第22話

図書館内は、とても広かった。

でも、驚くべきなのはそこじゃない。

まず、一面の壁は本棚になっていて、そこにぎっしり本が詰まっている。

勿論その周囲にも本棚がいっぱいあって、机の上で何人もの学者風、学生風、商人風の人たちが勉強していた。


「凄いですね…」

「これを全部読めば、テストで好成績を修められそうですね」

「冗談ですよね?」


私とレーナは三回目のチャイム(決められた感覚で鳴るらしく、これを目安に帰る人もいる)で集合しようと決めて別れ、それぞれの見たいコーナーに行くことにした。

私が見たいのは、知識面ではなくむしろ娯楽…小説のコーナーだ。

孤児院にも冒険ものの本が数冊あったけれど、全て読んでしまっている。

なので、他にどんな本があるか凄く気になるのだ。


「………すごい、小説だけでこんなにあるんだ」


小説のコーナーに行った私は、凄い量の本棚と対面した。


「当たり前と言えば当たり前ではあるがな」

「誰!?」

「俺だ」


突然声を掛けられた。

声のした方を見ると、そこにゼフォーが座っていた。


「何してるんですか?」

「俺がここに居たら拙いのか?」

「いえ…魔塔の主人がこんなところで本を読んでるのが不思議で…」

「俺はな、魔法に関しては天才だが、小説に関しては自力供給出来るほど才は無いからな」

「自分で天才って言いますか?」

「自他共に認める天才だからな、何か問題でも?」

「いいえ!」


まさか会うとは思ってなかった。

でも、魔術の天才がこんな場所で本を読んでるなんて、皆知ってるのかな?

知ってたら呆れそうだけど…


「何の本を読んでるんですか?」

「ヴァーリッシュ力学とボーリン伝導の関係性について」

「小説じゃないじゃないですか」

「俺がいつ小説を読んでいると言った?」


ゼフォーは何を読んでいるのか気になったので聞いてみたら、小説じゃなかった。

レーナが興味を持ちそうな難しい本だった…


「お前こそ、小説を読みに図書館に来るとは余裕だな」

「数日前まで〈転移〉も使えなかったでしょうに」

「俺にも知らない魔術はある。お前のあらゆる事が俺にとっては未知のものだ、出来る事なら俺はお前が欲しいんだがな」

「心にもないことを言わないでください」


私の魔法目当てなのは明確だ。

それが無かったら私はただの村娘だし…ね。

でも、孤児院の子供たちに好意を向けられたことはあっても、こうして大人の人からこんなことを言われると、ちょっとドキドキするような…


「どうせ女とくれば恋愛小説でも読みに来たんだろう、俺の背後の本棚の裏、数えて奥に二番目の棚にある」

「…ありがとうございます」


無愛想に締めくくったゼフォーは、これ以上話す気はないとばかりに視線を本に落とした。

はぁ…ドキドキして損した。

私はゼフォーの横をすり抜けて本棚の裏に周り、左に進んで二番目の本棚を見た。


『騎士団長様の秘事-上巻-』

『薔薇色の輪踊曲』

『王子様と女装騎士-Ⅰ-』


「ゼフォーさん!!」


恋愛は恋愛でも、これはいったい何なの…?

王子様と女装騎士ってことは、男の人と男の人が…?


「ん? あっただろう、恋愛小説が」

「お、男の人と男の人が恋をするものなんですか?」

「世界は広い、有り得ないと断言できるものなどこの世にないのだから、それは存在するだろう」

「そうなんですか…」


それなら、ちょっと読んでみようかな。

魔王さん、部下にそういう人が居たって、そういうことは秘密にしておくものなの!

恋はそんな無闇矢鱈に公開していいものじゃないんでしょ!


「あ、その事なんだが…そこにある『薔薇色の輪踊曲』は俺の部下が書いたものだ」

「そうなんですか?」

「会う機会があったら、全力で逃げるんだな。やつは女と女の恋愛にも妄想を働かせる」

「………!」


それは恐ろしい。

妄想をする人は皆怖い人だと学んでいる。

狂錬金術師も、物語の怖い魔術師も、皆妄想が大好きだ。


「……とりあえず、これにしましょうか」


本棚から抜いたのは、『銀と赤』という小説だった。

上巻しか無いけれど、きっと面白いはず。







とても面白かった。

生まれてからずっと不幸だった主人公が、剣を手にして色んなことを経験して、強くなって、勇者になる話だ。

上巻は、敵の暗黒騎士と戦うところで終わっていた。

創作かと思ったけど、魔王さんが「実話だ」と物凄く不機嫌そうに言っていたので、間違いないと思う。


「下巻はないのかな…」

「ここには貸出というシステムがあってな、現在は恐らく貸出中なのだろう」

「でも、貸しちゃってそのまま盗まれたらどうするの?」


本はとても高価なんだから、そんなシステムがあったら盗み放題だと思うんだけど。


「それを防ぐために、本には追跡用の魔術が掛かっている。それの解除には契約魔術第8位階までを修めていなければ不可能だ」

「なるほど…」

「モグリの魔術師に高い金を払って解除するくらいならば、素直に返した方がいいぞ。国内なら王国兵が動くであろうし、逃げ続ければ指名手配、賞金首で果ては高ランクの冒険者が捕まえにくるだろうな」

「怖いんですね」

「ここの本に魔法を掛けているのは俺の部下だからな」

「魔塔って凄いんですね」


勿論、使える魔術の数は大したことないんだろうけど…いろんな魔術師が集まることで一人の魔術師よりたくさんのことができるみたい。


「ああ、凄い……だが、俺はお前の方が凄いと思うがな」

「そうかな…そうですか?」

「ああ…」


私が考えに気を取られていると、ゼフォーは一瞬でこちらに移動して、私の手首を掴もうとしてきた。

慌ててかわして、後ろに下がる。


「何のつもりですか?」

「その動体視力、歳に見合わない魔力量、巧妙に隠されてはいるが、お前と会話している間に一瞬だけ見えたぞ。その強大な魔力…お前、人間じゃないだろう」

「……何を言ってるんですか?」


見抜かれた。

私は次に何をするかを考える。

まずは空間魔術で異次元に飛ばして、それから殺して…ああでも、殺しちゃうと怪しまれるから…


「まあいい」

「え?」

「お前が人間であろうと無かろうと、害を為さないなら俺たちはどうでもいいわけだ…ただ、その魔術には興味があるな?」

「……正体は明かさないで置いてやるから魔術について教えろ…という事ですか?」

「そうだ」

「悪党ですね」

「悪党だとも、悪党でもなきゃ魔術師なんぞやってられるか」


その言葉はなんだか、出会って間もないはずなのに彼の心の声のように聞こえてしまった。


「というわけで、ゼファーに勉強を教えてやってくれ」

「分かりました」


私は本を本棚にしまい、その場を後にした。

そして、丁度三度目のチャイムが鳴り響いた。

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