第40話 自爆魔法vs相殺魔法

 グレンの身体は一呼吸置くごとに、どんどん膨張していく。攻撃するのはまずい。直感的にそう判断したエルウッドは停止した。舞台袖からフィーが叫ぶ。


「それって火属性の禁術、自爆魔法じゃないの! こんな大会で使うとか何考えてるのよ!?」

「自爆魔法だと!?」

「うるせえ! 勝てばいいんだよ! ヒャハハッ!!」

「そんな事をしたら、あんただって死んでしまうわよ! 今すぐ止めなさいよ!!」

「それがどうした! 俺様は生まれにあぐらをかくエリートどもが大っ嫌いなんだよ! ヒャハハハハっ、何が騎士団長だ! さぞや生まれた時からヌクヌク育てられたんだろうなあ!? 一流の親、一流の家、一流の教育! そんな野郎に大勢の前で負けるぐらいなら、この場にいる全員を巻き込んで爆散する方がマシってもんだぜ!!」

「なんてことを……!」

「ヒャハハハハ! 俺様は勝つ為には手段を選ばねえ! 卑怯な手だって平気で使ってやるぜ! さあ、騎士団長サマ、覚悟しな! ヒャハハハハハハ!!」

「この……外道が!!」


 エルウッドは怒りに震える。グレンは、もはや人としての尊厳すら失っていた。すぐさまグレンを切り捨てようと剣を構えるが、フィーが叫んで止める。


「ダメよ、エルウッド! 自爆魔法を発動した相手に刺激を与えちゃダメ! わずかな刺激が起爆剤となるわ!」

「フィーさん! 自爆魔法とやらの効果は!?」

「広範囲攻撃……この魔力量なら闘技場にいる人たち全員を巻き込んでしまうわ!」


 エルウッドは観客席を見た。観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑っている。


「……っ!!」

「ヒャハハ! 俺に逆らうからそうなるんだよ! お前もまとめて死ねやァアアアアアア!!!」


 グレンは狂喜している。冒険者ギルドの仲間がグレンに命乞いをした。


「やめてくれグレン! 俺たちお前を応援してたのに!」

「そうだぜ、冒険者ギルドの仲間じゃねえか!?」

「うるせええええ!! テメェらが成り上がりの俺様を裏でなんて呼んでたか知らねえとでも思ってんのか!!?」


 グレンは怒りの形相で観客席を睨みつける。


「成り上がりの俺に媚びへつらい、陰で嘲笑ってたの知ってるんだぞ!! さっきだって俺が敗色濃厚になった途端好き勝手言いやがって!」

「うっ……」

「そんな事は――」

「言い訳すんじゃねえ!! 俺様はなあ、この国の王配になってテメェら全員を隷従させてやるつもりだったんだよ! それができねぇなら全員道連れだ! 恨むならこの騎士団長サマを恨むんだな! コイツさえいなければテメェらは奴隷になるだけで済んだのによお!」

