第15話

第八、第九フロアは全く同じ構造だった。

そして、私達は第十階層へと辿り着いた…


「…はい、出来たよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう、フィル」


十階層は休憩階層…とでも呼べば良いのか、庭園が広がり、水の枯れた噴水などが建っている。

周囲に魔物の気配はない。

というわけなので、私達は野営する事にした。

私が出した鍋や食器、簡易着火魔道具などを使ってフィルが料理を作る。

メニューは塩漬け肉を保存野菜と共に薄味のスープに入れたものと、持ってきていた保存用の堅焼きパンである。

そのままでは塩辛すぎる肉と、水気のない野菜を薄味スープに入れることでスープを完成させ、堅焼きパンをスープに浸すことで柔らかくなり美味しく頂けるというものだ。

本当は葡萄酒やらドライフルーツやら、用意するべきなのだろうけれど…今回は長期戦ではない為持ってくる必要はないと判断した。


「ずずず………あ、美味しいですね」

「貴族のお嬢さんには少々粗末な食事だけど…」

「そんな事はありません!」

「………」


私は静かに味わう。

この身体になってから、寒さや暑さ、痛みや苦しみ、眠気や疲れ。

そういったものから解放されて、それらは過去に存在する色褪せた記憶と成り果てた。

でも、味覚だけは…

味覚だけは私に残された最後の感覚。

1日でも食べずに居れば、私はだんだん人間から離れていってしまうだろう。

故に、味わって、楽しんで完食する。


「美味しいかい?」

「はい、とても」

「実は孤児院の食事は、一週間に2回は僕が作ってるんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、いつもヘンネにやらせる訳にもいかないからね」


ヘンネというのは、孤児院で働いているおばさんだ。

怒った時が怖く、皆から鬼婆と呼ばれているが、彼女が子供達を思う気持ちは本物だ…って竜王さんがしみじみと言っていた。

何でわかるの? って聞いたらお前も人の親になれば分かるであろう、って返された。


「道理で……私が来た頃にフィルが担当してたご飯はあまり美味しくなかったんですね」

「ガーン!!」


フィルが頭を抱えて倒れ込んだ。

私は駆け寄って介抱する。


「落ち着いてください、フィル。今は美味しいですから…」

「う、嘘だよね? だって初めて君が来た日、僕が作ったのを食べさせたら、笑って美味しいって…!」


それはそれまでまともな料理を食べていなかったからなのだけれど、黙っていた方がいいと魔王さんと竜王さん、悪魔の大公爵さまが口々に言っているので、私は黙ることにする。


「はい、初めて食べた料理は美味しかったです」

「はっ、そうか…生まれた頃から料理なんて食べた事がなかったんだよね、僕の早とちりだった…最初の料理に比べたら、普通の料理なんてそこまで美味しいわけじゃないか…」

「充分美味しいですよ…」


私とフィルは、その後数時間の間問答を続けた。




食後のハーブティーも飲み終え、しばらく明日の残り二階層の突破について相談を終えた私たちは、就寝することにした。

私は本来寝る必要がない為、寝つつ寝ずの番をする。


(…思えば、こうして心が疲れたのはいつぶりだろうか?)


洞窟の天井を見ながら、私は思う。

気遣うような意思が心に浮かぶが、私はそれを大丈夫だと宥める。


(私、今は幸せですよ…お父さん、お母さん…)


錬金術師に弄られた身体であるし、精神もかなり変質してしまった。

でも、記憶までは穢せない。穢させない。


(明日は混乱して魔力を乱すなんて事、絶対しないようにしなきゃ)〈殲滅ヴァルガドム・波動ジェルサイエブ〉をあんな岩の魔物程度に使うほど追い詰められたのも、私の認識が甘かったから。

明日こそは…明日こそは……………







気付くと、既にフィルが起きて作業をしていた。

焚き火の片付けだ。


「あ、起きたかい?」

「はい」

「悪いんだけど、顔は自分で洗ってね」

「了解です、〈洗浄クラナ〉」


私は自分の顔を〈洗浄〉で洗う。〈洗顔フェサリス〉とは違い、こちらは冷たくない故に冬でも嬉しいものだ。

暫くすると、レーナも起きてくる。


「おはようございます、ケイト」

「おはようございます、レーナ」


私はレーナに水瓶を渡す。


「それで顔を洗ってください」

「ありがとうございます、ケイト」


レーナはその水瓶で顔を洗い、布を浸して身体を拭いていく。

私は汚れないので、必要はないのだが…なんだか懐かしい気持ちになる。




朝食……パンに〈空間収納アサセル〉から出した卵を焼いて乗せたものを頂き、私たちは11階層に足を踏み入れた。


「ここは……」

「休息を取っていて良かったね、これは苦戦するよ…」


扉の前では、あまり見かけなかった冒険者数人が屯していた。


「この先はボス部屋だぜ、準備はできてるか?」

「勿論だよ」


ボス部屋とは、ダンジョンの免疫である魔物、その最終防衛ラインだという。

殆どのダンジョンはコアが破壊されず生かさず殺さずで維持されているので、ボスも無限に湧くのだと竜王さんが言っている。


「ここでは死んでもお終いってわけじゃなく、装備品を失って外に戻される。出来れば死にたくないけど、無くした装備は勉強料って事からね、進むかい?」

「はい!」

「私は援護に努めますが、危なくなれば直ぐに手を出します」

「「了解」」


私の言葉に、二人は頷いたのだった。

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