第21話 辺境の村

 それから半日後、エルウッドとフィーは目的地の農村に辿り着いた。

 馬を飛ばしても二、三日かかる距離を半日で移動した訳だから、その間にかかる風圧やら振動やらは相当なものだった。

 フィーは魔女だから問題ない。だが普通の人間なら振り落とされるか、あまりの圧に根をあげてしまうのだが、エルウッドは特に問題なく乗り切った。

 むしろ乗り心地は悪くなかったらしく、「思ったより快適でした!」と喜んでいた。さすがは竜殺しを成し遂げた男である。人間離れしている。


「思った通りね。あんたは規格外の男だわ」

「恐縮です」

「褒めてないわよ。…………まあ、魔女に求婚するような男だもの。それぐらい人間離れしていて当然だけどね」

「フィーさん、何をブツブツ言っているのですか?」

「なっ、なんでもないわ! それよりさっさと情報収集するわよ。さあ行きましょう」


 フィーは誤魔化すと、村の中心部に向かって歩いていく。

 さっき上空から見た限りだと、村周辺には森が広がっていて、森を切り開いて農地が作られていた。

 だが村の畑は荒らされて、家屋も何軒かなぎ倒されていた。魔物の爪で切り裂かれ、餌食になった家畜が放置されたまま転がっている。王都で聞いたよりもひどい惨状にエルウッドは眉を顰めた。


「これは……早く出て正解でした」

「そうね」


 村は既に避難が完了しているようで、村人の姿はなかった。

 代わりに村の警備兵が巡回しており、エルウッドたちを見つけると慌てて駆け寄ってきた。


「貴様ら、ここで一体何をしている!?」

「僕は王国騎士団所属の騎士エルウッド・アスター。騎士団に届けられた出動要請を受け、この村に出現したという魔物の調査に参りました。村長殿はどちらにおられますか?」

「な、なんと! 騎士団の方でしたか、これは失礼しました!」

「いえ、当然の質問です。お気になさらず」

「はっ! すぐに村長の元にご案内致します!」


 エルウッドは兵士に連れられる形で、村の中央にある屋敷に通される。

 屋敷は質素ながらも手入れの行き届いた造りだった。屋敷の周辺には木製の柵が設置され、魔物が嫌う香草を焚いた松明も置かれている。

 屋敷の敷地内には村人と思しき人々が何人もいた。どうやらここが避難所になっているようだ。屋敷に入ると、そこには初老の男性がいた。


「おお、よくぞおいでくださいました。私が当村の村長です」

「初めまして。私は王国騎士団所属の騎士、エルウッド・アスターと申します。こちらは連れの女性でフィーと言います」

「初めまして」

「まだ出動要請を出して一週間も経っていないのに……王国騎士団の方がこんな辺鄙な場所にわざわざ駆けつけてくださるとは、感謝の言葉もありません」


 村長はまるで神を拝むように手を合わせてエルウッドに頭を下げる。


「いえ、これが騎士の務めですから。それよりも、被害の状況を教えてください」

「はい。半月ほど前から村近くの森に見た事のない魔物が棲みつくようになりました。我々は農業だけではなく林業もやっておりますので、森へ入った村人が傷つけられて困っていたのです。最初は冒険者ギルドに討伐依頼を出したのですが、歯が立たず逆に冒険者の方々が……その、命を落とす羽目に……」

「それで騎士団に助けを求めてきたと」

「はい……。私どもは見ての通り、貧しい暮らしをしております。報酬の用意はできませんが、どうかお願いできないでしょうか?」

「ええ、もちろんです。我々に任せてください」

「安心していいわよ、村長さん。このエルウッドは1年前に国家脅威レベルの邪竜を倒した男なんだから。私もそれなりに経験を積んでる魔女だから、大船に乗ったつもりでいてちょうだい」

「そ、それは心強い! ありがとうございます!」


 フィーは胸を張って言い放つ。エルウッドは苦笑していたが、特に否定する事はなく黙って成り行きを見守る事にした。

 それからエルウッドは魔物と遭遇した村人たちに、魔物の特徴や習性を聞く。どうやら見た目はアーヴィンに見せてもらった資料の通りのようだ。夜行性らしく、夜の間に活動的になる。昼間は森に姿を潜めているが、夜になると森から出てくる。

 日に日に村へと近付いているらしく、昨日はついに村の外れにある家が何軒か被害に遭った。

 このまま放っておけば数日のうちに村は全滅するだろう、生き残りたければ村を捨てて移住するしかない――と、そこまで村人たちは追い詰められていたらしい。


「本当に、即出動して正解でしたね」

「ええ、本当にね」


 フィーは負傷した村人にポーションを与える。


「はい、これで傷は塞がったわ。でも失った血は戻らないから安静にしてなさい」

「ありがとうございます、なんと御礼を言ったらいいか……!」

「気にしないで」


 それから夜になるまでエルウッドは聞き込みを、フィーは負傷者の治療を続けた。


 やがて日が落ちる。ブラッドクローが森から出てくる時間が近づく。エルウッドは武器を携え、村の入り口へと向かう。フィーは村人たちと一緒に屋敷で待機する事になった。


「フィーさん、あなたは村人とご自分の身を守る事を第一に考えてください。大丈夫、俺が必ず奴を仕留めますから」

「心配なんかしてないわよ。あんたは私が作ったゴーレムやキマイラをあっさり倒しちゃった男だもん」

「ははっ、そうでした。では行ってきます」

「うん、気を付けて」


 エルウッドは力強く返事をすると、剣を抜いて村の外に出る。

 森の入り口でしばらく待つと、森の奥から何かが這いずる音が聞こえてきた。


 ズルッ……ズルゥッ……メキッ、メキメキッ……。


 何か重い物を引きずるような音と共に、木々が倒される音が響く。


「あれか……!」


 エルウッドが目を凝らすと、暗がりの向こうに巨大なシルエットが見える。魔物は森の中を進む。そして遂にその姿を現わした。


「こいつだ……!」


 ブラッドクロー。その名の通り血のように赤い爪を持つ巨躯の怪物。

 体長はエルウッドの三倍近い大きさで、四肢や胴体は捩じったような歪な形をしている。全身が黒く硬い皮膚に覆われており、目は赤く爛々と輝いている。

 何よりも特筆すべきは口だ。耳元まで裂けた口には、森に住む魔物――小鬼のゴブリンが数匹、咥えられている。


 ブラッドクローはゴリ、ガリ、と顎を動かして咀嚼する。プチ、グチュ、と嫌な音がする。哀れなゴブリンの悲鳴が短く響き、臼のような歯に摺りつぶされてブラッドクローの胃袋へと消えた。


「雑食タイプか……この類の魔物は人をも食らうから早々に処理しなければならないな」


 エルウッドは剣を構えながら呟く。そして次の瞬間、エルウッドは地を蹴って飛び出した。

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