第22話 ブラッドクロー
エルウッドは真っ直ぐにブラッドクローに向かって駆け出す。対するブラッドクローは、エルウッドの姿を捉えると大きな口を開けて吠えた。
ビリビリと大気が震え、空気が振動する。だがエルウッドは怯まない。そのまま真っ向から斬りかかった。
雄叫びと共に上段から振り下ろす一撃。しかしブラッドクローは後ろに跳んで回避。空振りしたエルウッドは勢い余って地面を踏みつける。ズドンと地鳴りが起こると同時に土煙が上がった。
「予想外に素早いようだな! だが逃がさない!」
エルウッドはすぐさま追撃に入る。今度は横薙ぎに一閃。だがこれも避けられる。ブラッドクローは再び跳躍して距離を取った。
「ちっ、やはり動きが速いな」
エルウッドは舌打ちをする。あの大きさなら動きは鈍重――と思いきや、予想に反して俊敏だ。
だがエルウッドも竜殺しの異名を持ち、最年少で騎士団副団長に任命された実力者。
攻撃が空振りに終わる中でも、冷静に、的確に相手の動きを分析して打開策を練っていた。
――俊敏性があるのなら、機動力を奪うだけだ。エルウッドは腰を落として構える。
『縮地・神速』で移動速度を上げてブラッドクローに迫る。これまでの動きより格段に速さを増したエルウッドに、ブラッドクローは虚を突かれた。
「一の秘剣――【天雷】!!」
雷を帯びた魔法剣が炸裂する。稲妻を帯びた強烈な斬撃がブラッドクローに直撃する。一撃で撃沈には至らないが、【天雷】には相手にショックを与える作用がある。狙い通り、ブラッドクローは衝撃を受けて動きを封じられた。こうなれば後はワンサイドゲームだ。
「三の秘剣――【火焔】!」
エルウッドはすかさず炎の魔法剣を発動。刀身に刻まれた術式が発動し、紅蓮の業火が吹き荒れる。凄まじい熱量でブラッドクローの身体を覆う黒い皮膚が焼け焦げる。
やはり思った通り、あの皮膚は天然の鎧のような役割を持っている。しかし皮膚である以上、灼熱の炎に焼かれれば無傷という訳にもいかない。ブラッドクローは苦悶の表情を浮かべ、苦痛に身を捩らせる。
「四の秘剣――【氷結】!」
間髪入れずに冷気が発せられる。大気中の水分が凝固し、瞬く間に凍り付いた。同時にブラッドクローの足が地面に縫い付けられる。
「五の秘剣――【爆裂】!」
最後に爆発の魔法が発動。大爆発が起きて、ブラッドクローは木っ端微塵に爆発四散した。バラバラになった肉片と血液、臓物が周囲に飛び散る。エルウッドは返り血を浴びて全身が朱に染まった。
「ふう……終わったか」
エルウッドは額の汗を拭う。戦闘時間は五分足らずだった。今の戦闘を冷静に振り返る。脅威レベルはA、町村脅威レベルの範疇に収まるといったところだ。
見た目に反して俊敏性があり、爪には毒もあった。その上、力も強い。だから被害もそれなりに出てしまったのだろう。冒険者ギルドの討伐ランクでも、恐らくA~S級相当に分類されるとは思う。
だが脅威レベルSSS、国家脅威レベルの邪竜を倒した経験のあるエルウッドの手にかかれば容易いものである。
念のため、復活しないか肉塊を確認する。これまで倒してきた敵の中には、頭部や心臓の核が残っていると延々と復活する敵もいた。念入りに肉塊を確かめるが、復活する気配はない。
「おーい、エルウッドー!」
「あ、フィーさん。どうしたんですか?」
「どうしたじゃないわよ! エルウッドこそどうだった!? さっき凄い爆発音がしたけど――」
「技を使っただけですよ。これがブラッドクローの残骸です」
足元に転がる黒い肉塊を指し示す。フィーはそれを見ると、顔を引き攣らせた。
