第4話

手紙に書かれていた内容は、こうだった。

『我がサマナール子爵家の娘を助けてくれて感謝する、お礼をしたいので家に招待するから来い』

ちょっと端折ったが、大体そんな感じの内容だった。

文字は読めるが、分からない表現は私の中の意思から教えてもらった。


「じゃあ行こうかな」

「正気かい? 無礼を働いて捕まら無きゃ万々歳だけど?」

「先生に礼儀を教えてもらえたら…」

「ははは、無理無理。僕は平民出身だよ?」


そうは言うが、院長先生の所作にはたまに高貴な人間特有の仕草が混じる事がある。


「じゃあ、教えてくれそうな人を紹介してください」

「うーん、居ないこともないな。ただ、先生に聞くよりその子に聞いたほうがいい。マーシャは知ってるよね?」

「はい」


たまに内職の編み物で糸が絡まり、私に助けを求めてくる女の子だ。


「彼女は侍女になりたいそうで、最低限の礼儀作法を学んでいる。聞けば教えてくれそうだよ」

「ありがとうございます!」


なんだ、簡単だったじゃん。

いつものように聞けば学べるし、私の体は覚えられないということを知らない。




「ねぇ、マーシャ」

「なあに?」


寝る前の僅かな自由時間に、私はマーシャに話しかけた。

マーシャは本を読んでいたが、顔を上げてこちらを見た。


「礼儀作法について教えて欲しいんだけど…」

「え? なんで?」

「いや、ちょっと貴族様に呼ばれちゃって……」


私は愚かにも、ここで素直に答えてしまった。

間違った、と思った時にはマーシャは口を大きく開けていた。

私は素早くサーレ〈静寂〉の魔術を構築したが、間に合わなかった。


「ええええええーっ!?」


マーシャが大声を上げて、同じ部屋にいた全員がこちらを振り向く。

やらかした…


「なになに?」

「どうしたの?」

「それがね、ケイトがお貴族様の家に呼ばれたんだって!」

「ええーーーー!?」

「冗談だよね…?」

「あ、あはははは………」


私はそのあと質問攻めに遭い、その後数日間、礼儀作法の勉強にかかりきりになるのだった。








そして、ある日。

私はサマナール子爵家の門を叩いていた。

マーシャに聞いたところによると、このブラン=ライツ地方を治めるブルーウルフ辺境伯に属する貴族で、特に悪い噂とかは無いらしい。

そんな所の令嬢がなんであんな所に………?

