王都編

第18話

ダンジョン帰還から、2年の月日が経った。

私は孤児院とサマナール家、魔女のお婆さんの家を行き来して、レーナの教育とお婆さんの研究を進めて行った。

院長とも最早主従関係ではなくなり、一緒に孤児院を運営する仲間として認識されていた。

そして、何度目かもわからない春を迎えた日……


「学院…ですか?」

「そうだ、王都ファルライトに存在する、王立戦士魔法学院、別名マーナシューレ…そこにレーナを通わせようと思ってな」

「それで…私はどうすれば?」

「申し訳ないが、王都に家を用意するので、そこで働きつつレーナの勉学の助けをしてやってくれないか?」


ロイドさんからそう提案され、私は少し考える。


「私が入学して手助けすることは出来ないのでしょうか?」

「残念ながら、子爵家程度のコネでは……お力になれず、申し訳ない」

「いえ、真っ向から試験を受けて入ればよいのでしょう?」

「なっ、それは…魔法学院であるとはいえ、魔法だけできたところで入学は難しいはずなのだが、自信があるなら出来る限り情報は渡せるが…?」


私が魔法学院の試験を通過できるかな?

そう思うが、直ぐに余裕だろうという声が返ってくる。


「お願いします、受験料は自費で払いますから」

「いや、特待生試験を受けるコネは提供しよう、学費は少々高いからな」


ロイドさんは、私に全力で支援すると言ってくれた。

なら、私も頑張らなきゃ。




勉強するために、まずは私はサマナール家の図書室へ案内してもらった。


「〈時空ラグノス・結界ファースゼード〉」


私は部屋全体に結界を張り、部屋の時間の進む速度を100万ほど倍速する。

これによって周囲の時間の速度は遅くなって、私は邪魔されずに勉強ができる状態になった。

ビリビリと衣服を破り、背中が裂ける。

背中から触手を生やし、本という本を片っ端から読んでは記憶する。

そんなことを数時間続け、私は知識のみを身につけることが出来た。

でも、知識のみではだめ。

礼儀作法とかは、毎回思い出してたら不自然だ。


「理解しなきゃ…」


頭で理解することが重要なのだ。

私は触手を戻して服を〈修復ラプレス〉で直す。

そして、適当な本を手に取って読む。

文字は見ていない。

ついでに、〈時空ラグノス・結界ファースゼード〉を解除しておく。


「ふむふむ…えっ、そこが違うんだ…」


記憶した文章を、頑張って理解する。

わからないところは、魔王さんや竜王さん、その他のエライ人が教えてくれる。

私は順調に、知識を身につけて行った。

陽が傾き始めた頃、扉が開く音がした。


「誰だ、何をしている?」

「あ、私は…」

「ああ、レーナの先生とかいう女か」


扉を開けて入ってきた男は、私に厳しい視線を向けた。

あっ、魔王さんダメ!

世の中みんながみんな礼儀正しいわけじゃないんだから!


「私になんの用でしょうか?」

「ふん、俺の名前はゼイン・ローテ・サマナール。妹に貼り付くノミめ、即刻出ていけ」

「待ったぁ! ゼイン、いい加減にしろ!」


その時、扉を開けてロイドさんが入ってくる。


「親父! 平民の、しかも孤児を囲うなんて何を————痛え!?」

「馬鹿者、ケイト殿は高位の魔術師だぞ」

「はぁ? 騙されてるんだよ親父…証拠を見せてみろ!」


証拠、証拠かぁ…


「分かりました、〈転移レピア〉」


私は転移陣を床に浮かべ、ゼインさんとロイドさんを巻き込んで転移させる。

次の瞬間、私たちの姿は街から離れた丘の上にあった。


「なっ…なんだこれ!?」

「言っただろう、ゼイン」

「幻術だっ! そうに違いない! 今すぐこいつを…」

「〈天候操作ラトグマ〉」


私は高速で魔法陣を描き、空に向ける。

次の瞬間には…


ザアアアアアアアアアアッ!


「な、なんだぁっ!?」

「あ、雨が…!」


豪雨が降り始めた。

私は魔法陣を更に変化させる。

すると…


「ゆ、雪!?」

「ゼイン、この白いのはなんだ!?」

「雪っていう氷の塊みたいなやつだ! 俺の遠征先ではよく降ってたんだが…どうしてここで!?」


雪って、こんなに冷たいんだ…

私は降ってきた雪に触れて、冬の石壁に触れた時のような感触を感じた。


「そろそろ元に戻しますね」

「あ、ああ」

「頼む」


私が魔法陣を元に戻すと、雲が晴れ元の晴天へと戻った。


「信じていただけたでしょうか?」

「勿論だ…」

「だから言っただろう、ゼイン、お前はいつも行動が先だが、事実を確認してからでないといつか酷い目に遭うぞ」

「分かったよ!」


ゼインさんは顔を赤くして怒りつつ、私に向き直った。


「す、済まない…」

「いいえ、平民だと下に見るのも分からないわけではありませんから…」


事実、ずっと幼い頃。

村に来ていた役人は貴族だったらしく、私たちをずっと見下していた。

平民はみんな、貴族に消費させられる存在でしかない。

王の金の血、貴族の青い血、平民の赤い血。

金は青に、青は赤をそれぞれ使い潰す。

逆はない。

有り得ないのではなく、絶対にない。







「本日はありがとうございました、ケイト」

「ええ、また今度」


私は門を出て、しばらく歩く。

すると、屋敷の二階の窓から、ゼインがこちらを見ていることに気がついた。


「何だろう?」


分からないけれど、今は関わらない方がいい。

私は〈転移レピア〉を使ってその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る