第8話

私が屋敷に向かうと、今度は応接間ではなくある一室に通された。


「ここでお待ちください」

「はい」


暫く待っていると、ドアを開けて執事らしき初老の男性を連れたレーナが入って来た。


「魔力が安定していますね?」

「はい、教えてもらった方法でなんとか…」


あれで出来るとは、もしかしてレーナは天才なのでは…?

魔術を使う下地が無かっただけで、力を扱う才能はあったのかもしれない。


「凄いですね、三日で成功させるのは…もしかするとレーナには才能があるんじゃ?」

「そんな、才能だなんて…これくらいで言われても困ります」


ともかく、これで私の持つ知識も惜しみなく伝授できる。


「魔力が安定したので、早速初級魔術の習得を済ませましょうか」

「はい!」


初級魔術は、どんなに魔力の扱いが下手でも魔術を使う資格があるなら使えるという物だ。


「ここじゃ拙いですし…中庭に出ましょうか」


私はレーナと共に中庭へと出る。

事前に魔力を粗方吸収して、魔力の誘爆が起こらない様にしておく。


「では今から魔法の詠唱を始めます」

「はい…でも、ケイトは魔術の名前だけですよね?」

「私は無詠唱なので、別に魔術名も言う必要は特に無いんですよ」


無詠唱は身に付けるのに本来とてつもない時間が掛かるけれど、私は人外なので問題はない。

ようは魔力を練りながら詠唱と構築、イメージを同時に完成させられれば良いから。


「では…まずは火魔術第1位階の〈火種フレス〉から行きます———遍く生の炎の源泉にして原点たる小さき火よ、我が命に応じこの場に参ぜよ。〈火種フレス〉」


私が詠唱を終えると、掌に小さな火の花が咲く。

魔力を切ると、その花は儚く消え去ってしまう。


「あっ…」


その声を上げたのはレーナだった。

うん、気持ちはよくわかる。

昔街に来ていた冒険者にねだって、私も魔術を見せてもらっていたから………綺麗なそれに心奪われるのも、分からない訳ではない。


「さあ、やってみてください」

「は、はい!」


レーナはまず詠唱から始めるが、魔力が上手く動かず失敗した。

私が手伝った上で、魔力を動かしつつ練り上げ、魔術を構築しながら詠唱することに成功したが………


「あっ!!」


イメージが不確かなせいで、炎が生まれた直後に魔力の供給が切れて火が消えてしまう。


「レーナさん」

「はい」

「蝋燭は分かりますよね?」

「はい! どこかで見たことがあります」

「うちの孤児院とかでも使っていますね」


魔導灯はお金が掛かるからね。

貴族家なら絶対あるけど、私達だと少々厳しいものがある。

勿論私の給料なら……いや、メリットがないか。


「蝋燭をイメージしてみてください。自分の掌に蝋燭が立っていて、その上に火が揺らめていていると」

「はいっ」


イメージを伝えると、レーナは早速それを実行しようとする。

勿論一回の試行では上手くいかなかったが、二回三回と繰り返しているうちに私のように出来るようになった。

やっぱり、天才かも…………







「んん〜〜〜、美味しい!」

「それは良かったです」


数時間後、私は昼ご飯を御馳走して貰っていた。

昨日の晩御飯がジャガイモ入りの屑野菜スープに、黒パンと私が買ってきたハムが付いてきたのだが、こっちはあらゆる意味でレベルが違った。

お婆さんの家で食べた昼食も、基本的にはエネルギー摂取が主だった目的で、簡素なものだったのだが……


「それにしても、お昼からこんなに大きいお肉って凄いですね」

「そう…なんですか? 私はいつもこんなものなので…」


食卓に並んでいるのは、バスケットに入った白パン、大皿で小皿にとって食べるサラダ、恐らく大兎の肉、その他各種よく分からない料理たちだ。

一見すると普通の料理のようでいて、甘くて塩っぱい味のものがあったり、形容のし難い深い味のタレに浸された肉だったりと名前も分からない料理の数々に私は目を奪われていた。


「まるでお花畑の様ですね」

「ふふふ、そう言っていただけるとうちの料理人も喜びますよ」


レーナは笑った。

私も釣られて頬を緩ませた。




その後、午後みっちりの特訓でレーナは初級魔術の殆どを身に付けた。

これだけでもう異常なほどの天才である。

魔術ギルドに目を付けられたらまずいかも……

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