第23話

そして、一週間が経ち…私たちの暮らしている宿に合格通知が届いた。


「あ、開けますよ………?」

「どうぞ」


レーナが畳んだ紙を開け……ほっと肩の力を抜いた。


「ご、合格でした…」

「おめでとうございます。では、私も開けますね………」


合格していると良いんだけど…

え?

ええ?


「ケイト? どうでしたか…? まさか、不合格…」

「い、いえ…受かったは受かったのですけど…」


私の視線の先には、『首席合格』の字が書かれていた。

同封された書類に、首席の特権などがずらずらと羅列してある。


「あの…しゅ、首席で……」

「きゃああっ!! 凄いじゃないですか、ケイト! 流石は私の先生です!」

「そ、そうですか…?」


それなら…いいのかな?




謎の首席合格生の噂はあっという間に広がった。

噂の発端は、成績優秀と思われていたローレンス伯爵家の長男のカイレルが、席次三番だったことである。

カイレルが調査を依頼した結果、首席合格者は平民の娘であった。

しかし、それ以外の詳細が分からない。

それほど頭がよく魔法の才があるなら、もっと早くに有名になってもおかしくなかったはずだが、彼女は突然現れた。

それ故に、謎の首席合格生として囁かれるようになったのだった。


「それじゃあ、また放課後会いましょう」

「離れるのは寂しいですが、頑張ります!」


そして翌日、私はレーナに別れを告げていた。

成績優秀者のみが振り分けられる上級クラスに私が配属されたため、魔法科普通クラスのレーナと離れ離れになってしまったのだ。

レーナと別れた私は、学院の廊下を歩く。

上級クラスの方に人は全然おらず、足音は私一人。

だったのだが。


「お前がケイトか」


呼び止められた。

彼は……多分、席次三番のカイレル・ローレンスだと思う。


「初めまして、ローレンス様…ケイトと申します」

「挨拶はいらん、それより…ローモの魔法係数は常にどの数字を保つ?」


ローモ数…

確か、魔法師ローモが発見した法則で、一定条件に置かれた魔力は常に一定値を保ち続けるという内容だったはず。


「7、ですよね?」

「ッ………正解だ、まさか…試験に出ていない場所まで答えられるとは思わなかった」


あれ?

そうか、聞き覚え無いと思ったらテスト範囲じゃなかったんだ…


「一緒に行こう、案内する」

「ありがとうございます」


私はカイレルの後に続いて歩き出す。


「どこの出身なんだ?」

「サマナール領です、カイレル様」

「そうか、誰に教わった?」


あ、私の知識についてか…どうしようかな、平民がこんな頭がいいことなんて滅多にないし…

そうだ! 架空の師匠を作ってしまえばいい!

私、やっぱり閃きは凄いよね。

…竜王さん、作戦に穴はないよ。


「私の師匠である、レジンさんに教わりました」

「ほう、その者は今どこへ?」

「分かりません、私を孤児院に預けた後は行方がわからないんです」

「そうか…興味深いな」

「お役に立てず、申し訳ありません」


話をしながら階段を四階分上がり、教室へと辿り着いた。


「…ここが教室だ」

「ありがとうございました」

「気にしないで欲しい。首席合格者を引率するのは、席次三番として当然の義務だ」

「はい」


ガラッと音を立てて扉を開けると、狭めの教室に10人程が座っていた。

その中に、ゼファー・ウィルゴードの姿もある。


「おおっ、君が噂の首席合格者かな?」

「そうです、先生」


そして、教壇で教鞭をとっているのは…女の先生。

確か…ユイナ・リエレル先生だったかな。


「カイレル君は席に戻って良いからね」

「はい、先生」


カイレルは席に戻っていく。

残った私に、先生がある席を指さした。


「あそこの席に座ってもらえるかな?」

「分かりました」


その席は、堂々と机に突っ伏して居眠りをしている人の真後ろだった。


「先生、あの人は…?」

「ああ、良いんですよ。彼は…ゲルブ・ハーディスと言って、“研究目的で”留年を繰り返している問題児ですから」

「研究目的?」

「そうだね、この学院では研究生には支援がなされるから、彼はずっと死霊学の研究をしているわけで、度重なる留年が許されてるよ。今日みたいに寝てる日は…恐らく前日に、論文を徹夜で書いたか実験を一晩中やってたに違いないよ」


流石に上級クラスともなると、変な人がいっぱいいるんだなぁ…

そう思いつつ、私は着席する。


「それじゃあ、これから上級クラスの授業を始める………と言っても、私も皆も、お互い知らないことばかりだ。お堅く行こうと思っても、お互いを知らないんじゃ勉学にも励めない。馴れ合いが嫌いなら言って欲しいな、そうでないなら自己紹介をしよう!」


