第35話 王配トーナメント出場希望受付
「な、なんだこれは……?」
エルウッドは王城の受付で唖然としていた。そこには出場申し込みをする大勢の男たちが列を成していたのだ。
王都の街では、すでに王配決定戦の噂で持ちきりだった。参加資格は男性である事のみ。それ以外は特に制限もない。年齢制限もない。
つまり、どんな身分の人間だろうと関係ない。農民だろうが冒険者だろうが大工だろうが、老人だろうが子供だろうが、サンドラ王国民であれば出場資格を持っている。
「すごい数ね……」
フィーも圧倒されている。だがエルウッドは覚悟を決めた。
「この中には、俺が参加することを快く思ってない人間は沢山いると思います。それでも俺は行きます。フィーさん、応援していてください」
「ええ、分かったわ。頑張ってね、エルウッド!」
「ありがとうございます! それでは行ってきます!」
エルウッドは決意を込めて拳を握る。しかし、不意に決意に水を差すような声が飛んできた。
「おい、お前も参加するのか?」
「何?」
振り返ると、そこには見知らぬ顔があった。身長2メートル近い大男だ。筋骨隆々で顔に傷があり、頭にはバンダナを巻いている。一目で冒険者と分かる風貌だった。
「俺様は冒険者ギルドのエースことグレン・テニエルだ。いっぺん婚約破棄された騎士野郎が何しにここへ来たんだ? ヒャハハッ!」
「なんだ貴様は? 俺に何の用がある?」
「ヒャハハッ、てめぇみたいないけ好かねえ騎士野郎の居場所はここにはねぇって教えてやりに来たんだよ!」
「そうか。なら俺は貴様に用は無い。失せろ」
「ああっ!?」
エルウッドは冷たく言い放つ。するとグレンはこめかみに青筋を立てて、エルウッドの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、俺様を知らないってのか? 俺はこの街の冒険者のトップランカーだぜ? 大会で優勝して王女の婿になるのはこの俺様だ。つまりいずれはテメェが仕える王族になるお方ってことだ。口の利き方には気を付けろよ、騎・士・団・長・様!」
「……」
「ヒャハハっ! 腕自慢なら出自身分を問わないとは、国王サマも太っ腹だよなあ! アイリス王女は別嬪だしよぉ、いやあ楽しみだぜ! ヒャハハハハッ!」
「…………」
エルウッドは無言で手を離させる。そしてそのまま無言で歩き出した。
「待ちやがれ! どこへ行く気だ!?」
「貴様のような下種の相手をしている暇はない。そちらが消えないのならこちらから失礼する」
「て、てめえっ!」
エルウッドはグレンを無視して、受付に向かう。
「なんだよあいつ。感じ悪ぃな」
「感じが悪いのはアンタの方でしょ」
フィーが声をかけると、グレンはフィーを見て目を丸くする。
「おおっ! すげえ別嬪さんだな! どうだ、俺様と一緒に来ないか? 大会に優勝したら愛人にしてやってもいいぜ!」
「結構よ、いらないわ」
「ああん? てめえ、俺様が誘ってやってんだから素直にハイと言えばいいんだよ!」
「アンタみたいな乱暴そうな男、私はタイプじゃないの」
フィーは軽蔑の眼差しを向ける。グレンは顔を赤く染めて激昂した。
「なんだとぉっ!? このアマが、偉そうに!」
「断られた瞬間に怒鳴るの? やっぱりろくでもない男ね。そもそもまだ大会が始まってもいないじゃないの。大口を叩くのは勝ち上がってエルウッドを倒してからにしなさいよね」
「……へっ、上等じゃねぇか! 俺様が勝ったら、てめえを俺の女にしてやるから覚悟しとけや! ヒャハハハハハ!!」
「そう。せいぜい楽しみにしておくわ。絶対無理だと思うけどね」
フィーはツンと取り澄ますと、エルウッドを追いかけて行った。
「あの女……騎士野郎のツレか。けっ、面白くねえ」
グレンは舌打ちすると、エルウッドに寄り添うフィーの背中を見て毒づいた。
「エントリーはこちらです。大会は明日からになりますので、それまでは自由行動となります」
「分かった」
エルウッドは受け付けの案内に従って、会場となる闘技場へ向かう。
この大会はトーナメント方式で行われる。参加者は一対一で戦い、最後まで勝ち残った者が優勝者だ。
優勝賞品はアイリス王女との結婚権だが、エルウッドは優勝しても辞退するつもりでいた。エルウッドの目的は、この大会が間違っていると国王に直談判することにある。優勝賞品など二の次である。
ちなみにフィーは、今大会でエルウッドのセコンドを務めることになった。エルウッドが優勝できるよう全力でサポートする役割だ。
「頑張りましょうね、エルウッド! 絶対に優勝して王女様との結婚権を手に入れるのよ!」
「…………」
フィーは何を考えているのだろう? 彼女はエルウッドが優勝すると本気で信じているようだが、エルウッドはフィー以外の女性と結婚するつもりは全くない。むしろフィーがエルウッドと結婚してくれるのが一番いいのだが。
……深く考えると落ち込んでしまいそうだ。だがフィーが望むのなら、尚更優勝しなくてはならない。エルウッドは複雑な心境でエントリーを終えて、翌日を待った。
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