王配決定戦編
第34話 騎士の務め
エルウッドはいつものように騎士団本部で仕事をしていた。書類仕事を終えて休憩しようと食堂へ向かう。すると部下の騎士たちがエルウッドを見る。
「なあ、いよいよ来週アイリス王女の王配を決める大会が開催だって? バカげてるな。開催費用は国費だろ?」
「俺ちょっと腹が立ってきたよ。こんな理不尽なことがあっていいのかな?」
「俺たちの団長を一方的に婚約破棄しやがった分際で、あの国王ときたら……」
「おい、あんまり滅多なことを言うなよ。不敬だぞ」
「だって邪竜災害の時だって、対応が後手に回って大変だったじゃないか。エルウッド団長が邪竜を倒してくれなければ、被害は拡大していたぞ。邪竜が棲んでいた山の近くの町や村は滅んでいたかもしれない」
「まあそうなんだよな……。その後の救援や支援も、民間や騎士団が中心になって行ったもんな」
「いいんですかエルウッド団長!? 俺は、俺たちは許せません! 俺たちがこうして平和に生きていられるのは団長のおかげでもあるのに、ここまで侮辱されて黙っているんですか!?」
団員たちは真剣に怒ってくれている。それが嬉しかったが、エルウッド自身はもう婚約破棄の事はどうでもいい。今はフィーに夢中だからだ。
「ありがとう。俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、俺の事は心配しないで欲しい」
「しかし!」
「俺なら大丈夫だから。それより今日は団長室に籠って仕事をするから、皆はいつも通りに仕事してくれ」
「団長……!」
「それに滅多なことを言うな。俺たち王国騎士団は王家に仕える身だ。サンドラ王国では言論の自由は認められているが、自分の立場と責任は常に考えてくれ」
「すみません……」
「分かってくれればいいんだ」
団員たちを見送った後、エルウッドは団長室に戻ろうとしたが――。
ふと廊下の向こう側から歩いてくる人物に気付いた。フィーだった。彼女はどこか緊張した面持ちで歩いてくる。
「フィーさん! どうして騎士団に!?」
「エルウッドに話があって来たの。アーヴィン副団長が入れてくれたのよ」
「そうだったんですか」
エルウッドは副団長で親友の顔を思い浮かべる。想像の中のアーヴィンはウインクして親指を立てていた。
「ざっと騎士団の中を見て回ったけど、あんたの部下の騎士たちも例の大会の事でご立腹のようね。あんたは本当に慕われているのね」
「はい。みんな良くしてくれるんです。特に若い騎士は俺のことを慕ってくれていて、いつも俺の事を考えてくれるんです」
「……」
フィーは何かを言いかけて、口を閉ざす。それから気を取り直したように顔を上げて、真っ直ぐにエルウッドを見つめた。
「エルウッド、あんたは今度開催される王女様の王配を決める武術大会に参加しなさい。その大会で見事優勝して、再び王女様と婚約するのよ」
「え?」
「もちろん、私も手伝うわ。私の力で必ずあんたを勝たせてあげる。だから安心していいわよ」
「…………」
エルウッドは困惑した。確かに自分はかつてアイリス王女と婚約していたし、婚約破棄された時はショックではあった。
しかしアイリス王女の事が好きだったかというと、そうではない。
騎士として王女に忠誠心を抱き、国王から王女の婚約者になれと言われた時にはそれが己の使命だと思って受け入れた。
結婚したら良き夫になろうとは思っていた。だがフィーと出会い、彼女を好きになった今となっては、王女に対して抱いていた感情とフィーに抱く感情がまるで違うと分かっている。
王女個人の事は、敬愛対象ではあっても恋愛対象ではなかった。今さらフィー以外の女性は考えられない。
エルウッドは改めて思う。フィーと一緒になって、幸せな家庭を築きたいと。自分の望む幸福とは、きっとその未来にしか存在しない。
「フィーさん、俺はもうアイリス王女とは結婚したくないんです」
