第二話「清算」



 『御度』という気がある。


 陰陽師にしか見えないそれはーー万物に宿り、ものを維持する役割を担っている。

 だから例えば、重症の病気に罹っている人は御度がボロボロだったり、逆に御度の勢いが強い人は滅多に病気ならない、といった感じだったりする。

 精神力や生命力といった方が分かりやすいだろう。


 ともかく、視界に映る彼らの御度こそが、真っ黒に染まったものの正体だった。


 ――果たしてそれが何を意味して、どんな影響をもたらすのか。

 僕には分からない。そんな現象を聞いたことないし、そもそもの原因である『瘴気』(暫定的にそう呼ぶことにする)の性質すら、まだつかみ切れていないのだ。


 ただ一つだけ気になるのは、その副作用だった。

 恐らくは彼らにステータスという超常の力を与えた瘴気。

 この世界は陰と陽が常にせめぎ合って成り立っている。どんな事象にだって裏は付き物だ。


 ――はたして、ただの恩恵で終わるだろうか?





 目覚めた次の日、僕たちは体育館で物資の分別をしていた。

 入り口付近に積まれた食料品などの物資(探索組から持ち込まれたものだ)。それを種類ごとに箱に詰めていくのが仕事だ。

 学校にいるほぼ全員は何かしらの雑事する義務があるとのことで、この役目を選んだ僕らと他数十人の老若男女が同じ作業に勤しんでいる。


 ――はず、だった。


「……結構、みんな真面目にやらないんだね」


 視界に映るのは、地面に座って談笑している男女。それも一人二人じゃない、半分ほどの人が、サボっていた。中には運営の生徒会を、これ見よがしに罵倒している人もいる。監視役として端に立っている青年の視線が痛い。


 ……何というか、この状況が続くと性根が腐っていきそうだ。


「一昨日、奪還作戦が成功して防衛線が広まったんだよ。

 そのせい、いやそのおかげでかなりの人数が転がり込んできて、人手が余ってんだな」


「なるほどね。でも施設のメンテナンスだったり、防衛に人が必要なんじゃないの?」


「どっちもそれ専用の『職業』の奴がやった方が効率的だからな。

 一応そのサポートに人員は割いてるけど、それでも過剰だ」


「有用な『職業』は少ないんだっけ?」


 変異後、僕らを除く全ての人間にステータスが出るようになった。

 そこにはゲームのように『職業』とスキル、それらのレベルが書いてあるらしい(HPとかの能力値はないようだ)。

 『職業』には『戦士』や『修理士』など様々な種類があるものの、その五割近くは第三職――戦闘にも生産活動にも関わらない役に立たずの職業に分類される。中には『先生』など本来の意味での職業だったり、『読書家』などの個性とも言えるようなものまであるそうだ。


 それゆえ、大多数の第三職の人たちはこうして雑用をやらされているのだろう。


「ああ。特に今回の増員は引きこもってた奴らが多いから、第三職の割合が多い。

 その上、モンスターとの戦闘も経験してないせいで、命がけで守ってもらっているって実感が少ないんだろうな。学校を囲う防壁のせいでその姿も見えないし」


 司が辛そうに視線を落とす。

 それに、何も言うことはできない。自覚がなかったのは僕も同じだ。実際、最初は今まで通りに過ごせると思っていた。

 ――だが違う。今の安全は、数え切れないほどの尽力のもと成り立っている。


 そして司は『職業』がないゆえにその力になれず、辛い扱いを受けてきた。


 ……ごめん、この借りはきっと返すから。


「おっ、心配してくれているのか。

 大丈夫、これでもだいぶマシになったんだぜ。最初の方は役に立てないのはオレだけだったからな。もっと風当たりはきつかったよ」


「え、司だけ? 他の第三職の人達は?」


「当時はかなりの人が死んで、人手不足だったからな。みんなで協力して生き延びていこうって感じだった。その中で、『職業』を得ようともしない奴がいたんだ。そりゃあ、みんな良い気はしないだろ?」


「確かに、ね。うん、納得」


 その光景を想像して、胸が苦しくなる。

 人は集団を守るために異端を排除しようとする。そのためにどれだけ残酷なことができるかを僕は知っていた。


「……どうして、レベルアップの儀式を受けなかったの?

 何か変わったかも知れないのに」


 気がつけば、そんな疑問が口から出ていた。答えを知っているはずなのに。

 ……本当は否定して欲しかったのかも知れない。


 『職業』のレベルは、戦闘のみによって上がり、レベルが上がるとより強いスキルを習得できる。そのため、戦闘職以外の人は護衛付きで戦闘経験を積ませる必要がある。

 ――それが、レベルアップの儀式。

 僕らが受けて効果があるかは不明だけれど、仮説が正しければステータスを得られるはずだ。


 司は笑う。何でも無いことのように。


「だから言っただろ。篤史が何かしたって思ったんだって。

 詳細を聞こうにも寝ちゃってたからな、待つしかなかった」


「そ……そっか」


 ――それでも、普通待たないでしょ。

 否定の言葉を寸前で潰す。司は僕を信じて待っていたんだ。八つ当たりみたいなこと、するべきじゃない。


 僕の様子に違和感を持ったのか、司が鋭い視線を向けてくる。


「……なあ、司。何か隠してることあるだろ?」


「うぇ、何でも無いよ。ちょっと世界が変わりすぎて、ついていけないだけ。

 本当に『職業』とかモンスターとか、あるんだよね?」


「まあ、司はまだ見てないから、信じられないよな。オレも変異前に同じ事聞かされたら、鼻で笑ってたよ。

 でも、残念ながら事実だ。オレたちはこんな世界で生きていくしかない」


「だよねー」


 二人で黙り込む。僕の誤魔化しに、司は納得していない感じだった。


 ――結局、司に瘴気や陰陽師について打ち明けることはできなかった。

 何にも、ならないからだ。清算に繋がるわけでもなく、ただ裏切られていた事実を教えることになる。教えるとしてもそれは、フェードアウトする時だろう。


 ――やはり、レベルアップの儀式を受けると決めて正解だった。

 心の中で自分の行動を正当化する。

 正直に言えば、あんな気持ちの悪い状態はごめんだ。可能なら払ってしまいたい。

 けれど、司には借りがあるのだ。力が手に入る機会があるなら、それは活用したい。


 それに、どうやらステータスは他人には見えないらしい。

 最悪モンスターを倒したふりをして、『陰陽師』になったとでも言えば良いだろう。スキルはーー心眼で、瘴気が見えるとかはどうだろう。

 その時に、周りにもステータスの危険性を訴えれば良いか。


 うん、我ながら良い案に思えてきた。これなら、例えステータスを得られたとしてもスキルの名前を変えて同じ事が出来る。


 霊符や他の陰陽術については考えものだ。僕には成長の余地が残されていないのに対して、スキルのレベルは使い続けることで上がるのだ。下手に役に立つと思われて、レベルを上げろなんて言われたら、逃げ道が無くなってしまう。

 ――なかなか難しいな。


「明日のレベルアップの儀式、楽しみだな。

 篤史はどんな職業が良い? 

 オレは王道の戦士系かな。やっぱり、モンスターとの真っ向勝負が燃えるぜ」


「僕は後方支援の職業が良いなあ。魔法使いとかだと尚良し」


 二人で、下らない雑談をしながら作業していく。


 ――こんな関係もすぐに終わりを迎えるだろうことを思いながら。


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