第7話

「それでは、授業を始めます」

「はい!」


私は今、レーナの前に座っている。

レーナは私をしっかりと見据え、私は何を言うのかを聞き逃さんとしている。


「まず、私の様に魔術を自由に扱えるかですが……やはり、素質に左右されます」


レーナの顔が見るからに落胆に変わる。

私もかつてはそうだった。

多くの…人間は魔術を使えない。

けれど。


「今使えないからと言って、お嬢様に素質がないわけではありませんし…私ほどではなくとも、普通に重宝されるほどにはなれると思います」


私みたいに人外にならなくとも、魔術を使う方法なんて幾らでもある。


「少々手荒な方法ですが…良いですか?」

「は、はい!」


私は無意識下で魔術を選び、詠唱と構築を確認する。


「〈存在震憾ゼーヴェ・アスラル〉」


範囲を限界まで絞った、失われた魔術の一つである星幽魔術第1位階の存在震憾がレーナを揺らす。

レーナは悲鳴すら上げず気絶し、その存在が一瞬揺れた。


「〈存在改竄ノイアス・アスラル〉」


私は左手に魔術の光を宿し、それで揺らめくレーナの存在を振り払う様に左手を振った。

途端、揺らめいていたレーナの像がしっかりと固定される。

…成功の様だ。

ありがとうね、第何代かめの魔王さん。

私の中から第18代目だという声が返ってきたが、とりあえず今は状態を確かめよう。

私は上級治癒をレーナに掛けて、様子を見る。


「んんっ……」


暫くするとレーナが目を覚ました。

魔眼で見れば、レーナの中に魔力が渦巻いているのが確認できる。


「大丈夫ですか?」

「あ……はい」

「これでもう魔術を使える状態の筈です」

「ええっ?」


レーナは非常に混乱した顔を見せる。

分からないでもないけれど、これが真実だ。

人間が魔術を使えないのは、生まれる時に何者かによって使えるものと使えられないもので分けられているからだ。

その情報は星幽体アストラルに記録され、これを書き換えることで自在に魔力を使う素質の有無を変化させられる。

……いや、自在にではないか。

使えないようには出来ない。


「レーナさん、体内にドロドロしたものが渦巻いているのを感じられますか?」

「はい…これは?」

「それが魔力です…私が教えるのはコレの制御法。そしてこの魔力という力を攻撃に、防御に、偵察に、観察に、鍵に、加護に変えるための術です」


魔力は万象を起こす万能の通貨であるが、制御できなければ意味がない。

私が暫く錬金術師の家に留まっていたのも、無数の記憶と意識から魔力の制御を教わり、練習をしていたからだ。


「まずは、魔力の安定が先決です」


私くらい膨大で雑多な種類の魔力が混在でもしていなければ、私より制御は楽なはず。


「自らの中の渦巻く魔力を………そうですね、渦は分かりますか?」

「はい、絵で見たことがあります」

「渦の中心に向かって魔力が渦巻くと想像してみてください」


私の場合は人体を走る血管というものに魔力を流すことで制御に成功した。

魔族であれば生まれた頃から自然にできる方法だそうなので、他にも方法はありそうである。


「あっ……こうですか?」

「そうですね」


幸いレーナには才能はある様だ。

無い人は魔力を扱えても大したことはできない。

非常に変換効率が悪く、私なら10の魔力消費が必要な魔術の行使に1000を消費するのだ。


「急がないことが重要ですから、今日のところはこれでも読みませんか?」


私は空間魔術第7位階魔術〈空間倉庫アサセル〉を使用して、空間を歪める。

そこに手を入れれば、一冊の古い魔道書が姿を表す。


「これは…?」

「結構古い魔術の本です、開いてみれば興味深い魔術も見つかるのでは?」


まあただ、神々が封印した十二の超越魔術とかを求められても困るが。

所在は不明、名前もそのうち3つしか知られておらず、私も1つしか持ち合わせていない。

しかもこれ、一人しか持てない。

私が死んだら、再びあらゆる記述からこの魔術は消え去り、どこかに再び封印される。

私を殺した者がいたなら、その者に移るけど。


「あ、私こういうのが使いたいです」

「なになに……ああ、良いですよね」


精霊魔術第5位階の〈中級精霊召喚クレア・サモラス〉で、風の中級精霊を呼び出す方法が書かれている。

風の中級精霊は鳥の形をしており、呼び出した精霊によって種類が違う。


「よろしければ、私が呼んで差し上げましょうか?」

「大丈夫です、先生。私が自分で読んでこそ価値があるんですから」

「そうですね、ではそれを目指しましょう」


安請け合いしたが危ないところだった。

私は魔物なので精霊と非常に相性が悪く、それでいて人間の部分もあるので精霊を召喚できてしまうのだが、精霊王を呼んだときに何かをされた様なので、不安なのだ。

その何かがあるせいで、上級精霊から下級精霊まで私を怖がって力を貸してくれない。

仕方なく精霊王を呼ぶと、喜んで手伝ってくれるのだが、レーナにいきなり精霊王はまずい。

魔法で活動する生物は無自覚に魔力を撒き散らしていることがある。

レーナが精霊王の魔力に触れたら、魔力が暴走してこの屋敷が吹き飛ぶかもしれないからね。


「まあ、この辺りの魔術はおいおい学ぶとして…まずは魔力の安定が何より先決です。ですから、そこに書いてある詠唱は間違っても口にしない様に…魔力が安定したらお呼びください、それまでは授けられそうな事もないので……」

「はい!」


レーナが元気よく返事する。

気付けば、外は暗くなっている。


「私はそろそろ帰らないと…いけませんので、お嬢様」

「レーナでいいです、先生」

「なら私の事も、ケイトとお呼びください、レーナ」


そう言って、私はレーナに見送られつつサマナール邸を後にする。

そして、暫く歩いたら〈転移レピア〉で帰還した。




その後、「魔力が安定した」という知らせを貰ったのは二日後の事だった。

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