第30話 魔女の条件

 市場で買い物を楽しんだ後、エルウッドとフィーは喫茶店で休憩する。テーブルを挟んで向かい合うと、二人きりの時間が始まった。


「市場を案内してくれてありがとう。とても楽しかったわ」

「こちらこそありがとうございます。フィーさんのおかげで充実した休日を送る事ができました」

「私の方こそ貴重な体験ができたわ。あんなにも色んなお店が並んでいるのを見るのは初めてだったもの」


 フィーは興奮気味に語る。彼女にとっては珍しいものばかりで、終始はしゃいでいた。


「また一緒に来ましょう」

「うん、約束よ」


 フィーが満面の笑みを浮かべると、ウェイトレスが注文の飲み物を持ってやって来た。フィーにはローズティー、エルウッドにはアイスコーヒーが差し出される。


「ごゆっくりどうぞ」

「ねえ、エルウッド。ちょっと聞いていい?」

「何でしょうか?」

「さっき王女様に未練がないって言ってたけど、それって本心?」

「どういう意味ですか?」

「王配――王女様の配偶者って立場に興味はなくても、王女様個人の事はどう思ってるのかなって。例えば、好きだったとか……そういうのは?」

「いえ、特には」

「本当に?」

「はい。王女とは婚約していたものの、仲が良いとは言えませんでした。それに婚約破棄されたので、彼女に対する感情はほとんど残っていません。今の俺にとって大切なのはフィーさんです。フィーさんの事が好きなんです」

「…………」


 フィーは黙ってしまった。しばらくすると、彼女はゆっくりと口を開く。


「……エルウッドの気持ちはよく分かった。でもね、やっぱり人間と魔女は結ばれてはいけないっていう掟があるから。だから……エルウッドは人間と結ばれるべきだと思うわ」

「フィーさん……」

「さあ、そろそろ行きましょ。日も傾いてきたし、私が行きたい調合素材のお店もそろそろ開店する筈よ」


 フィーは立ち上がると、伝票を取ってレジに向かった。エルウッドは慌てて追いかける。


「待ってください、俺が払いますよ」

「いいのよ、割り勘で。はい、半分ずつね」


 フィーは会計を終えると、店の外に出た。夕焼けに染まる空の下を、二人で並んで歩く。

 彼女の目当ての店は、路地裏にひっそりと存在していた。

 魔女の調合薬の材料になる、怪しい素材ばかり売っている店。非合法商品は売っていないみたいなので、エルウッドも騎士団長として安心する。

 しかし内装といい商品といい、悪趣味な店だ。黒焼ヤモリにカエルの干物、コウモリの羽にネズミの尻尾。それから人型根菜のマンドラゴラや、奇妙な色をした花や種子、ハーブ類。フィーは嬉々として商品をカゴに入れていく。


「そんな物が必要なんですか?」

「何言ってるのよ。必要なものばっかりじゃない」

「何に使うのか、俺にはさっぱり分かりません」

「当然よ。これは全部、普通の人間に扱える代物じゃないもの」


 彼女は店の主人に金ではなく、小さな袋を渡した。


「それは?」

「マンドラゴラの種。こーゆうお店では貨幣よりも価値があるのよ」


 魔女の世界には、彼女たちなりの文化や価値観があるようである。

 フィーは優秀な魔女であり調合師だ。だが同時に、他人を思いやれる優しい心も持っている。

 言い方は素っ気なくキツい時もあるが、その根底にあるのが優しさだと分かっているから、エルウッドはちっとも嫌な気分にならない。むしろ照れ隠しに素っ気ない態度を取るフィーを可愛いと思っている。

 彼女は人間と魔女という関係性を重く捉えているようだが、エルウッドはそんな事はどうでも良かった。買い物を終えて店を出ると、エルウッドはフィーの手を握る。


「まだ歩きなれていないでしょうから、迷わないようにしておきましょう」

「それは、そうだけど……」

「大丈夫ですよ。俺がいる限り、フィーさんに危害を加える者はいませんから」

「うー……」

「もちろん嫌なら離しますが」

「……嫌じゃないわ。エルウッドが繋ぎたいなら、繋いでても構わないわよ」

「そうさせてもらいます」


 二人は指を絡めて手を繋ぐと、仲良く家路につく。エルウッドは繋いだ手を見つめる。自分より一回り小さいフィーの手。その手がエルウッドを信頼してくれている。そのことが誇らしく、嬉しく思えた。


「ところで、さっきはありがとうございます。俺のことを気遣ってくれたんでしょう?」

「ああ、大会のこと? 別に……ただ、あんたがあんまり情けない顔してたから、ちょっとイラついただけよ」

「そうですか。ちなみに俺はどんな顔をしていたんですか?」

「なんか締まりのない顔。ヘラヘラしてた。あんな侮辱的なチラシがあちこちに貼られていたのに。何考えてるんだか」

「だとしたらフィーさんのおかげですね。あなたがいるから俺は大丈夫です」

「……そう」


 フィーは小さく呟いて、エルウッドと反対方向に視線を向けた。一緒に暮らしても、照れ屋な性格はまだ克服できていないらしい。そんな彼女の素直じゃない一面すら愛しくて、エルウッドは苦笑を浮かべる。


「他に用事はありませんか? じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「うん」


 フィーはほっとしたように、エルウッドの腕を掴んだまま歩き出す。エルウッドはなるべく目立たないように、フィーの歩幅に合わせて歩いた。

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