第20話 魔女の作戦

 フィーは屋敷の外に出ると、そのままアーヴィンに教えてもらったサルマン邸に向かう。

 サルマンの邸宅は王都でも有名な豪奢な邸宅だ。エルウッドの屋敷は質実剛健という感じで品があったが、サルマンの屋敷は正反対のイメージと言っていい。

 まずドアノッカーに金が使われているし、屋敷を取り囲む外壁にも大理石が使われている。

 門の向こうに見える屋敷も、やたらと派手な建築様式で高価な建材が使われているのが一目で分かった。

 庭には噴水があり、中央に設置された瓶を持った裸婦像が水を注いでいる。その裸婦像にも金粉がふんだんに使われていた。


(つくづくスケベなオヤジね。でも、その方が今は都合がいいわ)


 フィーは嫌悪感を抱きながら、屋敷のドアノッカーを叩く。すぐに中から執事が現れ、用件を窺う。フィーが名乗るとしばしお待ちくださいと言われた後、応接室に通された。

 応接室には保護動物の毛皮の敷物や剥製が並べられている。飾られている絵画も、やはり肉感的で露出の高い女性の絵が多かった。


(ここまでくると逆に尊敬するわ……この屋敷に入り浸っている貴族もろくでなしなんでしょうね。こんな悪趣味を注意しない時点で、ね)


 フィーは内心で毒づきつつ、ソファに座って待つ。

 やがて現れたのは、肥えた身体を高級そうな衣服で包み込んだ肥満体の大柄な男性だ。

 年齢は50代後半で、頭髪も薄くなっている。何も知らない人が見たら、百人中百人が彼を騎士団長とは思わないだろう。


「おお、久しぶりですなフィー殿! わざわざ訪ねてきてくださるとは光栄ですな!」


 サルマンは好色そうな笑みを浮かべてフィーと悪手を求めた。

 フィーは作り笑いを浮かべてサルマンと悪手を交わす。やけにヌメっとした生暖かい手の感触だった。

 彼はフィーの手をねっとりと撫でまわす。ナメクジに這われているようで不快だったが、フィーは作り笑顔を浮かべて対応した。


「ええ、お久しぶり。今日は団長さんにお渡ししたい物がございますの」

「ほう、私に? 何ですかな?」

「こちらです」


 フィーは手に持ってきた包みを解く。中にはフィーが作ったクッキーやマカロン、パウンドケーキといった焼き菓子が詰まっている。


「団長さんは甘い物がお好きだと伺いました。少し作りすぎてしまったので、お裾分けに参ったんですの」

「ほ、ほっほ! それはそれは! ありがたく頂戴いたしますぞ!」

「団長さんの口に合えばよろしいのですが」

「ご安心を! 私は美食家ですからな。舌は肥えておりますよ!」


 サルマンは早速フィーの手作りお菓子を口に運ぶ。


「はぐっ、むしゃ、ばくっ、もぐっ……! おっ、これは美味い! 実に素晴らしい味だ! いや、実に幸せですな!」

「それはよかったです」


 サルマンはあっという間に焼き菓子を貪った。


「ところで、フィー殿はこの後の予定は? せっかく来たのですから、ぜひ我が家でお茶でも飲んでいかれたら――」

「いえ、遠慮させていただきますわ。実は私、これから用事があるもので。団長さんにはお裾分けに参っただけなんです。では失礼いたしますわね」


 フィーは笑顔のまま、しかし有無を言わさない口調で言う。サルマンはやや残念そうだったが、引き留める事はしなかった。


「そうですか。ではまたの機会にでも」

「はい、ぜひ」


 フィーは席を立ち、サルマンの屋敷を後にする。その後、エルウッドの屋敷に戻ると急いで着替えた。ドレス姿ではない。屋敷で用意された服でもない。

 エルウッドと初めて会った時のような、魔女のとんがり帽子に黒いキャミソールワンピース。その上に魔女のローブを羽織り、エルウッドがいる騎士団兵舎に向かった。幸いエルウッドはまだアーヴィンが留めてくれていた。


「エルウッド! 話はアーヴィン君から聞いたわよ、ブラッドクローって魔物の退治に向かうんでしょ? 私も一緒に行くわ!」

「フィーさん!? どうしてここに……そうかアーヴィン、お前が話したんだな」

「悪いな。本当はフィーちゃんにお前を止めてほしかったんだがな……どうやら無理そうなんで仕方がない。後の事は俺に任せて二人で行って来い!」

「すまない、恩に着る」


 エルウッドはアーヴィンに謝辞を述べると、フィーを連れて騎士団の馬車に乗り込もうとする。目指す先はブラッドクローが出没した農村だ。しかしフィーに止められた。


「馬車だと行って帰るだけで数日かかるでしょ? 事態は一刻を争うようだし、今回はこれを使いましょう」


 フィーはアイテムボックスを発動させると、中から魔女の箒を取り出した。


「フィーさん、それは?」

「魔女の箒。移動に便利なアイテムよ。魔女の私が使用すれば空を飛んであっという間に移動できるわ。……まあ二人乗りになるといくらか減速するけど。それでも馬車より早く移動できる筈よ」

「なるほど、それは助かります!」

「まあ普通の人間は上空をかっ飛ばすと風圧やら何やらで危険なんだけど、エルウッドなら大丈夫でしょ。さあ行くわよ!」

「はい!」


 エルウッドはフィーと共に箒に跨る。二人を乗せた箒は、空へと舞い上がった。

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