教室中から気のない返事が返ってくる。

めげずにユイナ先生は声を張り上げる。


「私は、ユイナ・リエレル! ここじゃなくて、南方の大森林生まれ! そこからちょっと北上した西の国で学んで、この学校まで来たんだ、宜しくね!」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


棒読みくさい返事。


「……真面目に行くのがそんなにいいのかな? ゼファー君、自己紹介をどうぞ!」

「……俺はゼファー・ウィルゴード。ゼフォーのクソ親父に言われて入学した。目的はただ一つ。ケイト、お前を調べ上げる事だけだ」

「きゃあああああああっ!!!!」


悲鳴が上がった。

何か起きたのかと思ったが、違った。

隅の方に座っていた眼鏡の女の人が、カメラ…と呼ばれている魔道具を使って写真を撮っている。


「イイわ! これが恋ね! 物語みたい!」

「あー…じゃあ、ついでに自己紹介をお願い」

「わたくしはイザベラ・クリステル! 魔道具の研究者として知られていますわ! もっとも、それらの魔道具は私の研究の果て! 究極のイケメン魔導人形を作る為の研究の副産物ですわ!」

「おおっ!? 魔道具か! オレの冒険に使えそうなのはねえか!?」


その時、イザベラの自己紹介に反応して、一人の男がガバっと立ち上がった。


「えーと、自己紹介ヨロシク」

「オレはエリアル! エリアル・オーゼンだ! Sランク冒険者やってたんだが、よく連む奴と口喧嘩で負けて、学が必要だと思って入った!」

「なるほどぉ、エリアル君はどんな場所を冒険したの?」

「そうだなぁ…飛竜がめっちゃ居る谷とか、天空に浮かぶ島とか、幽霊が蔓延る街とかだな! 全部一人で行ったけど、死ぬかと思った!」


ひょっとして懲りないのかな、この人…

死にかけたなら危険な場所に行かなければいいし、一人がダメなら仲間を作ればいいのに…


「…分かった、じゃあ次は…………ケイトさん、自己紹介出来るかな?」

「はい、ケイトです。苗字はありません。孤児で、偶々出会った師匠に様々なことを教わりました。それらの知識を経てもまだまだ生きていくには足りないと思い、この学院に入学しました。もっとも、本来の目的は普通科クラスのレーナ・サマナールお嬢様に魔術をお教えする為ですが」

「な、なるほど…真面目なのもいいけれど、もっと砕けてもいいんだよ?」

「善処します」


私はこの態度を崩す気はない。

誰かと関わるということは、その分だけ悲しみを背負うことになるということ。

何百人もの悲しみを背負うぐらいなら、私は孤児院の皆とレーナとゼフォーくらいで良い。


「次は……パルティーナさん?」

「あたしはパルティーナよ、メルティーナも自己紹介しなさい」

「あたいはメルティーナ」

「あたしたちは」

「火神と」

「水神の」

「「巫女」」

「この学校には」

「修行のため」

「あとは伴侶探し」

「のために」

「来た」


片方は黒髪に褐色肌、もう片方は銀髪に透き通るように白い肌の二人が自己紹介をした。

二人とも、双子なのか顔がよく似ている。

でも、双子でこんなに違うことって、あるのかな…


「じゃあ次は…ラウド君?」

「俺はラウド・リッターだ。王国騎士団長、クラム・リッターの息子。親の才能を6割くらい貰って、この間魔物の大量発生を食い止めて来たところだ」

「ラウド君は、親を越えたいとか思ってたりは?」

「当然思ってるが、一番理想的なのは、俺と同じくらい強いやつと一緒に騎士をやることだな!」


ラウドはB+ランク相当の強さを持っている。

これで限界とは思えないし、この先もずっと伸びるだろう。

付いていける人物は、果たして騎士になるかな……?


「最後は、カイレル・ローレンス君」

「私はローレンス公爵家の長男です、本学院には魔法科で入学しました。首席合格を目指していましたが、力及ばず次席三位となってしまいました」


そこでカイレルの視線が私とゼファーに向けられた。


「今後も皆さんとより良い関係を気付いていければいいな、と思っています」

「カイレル君はどのような魔法が得意なのかな?」

「そうですね…私は戦闘向きではないので、〈精査インタム〉を中心とした補助向けの魔法を習得しております」

「へえ…」


これで、全員の自己紹介が終わった。

授業が始まる。

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