第10話

「何だか、不思議な所にあるのですね」

「そうかな?」

「そうですよ、フィル」


私は院長先生…フィリックス縮めてフィルに言う。

ヨルド大遺構は内部こそ広大で恐ろしいが、その入口は森の中にぽつんと霊廟があるだけである。

勿論、その横にはテントが張られており、霊廟入り口には警備兵が居るのだが。


「いつもお疲れ様です」

「いえいえ、それが役目なもので」


私たちは挨拶を交わしつつ霊廟の中へと入る。

外の光が消えるまで進むと、目が慣れて先が見えてくる。


「あそこに階段がありますね」

「え、本当ですか? 夜目なんですね……」


あっと、そうだった。

私は目で物を見ていないので、暗闇も普通に見える。


「……なるほど、左右に松明があるね」


慣れてきたのか、フィルが言う。

目をやると、確かに火の付いていない松明があった。

私達は静かに階段を降り、地下深くへと潜る。


「わぁ………」


階段を降りた先は、不思議な空間だった。

あちこちに石が露出しているのだが、それが発光している。

それによって地下であるのに明るく照らされているのだ。


「〈任意対象指定ロカーネ〉」


私が呟いた言葉を、フィルが拾った。


「ん?」

「〈光の《リクス》・ウアロ〉」


私の手から光の矢が無数に放たれ、光の届いてない暗がりにバラバラに飛び、そこにいた魔物に直撃した。


「何を…?」

「凄いです、ケイト! それは空識魔術と光魔術の合わせ技ですよね!」

「そうですね」

「ああ、スライムか…たしかに暗所での戦闘はお嬢様にはまだ早いよね」


霊廟に入って数秒で暗闇に慣れたフィルと違い、レーナは目がすぐ慣れなかった。

暗闇で行動する事に慣れていない様子だ。

私が倒した魔物は、


◇洞窟スライム 討伐難易度20(E-冒険者級)

魔力容量は魔術師では無いフィルよりも劣る。


なのだが、水の様なのに形を持って動き回るため大変見辛く、物理攻撃が効かないの数が多くなると厳しい。

というわけで第一フロアは一旦飛ばす事にしたのだ。

第一フロアを少し進むと、次のフロアへの階段が見えた。

こっちは丁寧に舗装されている。


「ここが本当の入り口…って事かな」


フィルがそう言った。

つまり霊廟→中間地点→遺構という事なのだろう。


「気を付けてください、これより下は知性のある魔物も出ます」


ゴブリン、レッドキャップ、オーガ………

あげたらキリがないほどだ。

ウィルオーウィスプや死霊なども現れるそうだし、聖魔術を覚えておいてよかった。

あ、ちなみに私に浄化や聖属性は効かない。

自分に精査を掛けてみても不明としか出ないので、魔物であって魔物では無いのかもしれない。




第二フロアについてしばらく歩いていると、物音がして身構えた。

気のせいかと思ったが、フィルも身構えている。


「いるね」

「そうですね…〈周辺探査球サテラス〉」


私は魔力球を浮かべ、周囲を一瞬にして探査する。

そうすれば、近づいてきている者が何かが分かった。


「洞窟ゴブリン、2時の方向に三体と7時の方向から五体近づいて来ます、挟み撃ちでしょうか」

「だろうね、君が殲滅してもいいだろうけど……それは最後の手段に取っておこう、レーナ嬢さん?」

「はい」


との事なので、私は〈隠匿アサス〉と〈魔力隠匿マナルス〉を自分にかけて岩陰に隠れた。


「向こうはまだこちらが気付いているとは思ってない、短期決戦で行くよ」

「分かりました」


ボソボソと会話を終えた二人は、それぞれ準備を整える。

フィルは剣を抜き、レーナは詠唱を開始する。


「はああっ!!」

「〈火焔弾バラード・フレジア〉!」


フィルが切り掛かる直前に、レーナが上空に火焔弾を撃った。

いい判断だ。

あれで一瞬ゴブリンの注意は上に逸れた。


「〈雷撃弾バラード・エレクラ〉!」

「ギャッ!!!」


雷撃を喰らったゴブリンが悲鳴を上げる。

さらに、反対側では…


「パワーマッシュ!!」

「ウゴッ!!!」


フィルが剣を棍棒の様に振るい、武技と呼ばれる特殊な技術でゴブリンを倒していた。


「アッパースラッシュ!」

「ガアアッ!」


あっという間に二体を処理したフィルだったが、背後から別のゴブリンが迫る。


「バックメイル!」


ゴブリンの背後からの一撃を、硬くなった背中が受け止めた。

そのまま反転したフィルは、剣でゴブリンの腕を斬り飛ばす。


「ギィアアアア!!」


暴れるゴブリンに、フィルがトドメを刺した。

反対側でも、一方的な戦闘が終わろうとしていた。


「〈炎鳥雛の群れ《サラード・ライジ・フレジア》〉」


あっ、大分えげつない魔術を使っている……

炎が形を変え、可愛らしい雛の姿をとる。

そしてピヨピヨと泣きながらゴブリンに飛んでいき…大爆発を起こす。


「ゲッ、ゲャアアアア!!!!」

「ギアアアアア!!!」


炎は消える事なくゴブリン四体を火炙りにし、

その周囲で残った雛たちが次々と爆発して逃げ道を塞ぐ。

数秒もしないうちに肉の焦げる嫌な匂いと共にゴブリンの焼死体が出来上がった。

地獄絵図である。

そしてそれを作り出した本人は………


「あっ、あ、ああああああっ……」


顔を覆って、悲鳴とも悔恨の声ともつかぬ声をあげていた。


「大丈夫ですか?」

「は…い、まさかこんな事になるなんて…」

「大丈夫かい? 戻ろうか」


寄ってきたフィルがそう提案する。

入口も近いし、ショックなら戻ろうかという正当な判断だ。


「いえ。大丈夫です!」

「そっか…」

「……………」


命を奪うという行為に、私は罪悪感を抱かない。

それは人間ではないから、ではなく慣れてしまったから、である。

慣れたのは私じゃないけれど、彼らと一つになった以上私もその慣れを引き継いでいる。

でも、きっとレーナにはきついはずだ。


「連れてくるべきでは無かったかもしれません」

「いいえ、そんな事はありません!」


私の余計な考えで、レーナに一生消えない傷を植え付けてしまった。

私のせいで——————


「そもそも、あの魔術を使うと決めたのは私ですから! ケイトは何も悪くありません。次はもっと弱い魔術で行きます」

「そうですか…」

「私、ケイトが言った意味がようやく分かりました。力には責任が伴う……私がこの力を振るえば振るうほど、責任が生まれる………だからこそ、学んで、経験して、力と上手く付き合っていかなければいけないんでしょう? 違いますか?」

「そうですね……」


……まあいいか。

どんな選択をして、どんな結果になろうとそれはその人個人の選択だ。

大元になった事柄を自分のせいだと嘆いても、個人の所業まで予想して制御できるわけではない。


「進みましょう」

「そうだね」

「そうですね!」


私達はまた立ち直り、歩き出した。

ヨルド大遺構は全部で12フロアの中規模ダンジョンだ、こんな所で立ち止まっていられない。

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