第21話

試験が終わった夜。

私は先にレーナを寝かせて、一人で作業をしていた。

なんの作業かといえば、写本である。

王都では中々一人になれるところがない。

なので、レーナが寝静まった時間に理由づけをするため兼、お金を自由に使うための理由付けとして内職をしているのだ。

レーナにも分ける予定だし。


トントン


その時、どこからか音がした。

私がそちらを振り向かずに見れば、バルコニーへの扉を叩く何者かが居た。


「………」


誰か、などという問いは無駄だ。

私はもうそれが誰かわかっている。


「こんばんは」


扉を開ければ、見たことのある顔…ゼフォー・ウィルゴードがそこに居た。


「何のつもりですか?」

「ただ会いに来ただけだ」


私は音を立てないようにバルコニーに入り、扉を閉めた。


「朝のこと…どういうつもりなのですか?」

「どういうつもりとは?」


ゼフォーは心底不思議そうに言った。


「俺はお前の魔法に、魔塔の主人として興味がある。だから学院に行く、これで答えになったか?」

「そうですか…まあ、興味があるなら学べばいいと思いますよ」

「そうさせて貰おう」

「……帰らないんですか?」


転移レピア〉で帰れるはずなのに、何故か帰ろうとしないゼフォー。

どうして帰らないんだろう?

あ、ヴァンパイアさん…うん、何か言いたいことがあるって?


「…何か言いたいことでも?」

「月が綺麗だと思わないか?」

「? 確かに綺麗かもしれませんけど…」

「今夜はカソスの月と言ってな、月が世界に近付き、魔術的に大きく影響する夜だ」

「それなら魔塔に帰って魔術の実験でもしたらどうですか?」

「はぁ……もういい」


ゼフォーは〈転移レピア〉を使い赤い光と共に消えた。

私はその場に残され、困惑するばかりであった。


「どうでしたか?」


部屋に戻ると、レーナが私に話しかけて来た。

寝ていると思ったけれど、物音で起きてしまったようだ。


「どうもしません、猫と少しお話をしただけです」

「ケイトは猫とお話しできるのですね、羨ましいです」


そういう魔術もあるのだけれど、動物は基本的に欲望に忠実だ。

貢ぎ物が無いと話もしてくれないことが多い。

幻滅するだろうし、適当に誤魔化しておこう。


「猫語を学べば可能ですよ」

「それはちょっと難しそうですね…」


私は服装を整えて、ベッドに潜り込む。

ゼフォー・ウィルゴード、そしてゼファー・ウィルゴード。

この二人が学院で及ぼすだろう可能性について、そして私が試験に落ちる可能性について、私は一晩中考え続けるのだった……







朝。

私は起きて、洗面所へと向かう。


「〈水球シィマ〉」


魔術で水を生み出して置いてあったボウルを満たす。本来であればその隣に置いてある魔道具を使うのだけれど、時間がかかる上に魔力消費も激しいので使っていない。

それで顔を洗う。

顔の脂とか、そういうものはもう出ないので、顔を丁寧に洗う必要はない。

顔についた汚れを洗うだけでいい。

それが終われば、洗面所の奥の部屋に行き、そこにある“浴槽”にお湯を満たす。


「〈温水球ミルド・シィマ〉」


派手な水飛沫の音が鳴り、部屋の方から物音がする。

レーナが起きたかな?


「…おはようございます、ケイト」

「おはようございます」


私はレーナが顔を洗う横を通り抜けて、部屋へと戻る。

まだ試験の結果が出るまでは日にちがあるから、今日は何をするべきか考えないといけない。

まずは、朝食だろうか…この宿は一応貴族や裕福な人間のために用意されており、部屋に運んでもらうか下の食堂で食べるかが選べる。

考えながら、私は服を着替える。

ゆったりとしたパジャマから、シャツとズボンを着る。

レーナが着ると少し目立つ服装だけど、私が着ると着痩せ(自分で体を調節)するのでちゃんとピッタリになる。

お風呂から出てきたレーナと一緒に歯を磨いて、髪を整える。

あとは、レーナの着替えを手伝って終わりだ。

楽な服装の私と違って、彼女は貴族の子女。それに見合った格好をしなければこの王都では舐められる。

サマナール子爵は気にしなくて良いと仰ったけれど、やはり私としても彼女がぺろぺろ舐められるのは避けたい。

洗濯が面倒臭いし。

え? 舐めるってそういう意味じゃないの?

じゃあどういう意味なの?







準備を終えた私たちは〈空間収納アサセル〉に荷物を入れ(一応盗まれるのを警戒して)、街へと繰り出した。

といっても、特に行くべきところがあるわけではないけれど…


「レーナ、どこに行きましょうか」

「そうですね…図書館などはどうでしょうか?」

「図書館…って何ですか?」

「あー…家に書斎がありましたよね? アレのもっと大きなものです。本がたくさんあって、色々な知識を手にできるんです」

「それはいいですね、行きましょう」


舐めるの意味も調べないと…

私とレーナは、図書館に向かうことにして街を歩く。


「凄いですね」

「そうですね…」


そんな感想しか出てこない。

王都は見たこともないような魔法の技術だらけで…って魔王さん、気になったものの解説をいちいちしなくてもいいから!




図書館は、大きな白い建物だった。

どんな建材で出来ているのか魔王さんに聞いたら、魔骨凝石という骨の成分が固まった石が魔力で鉱石化したもので出来ていると言われたけど、意味がわからない。

魔法攻撃に強い、と覚えておけばいいかな?


「これは?」

「どうやら中に入るためには、魔力認証が必要なようですね」

「そうですか…」


私とレーナは中に入り、少し進んだのだが…そこで背後の扉が閉まり、目の前にガラス玉乗った台が迫り上がってきた。


「じゃあ、入りましょう」

「ええ」


私とレーナは魔力認証を済ませると、図書館内へと入った。


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