う。


「ま、仕方ない理由なんだし、受け入れようぜ。

 正直、修学旅行みたいでワクワクしてる自分もいるんだ。ほらオレってこんなんだからさ、誰かと旅行したことも無いんだよ」


「……」


「それに行きたいところもあるし。

 お、これなんかどうだ? やっぱり、どっかで発散しないとな?

 篤史はどう――」


「違う、そうじゃ、ない」


 のんきな様子の司に、思わず本音が零れた。

 何も知らないから、そんな風に出来るんだ。――僕の罪を。


「僕の、所為なんだ。僕が、悪かったんだよ」


 もう限界だった。このまま続けていても、見放そうとはしないだろう。

 だったら、全部ぶちまけてしまえ。壊してしまえ。……取り返しのつかないほどに。


「僕は変異前から陰陽師で、あそこで話したことは全部、元から出来たことなんだ。

 本当は、黒い柱が現れたとき浄化の力で防いだんだよ。僕らがステータスを得られなかったのは、その所為。

 ……黙っていて、ごめん」


 頭を下げる。これで、この関係も終わりだ。

 清算の機会は遠ざかったかも知れないけど、僕と危険な旅に出るよりはずっと良い。

 懸念すべきは、少し胸が痛むことか。まあ、それもいずれ慣れるだろう。

 ――僕はそれを繰り返してきたんだから。


 しばしの沈黙の後、大きなため息が降ってきた。


「はあ、そんなことだろうと思ったよ。あれから様子がおかしかったからな。

 別にいいよ。

 ステータスも危険性があるみたいだし、オレを守ろうとしてくれたんだろ?」


「え?」


 予想とは180度違う展開。

 顔を上げると、そこには労うように微笑を浮かべる司がいた。記憶の中の彼らとは、余りに違う。

 ー-どうして?


「本当に、いいの? 今まで辛い思いをしてきたんでしょ」


「何だ、疑ってんのか?

 さすがのオレでも善意でやったことを責めたりしないよ。

 それより、陰陽師って本当にいたんだなっ。もしかして、さっき言ってたこと以外もできたりするのか? ほら、妖怪を操ったりとか」


「い、いや、あれが全てだよ。

 本来ならそういうことも出来るけど、僕の才能じゃむり」


「まじか、ちょっと残念。

 く、もっと聞きたいけど時間がない。ここを出たら根掘り葉掘りじっくり聞かせてもらうぜ。ほら篤史も手伝え」


「ちょ、ちょっと」


 手を引かれ、リュックの前まで連行される。

 司の分を含め散らばった荷物達の中には、ゲーム機等の娯楽品の姿もあった。今は緊急事態で、しかもそのほとんどが壊れているのにも関わらず、だ。


「……」


 楽しそうに荷物を選別する司を盗み見る。

 ーーそこに嘘の色は見えない。

 今更ここに残ってくれとは言えない雰囲気に、思わず手伝ってしまう。


 ――本当にこれで良いんだろうか?

 そんな不安が胸の中で鎌首をもたげていた。



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