第19話
そしてとうとう、王都へと出発する日がやってきた。
王都に行くために使うのは〈
今まで転移事故を防がないためにも触れさせなかったけれど、他の魔術がしっかり出来てきたので、いい機会だと思い転移に触れさせてみることにした。
私は王都に行った事がないのだが、魔王さんはあるようなので、座標を貰う。
「明日は試験ですから、着いたらゆっくり休みましょう」
「分かりました、ケイト!」
万が一転移ができなかった時は音速で王都まで飛んで戻ってくる予定なので、当日に転移するのは辞めておいた。
荷物を纏めて〈
「〈
足元に魔法陣が描かれて、私たちを下から青白い光が照らす。
次の瞬間、屋敷前の街並みが、巨大な噴水とその周囲の公園の景色に切り替わる。
「成功しましたね」
「凄い……さ、流石はケイトなのですね」
「そうですか?」
その時、私は背後から急接近して来る何かを感じた。
素早く反転して、その人物の胸倉を掴もうとしたのだが…
「…お前は腹筋が好きなのか?」
思ったより相手の背が高く、その手は胸倉ではなく腹筋に当たって止まった。
その人物は…茶髪に金の瞳を持つ、見知らぬ男だった。
「……あなたは?」
「おっと、俺はゼフォー・ウィルゴード。」
男はそう名乗ったが、私には全く覚えがなかった。
しかし、レーナはそうではなかったようで…
「ゼフォー....ウィルゴード? まさか、魔術塔の?」
「そうだけど?」
「け、ケイト! この人は王都における魔法研究の第一人者ですよ!」
「そうなんですか」
魔法研究の第一人者、とは言っても、人間程度の知恵じゃ私の知識にある魔術には一生届かない。
つまり、大したことはないのだ。
「今のは〈
ゼフォーは、その整った顔で懇願するけれど…
「〈
「ッ、何だ? その魔術は?」
「使えないのなら、使えるようになってから出直してください。魔法研究の第一人者というのも、大したことないんですね」
出直してください、のところで展開された〈
「ま…待て!」
「〈
私が描いた魔法陣が光を放ち、石畳の地面が隆起してゼフォーの視界を遮る。
「〈
私たちは、見えていた王都で一番高い塔、その上に転移した。
「レーナ、今から描く魔法陣を見ていてくださいね?」
「はい!」
「〈
身を隠す魔術だけでは、恐らく魔眼にある程度長けているゼフォーに見つかってしまう。
なので、存在と源泉を隠すことで魔眼に看破されないようにするのだ。
「出来ましたか?」
「はい!」
メイストなどは、幻霧魔術に属している。
これからも学ぶ機会はあるだろう。
そうして宿屋にたどり着いた私達は、荷物を再確認してから昼食を摂り、そして談笑しつつ明日の試験の内容の再確認を済ませて、後の時間はロッサスという駒を奪い合うゲームをして遊んだ。
「それでは、明日の試験も頑張りましょう」
「そうですね、お休みなさい」
ベッドは部屋を挟んで反対側。
私たちはおやすみと言い合い、眠りに就いた。
翌日。
私たちは試験のために準備を整え、宿屋を出た。
転移しようかと思ったが、昨日の今日でレピア〈転移〉を使えば、魔力をゼフォーに追跡されかねない。
そう判断して、徒歩で行く事にしたのだ。
「わぁ…」
昨日は急いで転移したので、街並みは見れなかったが…
魔力灯による街灯が規則的に並べられ、道はゆったりと広く、丁寧に舗装されている。
建物もサマナールリヒドの様に複雑に建てられているわけでもなく、余裕を持って並んでいた。
そしてそこを、見たこともない馬車の様なものが走っている。
「ケイト、あの馬車はどうやって走っているんでしょうか?」
「私にも分かりません…」
獣の唸り声の様な音を立てながら、馬なし馬車は道を走り抜けていった。
都会というのは、想像の倍を行くものなんだなぁ…
竜王さん、我の方が早いって…街中で竜王さんになったら、王都が潰れちゃうよ。
「あ、見えてきましたね」
「あれが…学院でしょうか?」
まず見えたのは、開かれた巨大な門。
そしてその背後には、巨大な建造物。
中央の、上に音叉の様な構造物の立つ塔を中心に、その周囲に屋根が巨大なドームになっている塔が立っている。
中心と周囲の塔は丸い空中回廊で繋がっている。
「凄いですね…」
「そうですね、恐らく中央の構造物は何らかの魔導装置で、その周囲の塔を使って何らかの手段で魔力を集めているのでしょう」
私の魔眼には、不自然な動きで流動する魔素が見えている。
「初見でそこまで見抜くとは、お前…何者だ?」
「あなたこそ、誰ですか?」
その時、私に声がかかった。
そちらを見ると、小太りの男が立っていた。
