第9話
「レーナ、大分魔術が使える様になりましたね」
あれから数ヶ月後。
私はレーナにそう言った。
レーナも慣れたもので、火魔術第16位階魔術『〈
「そうですね、ケイト。」
「けれど、経験が足りません」
「いつも仰られていますけど…私が経験を積んで良い事があるのでしょうか?」
レーナが何を言いたいかは理解できる。
いずれ花嫁になる自分が経験を積んだとして、それが何の役に立つのか、だろう。
「…力には、責任が伴います」
「はい」
レーナは私の言葉を待っている。
私は、決まった答えを言うだけだ。
「ですから、使わない力であっても経験は必要なのです」
「そういうものですか……」
私は元は偉かったのだろう意識の中の人達から、口を酸っぱくして…口があるかは分からないが言われていたので、自分の力に付随する責任についてよく理解していると思っている。
その気になればこの国とまでは行かないけれど王都を一瞬で灰塵と化せられる力、これを制御しなきゃいけないというだけで心が重い。
「というわけで、前々からダンジョンでの授業を申請しています」
ダンジョン。
迷宮、魔物の領域、魔窟、深淵、秘境、魔境。
様々な形で存在する、古代の遺物…らしい。
モノによっては古代に結ばれた神々の盟約…約束の様なもので生み出されるものもあるそうだが。
「でも…許可されないのでは?」
「護衛を付ける条件でなんとか通ったんですが、護衛が中々見つからなくてですね……」
行く予定のダンジョン『ヨルド大遺構』は私達の暮らす街、サマナールリヒドの南西にある大きな遺跡で、底にある出口まで進めれば転移で脱出できる、というタイプのダンジョンだ。
ダンジョンを形成する核となるダンジョンコア、迷宮核、深淵石、秘石の様なものはまだ見つかってないので、定期的に学者が立ち入っているそうな。
「一応、この街の近くで活動されている〈夕刻の
「やっぱり、無理なのでは?」
この街にいると言われている、救国の英雄だがC+ランク冒険者、フィリックス・アンソルの手が借りられればいけそうだけども、所在も分からないし報酬もそこまで出せるわけではない。
私の自腹でもいいけれど、それは最終手段だ。
「とりあえずは、院長先生に相談してみますね」
「院長先生………ああ、そういえばケイトは孤児院出身でしたね…」
レーナの口調が沈む。
私が孤児であることを悲しんでいるのではなく、私の様な孤児が生まれる環境をサマナール子爵家ですら作り出してしまうことを憂いているのだろう。
「私の場合は村を全滅させられて、父親と母親を目の前で殺されただけですから…」
「分かってますけど、ケイト…それは軽く言うことじゃないですよ?」
両親を目の前で殺された事よりも、その後数年に渡って尊厳を犯され、苦しめられ、屈辱を受けさせられ続けた事の方が私にとっては悪夢だった。
死ねれば良かったが、死ねなかった。
そして今も死ねていない。
「さて……今日は特に教えることもありませんが、次の段階に進める様に空識魔術の練習を進めてください」
「はい!」
私はレーナに空識魔術の練習を指示して、帰ることにした。
が、帰る途中でメイドに呼び止められた。
「はい?」
「旦那様がお呼びです」
何かまずいことをしたかな?
と思いつつメイドに礼を言って、ロイドさんの部屋へと向かう。
ノックを3回、「入れ」との声に従って中へ。
そこでは、執務机に座ったロイドさんと、見覚えのある人物が。
「院長先生!?」
「やぁ、ケイト」
院長先生が手を振っていた。
「知り合いなのかね?」
「僕が経営している孤児院の子ですからね…」
「ほうほう…酷い扱いだけはしてやるなよ」
「ウチの孤児院の評判は聞かないんですか? 割とまともな方だと思いますけどね」
私は先生に聞く。
「どうして先生がここに?」
「いやー、副業の依頼でね、報酬がそこそこ美味しかったから…」
「アンソル、依頼人はケイトだぞ」
「えぇっ、じゃあダンジョンでの護衛依頼ってのも………」
「あれ?」
先生って冒険者だったの?
それにしては名前を聞かない様な……
「先生ってソルマって名前じゃないんですか?」
「あー、それはね…アンソルをもじった偽名なんだよね…」
まさか、フィリックス・アンソルって………
「先生、だったんですか……?」
「そうだよ」
先生がニコニコ笑う。
「孤児院は本業でね。副業が冒険者なのさ」
「そうなんですか…」
「そうなんだよ」
「じゃあ、護衛依頼を受けてくださるんですね?」
「勿論、報酬も良いしね」
やった。
とりあえず、紆余曲折はあったものの、ダンジョンに行くことはできそうだ。
私は安堵し、先生に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「頭を上げてほしいな、僕は今冒険者として来ているから、依頼人である君の方が立場は上なんだよ」
「分かりました」
私は頭を上げた。
さて、どうしようかな…
「先生、詳細を詰めましょう」
「うん、勿論」
私は先生と、護衛依頼の詳細を詰め始めた。
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