第41話 魔力ゼロ
「……うぅん、ここは……?」
白い天井が見える。ここはどこだろうと身体を起こす。フィーが目を覚ますと、そこは医務室のベッドの上だった。
「あれっ、私、なんでベッドで寝てるの……?」
確か、闘技場で気絶した筈では。疑問に思うフィーの隣から声が聞こえてきた。
「良かった、目が覚めたんですね、フィーさん!」
「えっ? あ、エルウッド」
声が聞こえてきた方を見る前に、エルウッドが感極まったように抱きついてきた。
「ちょっ、ちょっとエルウッド! いきなり何よ!?」
「本当に心配しました! あなたが闘技場の真ん中で倒れているのを見て、心臓が止まるかと思いました! このまま目を覚まさなかったらどうしようと思っていたんですよ!」
「な、なんのこと?」
「覚えていないのですか?」
「ええっと……確か、自爆魔法の威力を弱めようとして、相殺魔法を使って……」
「フィーさんは俺の優勝を見届けると、闘技場で気を失ってしまったんです」
エルウッドはフィーから離れると言った。
「幸い命に別状はありませんでした。フィーさんは魔力切れを起こして気絶したそうです。ただ……」
「ただ? 何よ、はっきり言いなさいよ」
「フィーさんの魔力は使い果たされていました」
「…………」
「魔力回路も完全に壊れてしまったらしく、もはや魔力を蓄積する事すら難しいだろうと……医師は言っていました」
エルウッドは顔を曇らせるが、フィーはそっかーと軽く受け流す。
「まあそうでしょうね。覚悟はしていたわ」
「こうなると分かっていたんですか?」
「まーね。あの時も言ったと思うけど、自爆魔法を相殺するのって結構な負担になるから。ま、私ならさすがに死ぬことはないけど。でも今の自分の魔力回路では、耐えきれないかもしれないって予感はあったわ」
「フィーさん……」
「そんな顔しないでよ。前に言ったでしょ、200年前に氷竜と戦った時に呪われて、魔力回路をダメにされたって。……あれ以来魔力の回復が微々たるものになったし、だからこそ私は森に引きこもった。あそこはマナが豊富なスポットだし、引きこもってひっそり生活する分には壊れた魔力回路でもなんとか魔女として生活できたしね。でも、もう無理かな」
フィーはぱちんと指を鳴らす。かつては魔力の具現化ができたが、今は何も出てこない。完全に魔力が枯渇してしまった証拠である。
闘技場で使った魔法で、この200年で貯めた魔力をほぼ使い切ってしまった。これからは魔法を使えなくなるだろう。
「じゃあ、フィーさんはもう……」
「そうね、今までみたいに魔法を自由に使うことはできない。……私はもう、魔女じゃなくなってしまったわ」
「そう、ですか……」
エルウッドは寂しげに俯く。フィーは小さく息をつくと、エルウッドの頭をぽんと撫でた。
「フィーさん?」
「そんな顔しないの。私は別に構わないわ。もともと私は自分の為に魔女になって、好きなことをして生きてきたわけだしね。そういう生き方を200年も続けてきたんだもの。普通の人間の人生2回分よ。これで未練があるなんて言ったら怒られるわ」
魔力回路が壊れてしまったから、魔女にかけられた不老長寿の秘術も解けている。
すぐに死ぬことはないが、これからは人間と同じように年も取るし、やがて死ぬ。
でも、それもいいかなと思えた。
つい数か月前、森にいた頃のフィーなら嫌がったかもしれない。だけど今は違う。
王都に出てきて、エルウッドや屋敷の人々と一緒に過ごした。
久しぶりに人間の集団の中で生活した。
すると、こんな生き方も悪くないなと思い始める自分に気が付いた。
そして不老長寿の魔女であるがゆえに、彼らと同じ時を生きられない自分を寂しくも思った。
「だから、これでいいの」
フィーは明るく言い放つと、にっこり笑って大きく伸びをする。
「魔法が使えなくなったからといって、私には調合師としての知識も腕もあるもの。きっと何とかなるわ」
「……フィーさん」
「まあでも、弱くなった分これまでみたいに森で引きこもって生活するのは難しくなるでしょうね。どっか静かな村か町の外れに工房でも構えて、ポーションでも作って暮らそっかな」
「フィーさん……」
「だからもう大丈夫だってば。いつまでも暗い顔してないでよ」
「フィーさん!」
「な、なによ、急に大きな声出して」
「あなたはどうしていつもそうなんですか!?」
「ど、どういう意味よ」
「俺はあなたのことが好きだと言いましたよね! なのにどうしてそんな他人事みたいな言い方をするんですか!」
「だ、だって仕方がないじゃない。魔女と人間では結婚できないんだし」
「まだそんなこと言っているんですか!?」
エルウッドはフィーの両肩を掴むと、真っ直ぐ彼女の目を見据えて叫んだ。
「あなたはもう魔女ではないのでしょう!? だったら魔女の禁忌に従う必要もない筈だ! あなたは俺たちを助ける為に魔力を使い果たし、魔女の資格を失いました。それなのに、どうしてたった一人で姿を消そうとするんですか! これでは200年前の再現ではありませんか!!」
「な、何言ってるのよ、エルウッド……」
「俺はフィーさんを愛しています! 一緒に暮らしたいと思っています! だからフィーさんが俺のことを嫌いでないのなら、どうか俺と添い遂げてください!」
「えっ、ちょっ、エルウッド……」
「フィーさん、愛しています!」
エルウッドはそう叫ぶなり、フィーを抱き締めた。フィーは一瞬身体を強張らせたが、抵抗しなかった。されるがままに彼の胸の中に収まっている。
……嬉しい。率直にそう思った。
エルウッドからの好意はいつでも嬉しかった。それでもフィーはエルウッドの求婚に答えられなかった。
「俺のことが嫌いならそうだと言ってください。そうすれば諦めます。フィーさんの幸せの為に身を引きましょう」
「何よ、それ。そういうずるい言い方、どこで覚えたのよ……」
「フィーさん」
「……」
フィーは少しだけ考えると、意を決したようにエルウッドの目を見て言った。
「……あんたは王配を決める大会で優勝したのよ。つまりあんたは、王女様の婚約者に復活したってことよ。それなのに、私なんかにプロポーズするのは不謹慎よ」
「ああ、そのことなら問題ありませんよ。結婚権は辞退してきました。今の俺はフリーです」
「は!? 何やってるのよ!?」
「元々、国王陛下に直談判する為に参加した大会ですからね。王配の座なんて最初から興味がなかったんです」
「そういうことじゃなくて! 王女様はどうすんのよ! 納得してくれたの!?」
「そのことでしたら、既に説明をいただきましたわ」
その時だった。部屋の入り口から鈴を転がすような声が響く。
そこに立っていたのは、王女のアイリスと国王夫妻だ。彼女たちの周囲には近衛の兵士たちも控えている。エルウッドは慌てて姿勢を正した。
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