「……そんな動機で王女の婿になろうとしていたのか!!」


 エルウッドは怒りを隠さず、グレンを真っ直ぐ見据える。グレンはニヤリと嗤った。

 何か手段はないものか。最悪、自分の命はどうなってもいい。だが観客たちの命を救う方法は――。

 その時だった。狂騒に包まれる闘技場に涼やかな声が響いた。


「勝ちなさい、エルウッド!!」

「!!」


 フィーだ、フィーの声だ。

 彼女は舞台袖から飛び出すと、片手を頭上に掲げる。彼女の掲げた手の上に巨大な魔法陣が出現し、闘技場を優しく包み込んだ。


「我は守護する者、我は打ち砕く者。この身に流れるマナの力を我が手に集わせ、今ここに相殺し合わん――発動、カウンター・スペル!」

「なっ、何だこりゃあ!?」


 グレンが驚いている。それもその筈。いよいよ爆発寸前まで膨張していたグレンの身体が、みるみる萎んでいくのだから。


「これは一体どういうことですか!?」


 エルウッドが尋ねる。フィーは脂汗の浮いた顔で、にやっと笑って答える。


「私が使った魔法は『相殺』の魔法。相手の魔法攻撃を無力化するものよ……はあっ、アイツの命がけの自爆魔法だから、こっちもかなりの魔力が必要だったけどね……」


 そう言って肩で息をする。


「本来なら自爆魔法に対抗するには、等価交換……すなわち一人分の命に相当する魔力が必要だけど……私は北の森の魔女ですからね。これぐらい朝飯前よっ!」

「……やっぱり凄いな、フィーさんは」


 エルウッドは呆気に取られた。そして同時に、自分が惚れ込んだ女性に間違いはなかったと確信を深め、笑みを浮かべた。


「クッソがああ! 魔法が全然使えねえ! どういうことだ!?」

「あんたは自爆魔法にすべての魔力を込めたのでしょう? だけど自爆魔法は相殺された……つまりあんたにはもう、魔力が残されていないのよ」

「なっ、何ィィィっ!?」

「会場の皆さん、落ち着いてください!」


 フィーは司会から拡声器を奪うと、会場に呼びかける。


「グレンの自爆攻撃は相殺されました! もう危険はありません! 皆さんはどうか、あの男が我々の騎士団長に倒される姿を安心してご覧ください!」


 その言葉を聞いて、観客席の人々は落ち着きを取り戻した。


「クソッ、ふざけんな! こんなの卑怯じゃねェかよ!」

「卑怯? 何が卑怯だ? 貴様は俺に負けそうになった途端、自爆魔法で観客を巻き込もうとした。だからフィーさんは観客への被害を無くす為に相殺魔法を発動したんだ。それを卑怯とは言わせない。卑怯なのは観客を人質に取ろうとした貴様のほうだ!」

「ぐっ……」


 グレンは悔しげに歯噛みした。エルウッドはグレンを睥睨して剣を構え直した。


「来い。貴様にはまだ拳が残っているのだろう。仮にも王配を志した以上、最後まで闘ってみせろ」

「チクショウ、やってやる! ぶっ殺してやるよォオオ!」


 グレンが飛び込んでくる。エルウッドも一気に間合いを詰め、渾身の力を込めて振り下ろした。




 勝負は驚くほど呆気なくついた。

 轟音が轟き、土埃が舞い上がる。刹那、会場内はしぃんと静まり返った。

 何が起きたのか分からなかった。否、理解が追いつかなかった。

 それまで攻撃を防いでいるだけと思ったエルウッドが反撃に転じた途端、たった一撃でグレンを倒してしまった。

 エルウッドは剣で斬るのではなく殴りつけた。その結果、グレンが倒れる地面はクレーターのように抉れ、その中央にグレンは倒れ伏していた。

 ピクピクと痙攣しているから死んではいない。だが、意識は完全に失っていた。


「しょ、勝者! エルウッド・アスター!!」


 司会者が慌てて勝利を告げる。

 観客たちは唖然としていたが、やがて徐々に事態を理解し始めた。


「すごい……」

「さすがエルウッド団長……」

「邪竜を倒した俺たちの英雄だ……」

「やっぱりエル様が最高! エル様あああぁぁぁッ!!」


 観客席からは割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


「あんな屑野郎が王配になっていたらと思うとゾッとするぜ!」

「さすが団長です! 団長はまた国の危機を救ってくれましたー!」


 騎士団の部下たちも大喝采である。エルウッドは観客たちに応える前に、気絶したグレンを見つめて呟いた。


「お前の負けだ」

「…………」


 グレンは完全に意識を失っていて、返事はない。死んでいないことを確認すると、エルウッドは右腕を天に向けて掲げた。一際大きな歓声が巻き起こる。

 こうしてエルウッドは王配決定戦、別名アイリス女王杯の優勝者となった。優勝賞品は王女との結婚権だ。だがそんなものはどうでもいい。

 エルウッドはフィーの姿を探す。フィーはエルウッドの勝利を見届けるとふっと笑い、その場に倒れた。


「フィーさん!?」


 エルウッドは慌ててフィーの元へ駆け寄る。

 彼女は意識を失っていた。おそらく魔力を使い果たしたのだろう。彼女を優しく抱き上げると、救護班の所へ向かう。


「医務室はどこですか!? 医者をすぐに呼んでください!」

「あっ、は、はい! あの、我々が搬送しますのでエルウッド様は表彰式に――」

「そんなものはどうでもいいんです! 俺はフィーさんを医者の元へ連れて行く! いいから早く場所を教えてください!」

「は、はいっ!!」


 エルウッドは彼女を抱えたまま、医務室へと急いだ。

 その後で行われる表彰会も、アイリス王女や国王からの祝辞もすべて辞退して。

 今はただ、フィーの側にいてやりたかった。

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