「は? 俺を知らねえのか? オマエ、そーとーの田舎もんなんだな、ちょっとはマシな眼してると思ったんだけどな…教えてやるよ、俺の名前はヴェイド・クラリクス」
「…ごめんなさい、記憶にありません」
王都に来てから、名乗られてばかりだ。
私も挨拶しないと。
「私はケイトと申しま」
「煩え、田舎もんの挨拶なんて要るかよ」
「そ、そうですか…」
瞬間、体のうちから殺気が漏れ出しそうになる。
ここでそんなものを出したら、試験どころじゃなくなる。
私は怒らなくても、皆が怒るから大変だ。
「もう行っていいですか?」
「待てよ、その隣の女は誰だ?」
「私は…レーナ・サマナールと申します」
「へえ! サマナール子爵家の…可愛いじゃねえか、俺と結婚しろ」
「それは…」
「安心しろって、俺の家は伯爵家だぞ? お前は美しいから、側室くらいにはなれ———」
つい、手が出ていた。
私の“つい”出た手で、ヴェイドは吹っ飛んで石畳に叩き付けられる。
「い…痛え…この…このクソアマ…!」
「け、ケイト!? 何をしているんですか!?」
「……人を自分の装飾品としか思ってないクズに、罰を与えただけです」
「へえ…まあいいぜ、お前…自分の行動がサマナール子爵家を破滅させるってことを知っといた方がいいぜ」
私は気付いた。
自分が愚かな選択をしたと。
「っ…申し訳ありません」
「はあ? 人に手をあげておいて、謝罪だけかよ! 土下座しろ、俺に助けてくれと頭を擦り付けて乞い願え!」
私は即座に、地面に頭を叩きつけた。
私はどうなってもいい、レーナに迷惑を掛けるのだけは…
「申し訳ありません! 私が全ての責任を負います、ですからレーナだけは…」
その頭を、ヴェイドが踏みつけた。
「その通り、その通りなんだよ下民。お前らの様な庶民はな? 俺たちに尽くして消えるべきなんだよ」
「は、はい…」
私の内から、怨嗟の声が湧き上がる。
私はそれを抑えるのに必死で、話をよく聞いていなかったが…
「よく見ると、可愛い顔してるじゃねえか…おい、試験は棄権しろ。俺の家でたっぷり可愛がってやるよ、庶民の反逆者のゴミでも穴はあるもんなぁ」
「っ……」
「お、なんだ? サマナール家を潰してやってもいいんだぞ? プチっ…となぁ! あははははは!」
「…………」
私は黙って、力を抜く。
そして、服の中に手が入れられ………
『何故、逆らわない?』
時が止まった。
目を後ろに向ければ、そこにはゼフォーが立っていた。
『お前の実力なら、ソイツ一人振り解けるだろう』
「振り解いて、どうすればいい? 私が振り解いたら、レーナの家が…」
『精神を操作すればいい、お前なら可能だろう?』
「本気で言ってるの?」
『俺は使えないが、上位の魔術には精神を操作するものもあるんだろう』
「………精神に影響を与える魔術は確かにあるけど、精神へのダメージなしで使えるものはない。ロクな訓練を受けていない彼に使えば、その精神を壊してしまう…そうすれば、結局私が何かしたってことになってその雇い主のサマナール家は終わる!」
私の頭では、結論を出すことなど出来なかった。
『しょうがない…貸しひとつだ』
「えっ?」
次の瞬間、時間が動き出す。
いや、この感覚は違う。
私の意識を何千倍にも加速させて、時間が止まったように見せていただけ。
時間を止めることはゼフォーには出来ないのだろうか…
「っ…」
時間が動き出したことで、ヴェイドの手が動き私の服の中を弄ろうとする。
「があああああっ!?」
だが次の瞬間、ヴェイドが真横に吹っ飛んだ。
私がそちらに意識を向ければ…
「誇り高い貴族サマが平民相手に白昼堂々嫌がらせか? 見下げ果てた野郎だな」
ゼフォーに似た、しかし彼とは違って私と同年齢くらいの美丈夫が立っていた。
「だ、誰だっ!?」
「ゼファー・ロート・ウィルゴード…魔塔王の継承者だ」
ヴェイドは一瞬呆気に取られた後、言葉の意味を理解したようだ。
「チッ……覚えてろよッ!」
そして、固まる私と、自慢げに笑うゼフォー…ゼファーがその場に残った。
「お前、面白いな」
「…レピアは使えるようになりましたか?」
「勿論」
本当?
と思ったけど、たしかにいきなり現れたし…
凄い学習速度………
「仮にも魔術王と呼ばれているからな…さて、〈
「い、いいですけど…」
「では、早速手続きをしてこよう」
そう言うと、ゼファーは赤い光を纏って消えた。
〈転移〉だろう。
光の色が違うのは、魔力の質が違うからだ。
「私たちも行きましょう」
「…そうですね」
私はレーナといっしょに、学院への道を歩き出したのだった。
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