第3話

次の日。

またいつものように働きに行こうか…と思った時、私の身体が不快感を訴えた。


「ああ、そっか…〈転移レピア〉」


転移した先で、私は元の姿に戻る。

だが、それだけでは足らない。

押し込めていたあらゆる魔物の部分をどんどん展開していく。

私は空間魔術で体を押し込めて人間のふりをしているだけのキメラなのだ。

押し込めるということは当然たまには解放してやらなければいけないということで…

そして私は、体を変形させていく。

一見実体があるように見えて、私の体は変幻自在だ。

一番楽な姿勢を取ると体のあちこちが元の魔物の部位に戻ってしまうが、こうやって全身を変形させていけば………

ドラゴン。

あらゆる魔物の王たる姿になることも出来る。

私の意識の中にある、元竜の王だった意識が優しく私に語りかけてくる。

力を解き放て、と。


「グオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!」


私は力強く咆え、全身から魔力を噴き出させる。

そう、何のために辺境まで転移したかといえば、膨大な魔力を消費し切るためだ。

無数の魔術と魔物の魔石やら部位やらを取り込み、あの狂った錬金術師が何故か持っていたアーティファクト級のものを偶然取り込んだ私は、膨大な魔力を持ってしまっている。

それは日々の多少の魔術行使程度では到底消費しきれず、いずれ魔力過多で体調を崩す。

なので、定期的に全部燃やし尽くす勢いで発散するのだ。

さてあとは。


「グガアアアアアアアアア!!!!!」


空に向けてブレスを放つ。

これでもまだ4割しか消費できていないが、時間もないしまた夜に延期しよう。

私は身体を素早く畳み、人間の姿へと戻る。

人間の姿と言っても、このままだとただの化け物だ。

髪は白いし、左右の目は赤と紫で瞳孔の形も違う。

何より胸に埋め込まれているように露出している紅い石で人間でない事は一眼で分かってしまう。

私は髪と顔も元に戻し、胸の紅い石を再び埋めた。


「さあ、帰ろ…〈転移レピア〉」


私はその場を転移で後にした。

その姿を見ていた人がいることに気が付かず。




「今日もありがとねえ」

「はい」


日も暮れて、お婆さんの家から私は転移した。

倉庫の近くに転移した私は、そのまま孤児院への帰路につく。

帰路と言っても数分くらいだが。

だがその時……


「助けてぇぇぇぇぇ!」


倉庫街の奥の方から、助けを求める声が聞こえた。

無視しても良いけれど…


「…そう言われると、困るのよね」


かつて自分が、声が枯れるほど口にし、そして全て何にも届かず消えた文句。

だから、それが届いた私には、助ける義務がある。

私は足を心持ち早め、駆け出した。




「誰か、助け……」

「無駄だよ、ここに人なんか来るわけ無えからなぁ!」

「ひぃ…」

「観念しな、安心しろ…その死に顔は覚えてやるからよぉ!!」


助けを乞う女性に、男は抜き身の剣を光らせ………


「止めろ!」


響き渡る声に、その手を止めた。

薄暗い夕闇の中、男は声の主が女性である事を見抜いた。


「ああ、やめてやるよ……お前を殺してからなぁ!!!」


男は女性を放って、まず女性—————ケイトに向かって突進する。

そして、反応出来ていないとみえるケイトに向かって剣を振り上げて……硬直した。


「ひゅっ…」


出たのは声にならない悲鳴。

剣を振り上げた瞬間に、ケイトの全身…いやそれでも足らないくらいの瞳が男を睨め付け、殺気を放ったように感じた。


「ああ、ごめんなさい…こればっかりはどうしようも無いんですよね」


固まる男の股が濡れていくのを見たケイトは、殺気を一点に収束し、男をつついた。


「がっ…」


それだけで男は意識を失い、仰向けに倒れた。


「魔法も使わなくて良いなんて」


ケイトは呆れつつ、女性に話しかける。


「大丈夫ですか?」

「ひっ…た、助けてくれて、ありがとうございます……」

「どこかお怪我を?」

「ひ…ざを」


ケイトが下を見ると、スカートが裂けて出血している。


「〈上級治癒ヴレイ・リシェイア〉」


ケイトが手を押し当てつつ魔術を使うと、女性の脚の傷が綺麗に消え去る。


「再生魔術の方が良かったかな…」


女性には理解できない言葉を呟くと、ケイトはその場を立ち去ろうとする。


「あ、あの!」

「何ですか?」


夕飯に間に合わないため急いで帰ろうとしたケイトに、女性が声を掛ける。


「その魔術、かなりの高位の魔術師とお見受けします! お名前をお教えいただけませんか?」

「イヤです」


絶対に面倒ごとだと察したケイトに、女性はなおも食い下がる。


「ではっ、住んでいるところだけでも!」

「…孤児院ですよ」

「はっ?」

「ソルマ孤児院。それだけです…わかったら、もう関わらないでください」


ケイトはそう言って、その場を走って後にした。

大幅に遅れたケイトを、院長は咎めなかった。

ケイトも、皆に謝って、その日は終わった。

だが………


「私に手紙?」

「そうだよ? 貴族家からだね、何かやったのかな?」


ケイトは院長の笑顔が怖かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る