「こ、この短時間で倒しちゃったの!? さっき別れてからまだ十分ぐらいしか経ってなくない!? 私、あんたがピンチに陥ってるかと思って急いで駆けつけてきたんだけどバカみたいじゃない!?」
「え、そうだったんですか? それは助かります。実はブラッドクローの爪が掠っていたようで、毒を食らってしまったみたいです。解毒剤はありますか?」
「ちょっ、毒を食らってるのにピンピンしてるの!? 私の心配を返してよ! あんたホントに人間なの!?」
「もちろんです。ただ人より頑丈に出来ているだけですよ」
「……もういいわ。はい、これ解毒薬ね」
フィーは呆れながら解毒ポーションの瓶を手渡す。
「ありがとうございます! ……はあ、戦いの後のポーションは格別ですね! 毒が消えるだけではなく、疲労まで回復していくようです」
「まあ疲労回復効果もあるから……はあ、なんか私の方が疲れちゃったわ。肉体的な意味じゃなくて、精神的な気疲れね」
「それよりフィーさん。ブラッドクローが復活しないか確認したいのですが、何か方法はありませんか?」
「ああ、なるほど。ちょっと待って」
フィーはアイテムボックスを発動させると、中からスポイトとシャーレと赤い溶液を取り出す。
そしてブラッドクローの頭部の残骸をシャーレに乗せると、溶液を垂らした。溶液に変化はない。
「フィーさん、それは?」
「魔物の生命反応を確認できる液体よ。エルウッドが懸念するように、スライムみたいな魔物は核(コア)を破壊されない限り復活するからね。……でもこのブラッドクローは問題なさそうね。完全に死んでるわ」
「そうですか。良かった」
エルウッドはホッと胸を撫で下ろす。それからフィーは、研究用と言ってブラッドクローの残骸を回収すると、瓶詰にしてアイテムボックスの中に放り込んだ。
「こいつは今まで記録にない化け物だからね。研究させてもらうわ」
「新種として学会に発表できるかもしれませんね」
「その場合はエルウッドの名前を使わせてもらうわ。魔女である私の名前を出すより、現役騎士団長のエルウッドの名前で発表した方が良さそう」
「フィーさん……俺に手柄を譲ろうとしてくれるなんて、なんて謙虚な人なんだ……」
「いや謙虚とかじゃないから。こいつ倒したのあんたでしょ。……まあいいわ、さっさと村に戻って村長さんたちを安心させてあげましょう」
「はい!」
こうして二人は村に凱旋する。村の入口では村人たちが総出で二人を迎えてくれた。
「おおっ、無事だったのか!」
「ブラッドクローはどこだ!?」
「退治してくれたんですか!?」
「ええ、無事に倒しましたよ」
「「「おおぉっ……!」」」
エルウッドの言葉に、歓声が上がる。
「素晴らしい、これで村は救われたぞ……!」
「そうだな、本当に感謝します……!」
「ありがとうございます、ありがとう……!」
皆、涙を流して喜んでいる。中には膝をついて泣き崩れる者もいた。
「エルウッド様、フィー様……! あなた方は村の恩人です、ありがとうございます……!」
「いえ、気にしないでください。これも騎士の仕事の一環ですから」
「ぜひとも御礼をさせてください! ささやかなものですが宴の準備をさせて頂きます!どうか今夜は我が家に泊まっていってください!」
「そんな、悪いですよ。そこまでしていただくのは――」
「遠慮はいりませぬ! さあさあこちらへ!フィー様もご一緒に!」
「エルウッド、せっかくこう言ってくれてるんだからお邪魔しましょう。こういう時は断る方がかえって感じが悪いわ」
「は、はい。フィーさんがそういうのなら……」
エルウッドは戸惑いながらも、村人たちの好意に甘える事にした。
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