第13話

謎の塔地帯を抜けた私達は、第五フロアへと到着した。

暗い迷宮のような場所で、天井から生えている水晶が放つ光で薄暗いものの周囲が見渡せる。


「気を付けて、ここはギルドでも警告されている場所だ」

「とくに気をつけるような要素はなさそうですけど…?」

「特定の時間になると、ここを照らしている明かりが全て消える、その隙を狙って魔物が襲いかかってくるのさ」


ここに出る魔物はラピッドベア、ブラックウルフ、ピットスライムの三種類だ。

足場も悪く、暗い空間だと彼らにとって私たちはいいエサだろう。

もっとも、私にとっても、いい「餌」なんだけれど……


「! 暗くなるぞ!」

「〈結界レクリガード〉!」


レーナが、結界を構築する。

魔物相手ならこれくらいの結界でも充分だ。

その隙に私は、自分の腕をもぎ取る。


「元気でね〜」


腕は途中で原型を失い、そのまま地面に潜って行った。

私は再び腕を生やし、何事も無かったかのように前を向いた。


ウオオオオオオオ!!!!


その時、咆哮が空気を揺らす。


「ひぅ!」

「気を強く持って! 結界が揺らいだらおしまいだよ!」


光魔術を使えば….と思うかもしれないが、それは要らぬ魔物も引き寄せることになってしまう。

それに、使わない理由もある。


ギャアアアアアアア!

グゥオオオオオオ!!!!

ヒィィイイイイイ!!!!


そんな声が周囲から反響し、気付けば静寂が訪れていた。


「い、居なくなった……?」

「そうみたい…ですね」


同時に水晶が灯り、周囲が明るくなる。

私は地面を破ってきた腕だったものを足に接収する。

うんうん、久々に充分な栄養が摂れた。

私が何をしていたかというと、暗闇に乗じて引っこ抜いた腕を分身にし、分身に周辺の魔物を食べられるだけ食べて貰ったのだ。

これによって、私は余分なエネルギーを更に確保することが出来た。

これは私の中の魔物の器官によって魔力に変換される。

ヨルド大遺構に来る前に行った魔術で消費した分を、なんとか補えたようだ。

ご馳走様。




第五層を抜けると、今度は街に出た。

いや、街かどうかは微妙なところだが。

街の廃墟に出たというべきか。


「ここ……昔は人が住んでいたんでしょうか?」

「いや、そういう記録は残されてない。だからこそ謎なんだとさ」


フィルの言うことは間違っていない。

ヨルド大遺構は、いつの間にかそこにあった文明の跡だったのだ。

ヨルド大遺構の外に、その文明の生活跡は無く、まるでどこから転移してきたかのようだった、と本で読んだ。

そもそも構造として謎なのだ。

この遺構がどうやって作られたかも想定出来ない。……って魔王さんが言ってる。

魔王さん、私の代わりに色々難しいことを考えてくれるので、凄く助かっている。

でもお礼を言うと、不思議そうにする。

自分の下についている人たちを守るために毎日難しい事を考えているうちに、すっかり癖になってしまったらしい。


「気を付けてください、魔物の気配がそこら中に」

「それはそうだろうね」


形を保った建物が沢山あるのだから、そこで寝泊まりする魔物は沢山いる。

私はその気配を素早く感じ取り、伝えた。


「……家屋内に人型の何かが複数いますね」

「人型って事まで分かるのかい?」

「足音ですよ、後は呼吸音の位置。」

「僕には聞こえないんだけどな…」


私の耳は特別だからね。

隣町までは流石に無理だけど、同じ街の中なら離れた場所で話している二人の囁き声も聞き取れる。


「とにかく、レーナ…〈存在サーク・感知アスラル〉を常時狭域に絞って使用しながら進んでください」

「分かりました!」


存在サーク・感知アスラル〉は魔物には不要の、人間が作り出した人間のための魔術だ。

私には不要だけれど、彼女は狙われそうな立場になることがあるだろうと思って、授業を始めた頃に教えたうちの一つでもある。

私たちは、レーナを先頭に廃墟の中を進んだ。


「ッ、来ます!」

「よぅし!」


しばらく歩いていた時、突然レーナが叫んだ。

次の瞬間、屋根の上から何かが飛び降りた。

それはずんと地面に着地して——————


ガォアアアアアアアア!!!!


咆哮した。

それの正体は、オーガ。

凄まじい巨体とそれ相応の膂力を持ち、

普通の人間であれば、遭遇した瞬間死に至る、最凶の魔物。


「ステップ!」


しかし、フィルは怯まず踏み込んだ。

オーガが咆哮を上げてフィルを狙って剣を振り下ろす。


「ディフェンシブフォーム!」


フィルは武技スキルを発動させて剣の軌道に割り込んだ。

オーガの顔が愉悦に歪む。

ああ、なんと愚かなのだろうか、と。

その程度の武技で自らの膂力を上回れるはずが無いのに、と。


「カウンター!」


しかし、フィルは剣を真っ向から受け止める気など毛頭なかった。

武技による動きで、フィルは剣を強引に弾き飛ばしたのだ。

剣が圧倒的な力で押し返され、オーガは一瞬腕の力を抜く。


「ハイジャンプ! ハイスラッシュ!」


フィルは高く飛び上がり、自身より高い位置にあるオーガの頭を狙う。

剣は確かにオーガに届き——————


グオオオオオオオオオオオオオオ!!


頭から股間までを縦に切り裂いて、オーガを絶命させた。


「ふぃ、フィルさん、凄く強いんですね!」

「え、あー、うん、強いんだよ僕は」


はあ、危ない危ない。

咄嗟にフィルを強化してなかったら死んでいたかもしれない。

蘇生は出来ないこともないが、気軽にするものでも無い。


「はっ」


私は広域の〈存在サーク・感知アスラル〉を発動させて、遺跡内のオーガの位置を特定する。

そして、それをレーナの〈存在感知〉に共有した。


「ぴっ!?」

「オーガの位置を共有しましたから、次は出会わないようにしましょう」

「わ、分かりました!」


補助系の魔術は精神とリンクしているため、下手に割り込むと精神に干渉してしまう。

なので、これが私に出来る最大の努力なのだが………それでも多少のショックは与えてしまうか…


「ごめんなさい、痛かったですか?」

「痛みはないんですけど、少し吃驚しました」

「申し訳ありません」

「謝るほどの事じゃありません、行きましょうケイト」

「ええ、レーナ」


私達は慎重に足を進めつつ、第六層を突破した。

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