私はそう思ったが、深く考える必要はないと自分を律した。

偉い人の考えることは私みたいな凡人には分からないものだから。


「ごめんくださーい」


門の前で叫ぶと、軽鎧を着た男が走って来た。


「はい、御嬢さん…何の御用事で?」

「ここの当主さんに呼ばれて来て…」

「あ、なるほど」


手紙を見せただけであっさりと私はサマナール邸に入る事ができた。


「この先をちょっと行った先に応接間があります、そこでお待ちいただければサマナール子爵がお越しになられます」

「分かりました」


護衛なのだろう。

ちょっと無詠唱でインタム〈精査〉を使って調べてみた所、名前はラルフ・レイヤー。

戦闘能力はC-ランク冒険者級、魔力容量は一般止まり。

戦うことになっても余裕で切り抜けられそうだ。




応接間で待つこと数十分、最近また混沌として来た記憶の整理を行っていた私は、近づいて来る気配に気が付いた。

あらゆる殺気スイッチを切って、警戒だけを最大に、身体の硬質度は深い部分だけ上げて、高速治癒は切って……などと作業をしていると、ドアが開いた。


「お待たせしてしまったかな?」


そう言って現れたのは、恰幅の良い中年のおじさんだった。

続いて、先日助けた女性も現れる。


「いえ、たった今着いた所です」

「…はは、そうか。早とちりして済まない」


マーシャに教わった、相手に気を遣わせない小ネタを早速披露すると、おじさんの目が細められた。


「さあ、レーナ。座りなさい」

「分かりました」


おじさんと女性…レーナ・サマナールは席へと座り、私と対面する。


「さて、どこから話したものか……」

「お父さま、難しい話は大人とすれば良いでしょう?」


レーナがおじさんに言う。

おじさんはそれを聞いて笑い、私の目を見つめてきた。


「さて。私はロイド・サマナールという。君は?」

「ケイトです、お見知り置きを」


私は深く礼をする。


「ああっ、やめてくださいケイトさん! お父さんは礼を欠いても気になさる方ではありませんから!」

「いえ、大丈夫です」


レーナの驚いたような制止の声を無視して、私は頭を下げるのをやめない。

マーシャがとにかくやめろと言われるまで下げろと言うので……

意識を隔離しておいてよかった、私のこんな光景を見たら屋敷が半壊しかねない。


「頭を上げてくれ、本来頭を下げるのはこちらなのだ」

「…はい」


上げろと言われたので頭を上げると、今度はロイドさんが頭を下げた。


「お父さま!?」

「レーナ、お前も下げるんだ!」

「は、はい!」


二人揃って頭を下げる貴族に私は困惑する。


「え、えっと…どうしてレーナさんまで?」

「………私の落ち度だ、外出を許してしまったのは。まさか街中で悪い輩に絡まれるとは…それを魔術で救ってくれた貴女には感謝している」


ロイドさんは全部を語ったが、ちょっと違和感を感じた。

なので尋ねる。


「街中、とは?」

「うん? レーナは街中で絡まされたと聞いていたが…まさか屋内?」

「いえ…私は街の外れの倉庫街でレーナ嬢をお助けしましたが…」

「何だと!!!」


ロイドの顔が憤怒に染まる。

そしてレーナの頬を叩いた。


「きゃっ!」

「ロイド…様!?」

「馬鹿が! あれほど街から外れるなと言っただろう!」

「ご、ごめんなさい……」

「街の外れは治安が悪いんだぞ!」


そう、そうなのだ。

ソルマ孤児院も治安の悪い街外縁部にある。

勿論院長が地元のアウトローと話をつけているおかげでうちの孤児院を狙う馬鹿はいない。

それでも孤児院を狙うバカは私が秘密裏に消している。

一回死体の処理に困り、仕方なく食べた事もあるが、死ぬほど不味かったので、あれからは別の口を開けて食べさせている。

が、不評なので二度と来ないで欲しい。


「……失礼した、それで…本題なのだが」

「はい、どうぞ?」

「私の娘の……教師になってはくれないか?」

「……何故?」


即座に断らないのはマーシャ直伝のコツだ。

理由を聞きつつやんわりと断るのが失礼にならない方法だそうだ。


「娘を治癒したのは上級治癒だろう?」

「そうですが…」

「アレを使えるのは王国でも数えるほどしか居ないと聞いている」


え、そうなの?

私の中では比較的楽に使える魔術の一つなんだけどな…

中級じゃ不安だし、擦り傷でも治るからいつも使っているものだ。


「見たところエルフでも無さそうだ、とすると幼き天才という事だろう?」

「はぁ…」


私の外見は誕生日に合わせる形で徐々に成長させているだけで、実年齢は4年ほど上回っている。

今は6歳なので、私は10歳ということになる。

勿論そんなことを言っても信じてもらえないので、断ることにする。


「私にメリットが無いので……」

「勿論、平民だから無償でやれなどとそんな事は言わない。報酬は支払おう」

「幾ら貰えますか?」

「……とりあえずは月謝として20金貨払おう」


勿論意味はわかる。

私の功績に応じて上がっていくのだろう。

ちなみに、この王国での家庭教師の給料は基本的に月謝として200銀貨ほどだ。


「ただ、初任給として1白金貨追加で出そうと思う」

「なっ!?」


白金貨といえば金貨1000枚に相当する大金だ。

どうしてそんな大金を…?


「教師になるには試験を受けて貰う、勿論これは、私が個人的に魔術というものを見たいだけなのだが」

「えーっと、財政は問題無いのですか…?」

「私の貯金の10分の1と言ったところかな」

「受け取りにくいです…」

「何、私は貴族なのでね……思いっきり派手なものを見せてくれないと約束を反故にするかもしれないよ?」

「…………!!」


孤児院の皆に良いものを買ってあげる為にも、私は諦めるわけにはいかなくなった。

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