第39話 無敵の人
「死ねェッ! エルウッド・アスターァッ!!」
開始早々、グレンが突進して仕掛けてきた。それをエルウッドは剣で受け流す。グレンがバランスを崩したところに強烈な一撃を加える。更に追撃を加えようとしたその時、エルウッドの目の前に黒い影が現れた。咄嵯に後ろへ飛び退いて躱す。
次の瞬間、エルウッドがいた場所に巨大な火球が着弾した。爆発音と共に地面が大きく揺れる。
「……まさか今のは魔法攻撃か?」
「その通りよォ! よく分かったじゃねーか! ヒャハハっ! どうだぁ!? 俺の必殺のファイアーボールはよぉ! 俺様の外見から戦士だと勘違いする奴は多いがよォ、こう見えて歴とした魔術師だぜぇ!?」
「イメージが違うにも程があるな」
エルウッドは思わず零してしまった。筋骨隆々で顔に傷のあるバンダナを巻いた大男。
この姿を見て魔術師だと思う人間はどの程度いるだろうか。少なくともエルウッドは思わなかった。
「ヒャハっ! それが俺様の戦略なんだよォ! 俺様は魔術師であり戦略の天才! つまり俺様こそが王に相応しい人間なのだよ! ヒャハハハハハっ!!」
「何という傲慢さだ……」
「まあ俺様は魔法だけじゃなく拳も鍛えてるがな。格闘魔術師ってやつだ。まっ、今大会で俺様に魔法を出させたのはアンタが初めてだぜ、騎士団長サマ? ヒャハハハハッ!!」
「なるほど。ただの下衆ではなかったか。そういうことならば、全力で相手をしよう!」
エルウッドは駆け出す。グレンはファイアーボールを連射してくるが、エルウッドはそれを回避しながら接近していく。間合いに入った。だが――。
「ヒャーッハッハッハッハ! 俺様の攻撃は止まらねえぜ、行くぞ! ファイアーストーム!!」
グレンが演舞のような動きをすると、炎の渦が出現してエルウッドに迫る。あれに飲まれたらひとたまりもない。エルウッドは回避行動を取る。
「逃がすか! ウォーターランス!」
グレンは次々と上級魔法を放ってくる。この男、火属性魔法だけではなく水属性までマスターしているようだ。つくづく見た目からは連想できない。エルウッドは跳躍してウォーターランスを回避し、グレンの頭上を越える。
「ヒャハハっ! どこへ行くんだい騎士団長サマよぉ!?」
このままでは近づけない。だが遠距離戦ではこちらに勝利の目はない。
「どうしたよォ、騎士団長サマ! さっきの威勢のいい啖呵はなんだったんだ? 所詮は口先だけの野郎ってことかい? ヒャハハ!」
グレンは調子に乗ってエルウッドを追い詰める。エルウッドはじっと耐える。邪竜を討伐した時もそうだった。防戦一方に見えても、エルウッドは状況をよく観察している。どんなに分が悪くても起死回生のチャンスはある。
現にグレンは調子に乗っていた。それはつまり、付け入る隙が生じるチャンスがあるという意味だ。エルウッドはグレンの攻撃を捌きながら、冷静に反撃の機会を待つ。
「おいおい騎士団長サマよ、俺様の魔法を避け続けてるだけじゃ勝てねぇぜ? そろそろギブアップしちまいな! 俺様は優しいからよ、泣いて謝れば命までは奪わねえでやるよ!」
グレンは挑発するが、エルウッドは無視して待ち続ける。
そして遂にその時が来た。グレンが連続攻撃を仕掛けてきた。
「ヒャーッハッハッハッハ! 逃げ回ってるだけじゃ勝てねえぜぇ!? さあ、トドメだ! 喰らえや! ファイアーエンチャ……」
グレンが詠唱を始めた。今だ。
エルウッドは素早くグレンの懐に飛び込むと、そのまま突撃を仕掛けた。不意を突かれたグレンは派手に転倒する。
エルウッドが考えたのは単純な策だ。ひたすら走り回る事で相手に攻撃をさせ続ける。
相手が疲れて魔法の発動が遅くなるのを期待したのだ。グレンは息切れして、魔法の詠唱が途切れてしまった。その隙を見逃さず、攻撃を仕掛ける。
転倒したグレンに立て直しを許さない。矢継ぎ早に剣による攻撃を繰り出す。今度はグレンが防戦一方となる番だった。
「あーあ、ありゃダメだな。もう防ぐだけで手一杯になってらぁ」
「ハハッ、ざまぁねえな。あの野郎、日頃からギルドで偉ぶっててムカついてたんだよ」
「威勢のいいコト言ってたけどよ、所詮あの程度なんだよなあ」
「騎士団長サマには敵わねえって」
「違いねえな」
観客たちも、もう誰もグレンに期待する者はいなかった。中には嘲笑交じりにグレンを批評する者までいる。しかしグレンは屈辱に顔を歪めながらも、根性を見せた。
「ハァ……ハァ……! クソ……! ま……まだ……!」
「もう十分だ、終わりにしてやる」
いくら下品な痴れ者でも、これ以上は見るに耐えない。エルウッドは走りながら、剣の軌跡にグレンを捉える。グレンの反応は鈍い。対応しなければと思っているのは分かるが、体力と魔力の消耗により反応が悪くなっている。
――勝った。
誰しもがエルウッドの勝利を確信した時だった。グレンの顔が憎悪に彩られる。
「ヒャハ……ヒャハハハ! 残念でしたァ!! これでチェックメイトだぜぇ!!」
グレンは突如、狂ったように笑い出した。グレンの全身から膨大な量の魔力が溢れ出る。
「俺様はよお、この大会にすべてを賭けてんだよ! この俺、グレン・テニエル様の成り上がり物語がこんな所で、こんな野郎にやられるぐらいなら……全部ぶっ潰してやるぜ! フレア・ボルケーノ!!」
瞬間、どくんとグレンの身体が膨れ上がった。
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