第26話

「皆は定期遠征については知っているかな?」


エリアルの籠手を作ってから数週間経ったある日の事。

私たちはユイナ先生からそんな話を聞いていた。


「はい、知ってます」

「毎年の恒例行事だからな」

「だるいよ、メル」

「仕方ないよ、パル」


どうやら初耳なのは私だけみたい。

全員在学しているから、新入生の私だけが置いてきぼりだ。


「はいはい、皆知ってると思うけど、一応説明しておくね」


ユイナ先生は説明を始める。


「皆は普段勉強ばかりで、息抜きしたいこともあるよね? 一応この学校から出ることはできるけれど、王都外には出られないよね」

「先生、早く結論を言ったらどうだ?」

「名前の通りだよね、メル」

「試験兼遠足兼ついでに息抜きだよ、パル」


ゼファーとメルティーナ、パルティーナが先生につまらなさそうに突っ込んだ。

真面目に聞こうと思っていたのに、空気の読めない人たちだ。


「私は詳細を聞きたいのですが?」

「ん? ……ああ、済まない。先生、続けてくれ」

「......はいはい、続けるよ。」


先生の話を聞くと、意外と面白そうであることが分かった。

クラスで複数のグループに分かれて王都東にあるラステリア高原に向かい、そこで定められたゴールに向かって進むそうだ。

道中には魔物の領域があり、生徒は基本的にこれを避けては通れない。

流石に貴族は危険があるため教師の引率があるみたい。


「........というわけで、俺は毎年一緒にはいられないので、把握していただけると嬉しい」

「カイレル、お前はどうせ居ても居なくても一緒にいて楽しい奴なんていないだろうが」

「こら、ゼファー君!」


ここの皆、出会って数週間なのに凄く仲良くなった。

私はまだ何も知らないから、仲いいと言っても限度があるけれど......それでも凄い。


「先生、質問なんだが........」

「うお!? ゲルブ、起きてたのか!?」


教室の背後から聞いた事の無い声がして振り向くと、いつも寝ているゲルブが顔を上げていた。

エリアルが滅茶苦茶驚いているのは見てて面白い。

でも、目の下にクマが出来ている。


「......眠れなかったんでな」

「それで、質問って何かな?」

「.......休んじゃダメですか?」

「ダメ。ちゃんと寝なさい!」

「は~い.......」


ゲルブはそれだけ言うと寝てしまった。

これは恐らく、その日は休んで居ないんだろうな..........


「そういうわけだから、一週間後に備えて各自課題をしっかり終わらせておくこと!」


そして、ユイナ先生の半ば強引とも思える宣言によって、今日の授業は終わった。









「はぁ.......」


私は中庭でため息を吐く。

レーナと会おうとしたのだが、沢山の女の子に囲まれていて中々話しかけられなかった。


「仲のいい友達が欲しいなあ.....」


エリアルたちとは仲良くなれたけれど、それでも友達というには遠い関係だ。

クラスメイトであって、友達ではないからだ。


「お前でもそんな悩みを持つものなのだな」

「............ゼフォーですか、何の御用で?」


私は後ろを振り向かず視認する。

そこには、壁に手を突いて立つゼファーの姿があった。


「散歩だ」

「あなたでも散歩をするんですね」

「最近運動不足でな」

「魔物狩りにでも赴けばよろしいのでは?」

「まあな、だからこそ遠征が待ち遠しい」


やっぱりこの人はおかしい。

私が遠征を楽しみに思う理由は、久々にいろんなものを”食べられる”から。

人間はいっぱい居るけれど、それに手を出したら私はもう魔物と同じだ。

でもこの人は、純粋に魔物と戦う事を楽しみにしているみたい。


「魔物と戦うのが怖くないのですか?」

「いや、恐怖がないわけではない。だがな.......手に入る魔石や素材の魔術的価値に比べればそんなものはどうでもいいだろう」

「やはり貴方は狂ってると思いますよ」

「飽きるほど言われたな」


ゼファーはそのまま踵を返し、男子側の宿舎内へと入っていく。

けれど、扉を開ける前に意外な言葉が聞こえた。


「...........だが、お前に言われると、何だか悪いことのように思えてならないな」


背後で扉が閉まった。

私は平和な雰囲気の中庭を見つめ、気分を落ち着かせる。

このところ、身体がうずいて仕方がない。


「(.............転移レピアを使うと、ゼフォーに捕捉されちゃう)」


しばらく擬態を解除していないせいで、押し込めたキメラ本来の肉体が露出しようとしている。

猛烈な不快感に毎日襲われているが、転移を使うとゼフォーに補足される可能性が高い。

転移先でゼフォーに見つかったら、私がバケモノって知ったら、ゼフォーはきっと私を殺そうとするはず。

仮に私が手加減出来てゼフォーが生き残っても、もう今のような関係には戻れない。

ゼフォーは魔塔の主でもある。

人間に擬態できる魔物である私を逃がすわけがないし、さっき素材の話をしてた。

素材の塊である私を見つけたら、それからもずっと素材としか見てくれない。

そんな予感がした。


「ぐっ...........」


その時、猛烈な吐き気が私を襲った。

同時に、胸の石が露出した。


「.........ッ!」


こみ上げてくるものを我慢しながら、私は胸の石をそっと埋める。

そしてそのまま、宿舎のトイレに駆け込んだ。




部屋に戻ると、私はベッドに倒れこんだ。

首席の部屋だけあって、ベッドも質がいい。

でも、そんな事は気にならないくらい身体が怠い。


「う、ううう................」

「ケイトさん!」


その時、扉が開いて誰かが入ってきた。

視ると、イザベラだった。


「大丈夫ですの!?」

「だい.....じょうぶです.....!」


イザベラは私を介抱してくれる。

そのお陰か、気分が落ち着いてくる。


「.....どうしてここへ?」

「うめき声が聞こえましたので.......ケイトさんらしくありませんから、何か重篤な事態が起きたのかと思ったのですわ」

「........大丈夫です、少しストレスが溜まっていただけなので」

「まあ! 一体何が原因ですの?」

「..............師匠に、少し厳しく言われただけです」

「師匠がいらっしゃったんですね、今はどこへ?」

「分かりません」


ああ、咄嗟についた嘘がどんどん大げさになっていく。

私は自分の軽率.....軽率って何?

あ、軽いって事か。

でも、軽いのを嘆くのはどうして?

悩みつつ、私は大人しくイザベラにベッドに寝かされた。


「ごめんなさい」

「構いませんわ、普段しっかりなさってますよね? きっとその反動だと思いますわ」

「.........そうかもしれませんね」


イザベラが勘違いをしてくれたので、これ以上嘘を吐かなくてもよくなった。

イザベラは凄い。


「ありがとうございます」

「礼には及びませんわ。でも....今度、エリアルに作ったというあの魔道具の詳細を教えてくれると嬉しいですわ」

「........分かりました」


私は頷いて、眼を閉じたのだった。

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普通の村娘でしたが、錬金術師に捕まった結果化け物になってしまったので正体を隠して生きようと思います〜自称“自重”少女の異世界冒険譚〜 黴男 @kabio3432

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