「どうしてよ? あんたは立派な騎士よ。ちょっと真面目すぎて融通が利かないところもあるけど、王女様の婿――王配ならそれぐらいの方がいいわ。政治とか腹芸は政治家や官僚がやって、国王夫妻は誠実で実直な夫婦っていうのが理想的じゃない。あんたが望めば何不自由ない生活ができるし、民だってきっと幸せになるわ」
「そういう問題じゃありません。俺はフィーさんの事が好きなんです。他の女性なんて考えられません」
「……あのねエルウッド、よく考えて。私は魔女で、あんたは人間よ。魔女の私はサンドラ王国の国民でもないわ。騎士団長のエルウッドとは結婚できないわ」
「だったら俺が――」
「団長を辞めて森へ来るって言うんでしょ? 私はそんなの望んでないからお断りよ」
「フィーさん……」
「それにエルウッドには、慕ってくれる友達や部下が大勢いるじゃないの。屋敷の使用人たちだって、あんたがいないと困ってしまうわ。みんなの期待を裏切るつもり? あんたは騎士団長として闘って、勝利して、国王に前の発言を撤回させて、騎士団に誇りを取り戻すべきなのよ」
フィーはきっぱりと言い切った。取り付く島もないその態度に、さすがのエルウッドも言葉を失う。
これまでのやり取りから、嫌われていないと思っていた。それどころか、最近では彼女の方も好意を抱いてくれているのではないかと考えていた。だがそれは、見当違いの勘違いだったのだろうか?
そんなエルウッドを見て、フィーは気まずそうに視線を逸らす。
「そ、それに王女様はエルウッドを嫌いってワケじゃないんでしょ? むしろ婚約破棄されそうになった時に、庇おうとしてくれたんでしょ? いい人じゃないの。そんな人が今度の大会優勝者の賞品にされちゃうのよ。トロフィー扱いよ。そんなの可哀想じゃない。エルウッドは元婚約者として何も思わないの?」
「それは……思いますが」
エルウッドはアイリス王女を思い出す。王女との間に恋愛感情はなかった。しかし忠誠心はある。幼い頃から成長を見守ってきたから、兄のような庇護心もあった。
そのアイリス王女が、どこの馬の骨とも知らない男と結婚させられるかもしれない。
王女は引っ込み思案で大人しい女性だから、嫌でも嫌と主張できないだろう。そう考えると確かに理不尽だ。フィーの言う通りアイリス王女が可哀想だと思った。
「……フィーさんの言うことにも一理ありますね」
「そうよ。だからあんたが大会に出て優勝して、王女と結婚してあげなさい」
「いや、それはちょっと」
だが結婚するかしないかはともかく、大会に出場するのは悪い選択肢ではないかもしれない。
そもそも武術大会で王女の結婚相手を決めること自体が、どうかしている。
王女を景品扱いするのもおかしければ、大会が国民の税金、国費で開催されているのも無駄遣い極まりない。
(大会で優勝し、この機会に国王に直談判するのも一つの手段ではあるな……優勝者が大会そのものを否定し、王女との結婚も辞退する。抗議としてこれほど効果的な手段はないだろう)
エルウッドはそう考える。
「フィーさん、分かりました。俺、大会に出ようと思います」
「そうよ! それでこそエルウッドよ!」
「ただし、あくまで国王を説得する為に出場するだけです。アイリス王女と結婚するつもりはありません。俺は大会に出場して優勝し、王女との婚約は拒否します。そして、王女の事を真剣に考えてくれる男性を探すことにします」
「うん……まあそのことはまた改めて話すとして……ほら行きましょう、私も手伝うわ! 一緒に王女様を助けてあげるのよ!」
フィーはエルウッドの手を取って走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってください! どこへ行くつもりですか!?」
「王城へ大会のエントリーに行くのよ! エルウッド・アスターが完全復活したから、王配選手権に参加させてくたさいってね!」
フィーを止めようとしたが、彼女は聞く耳を持たず、エルウッドを引きずっていった。
こうしてエルウッドは、アイリス王女の婿を決める王配選手権に参加することになるのだった。
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